※記憶あり現パロ


社会人2年目の夏の夜は蒸し暑く、スーツは身体を締め付けるようで、パンプスは慣れてきたものの相変わらず今日も痛い
「お疲れ様でした」と告げて出てきた会社の外の空気は重く固まった体を伸ばして歩き出す

金曜日の夜だからか街は意外と騒がしくお酒に飲まれた人、少しいい雰囲気の人、何も無い人が次々と居酒屋から出たり入ったりする様をみつめた
残念ながら社会人2年目のナマエには飲みに行く相手も恋人もいない、最寄りのコンビニに寄って本日は奮発したビールを買って帰路に着く、はずだった。

「えー、あの、大丈夫ですか?」

「…ん」

「あのー」

家に帰る途中のボロアパート(というのは失礼だが本当に古いのだ)の近くに男が座り込んでいた
さしてはここの住民か違うのか、少し酒臭い男は白髪混じりの髪を1つまとめにしてシンプルなTシャツにパンツスタイルで項垂れている

「あのー!」

「…ナマエ様」

「へ」

「ナマエ様?」

「お、狼?」

ナマエはその瞬間自分の身なりが乱れてないかを酷く気にしたが目の前の男はまるで忍びのように即座に体制を直して、片膝をつき頭を垂れた
OLの前に跪く男、なんとも不思議な光景の中ナマエは焦りを抱き即座に狼と呼んだ男に畏まらないで欲しいと伝えるも男は頑なに姿勢を変えなかった

「取り敢えず家は?」

「そこの部屋でございます」

「じ、じゃあ入ろうよ!ここで立ち話もなんだしさ」

「………少しお待ちください」

ようやく顔を上げた男は少し額に汗を流して慌てたように部屋に入った、相変わらず嘘や隠し事が苦手な人なのだと思いつつナマエはスマホで自分の顔をみては前髪を直したり、歯をみたりしたどうやら異常は無いらしい
そしてコンビニの袋の中にあったビール2本とおつまみをみて今日は出番は無いかもしれないなと思った。
それから20分後アパートの1階の部屋のドアが開き「宜しければ」の一言で招かれたナマエはこの24年間の人生にして初めて家族以外の異性の部屋に1人で上がった

まず初めに思ったものは質素だということだ、部屋の中は布団とちゃぶ台のみでそれ以外はほとんどないテレビさえなく彼らしいと思えた、その次に思ったものは"匂い"であった
部屋中に彼の匂いが立ち込める懐かしく、昔を思い出した

「私のこと覚えててくれたんだね」

「はい、今世に産まれ持ちある日あの時の事を昔の記憶を思い出しました、ナマエ様は」

「様付けはいらないよ」

「…では、ナマエと」

「え…えぇ、九郎のこと覚えてるかな?九郎とね、遊んでた時にふと2人して思い出したのおどろいたけど2人して抱き合って泣いちゃった」

「左様でございますか、御子様も居られたのですね」

「うん、あの子は今中学生で受験勉強に追われてるの私だけこっちに出てきてるから住んでる場所はちがうんだけどね」

自分の家とはいえ他人を入れることがなかったのか落ち着きのない狼の姿が珍しく感じた、ナマエとて緊張をしないわけではなかったがそれ以上に狼に会えたことが純粋に喜ばしかったのだろう
かつての想い人が無事に今世を生きているのだから
互いの現世での生き方を話、今は何をしているのかどこに住んでいるのか今までは…と語るうちに時間は過ぎていくばかりだった
ふと自身のスマホが震えて、ちらりと横目に見れば時刻は日付を跨ぎかけていた、狼の家に時計がなかった為にナマエは時間を忘れてしまっていた

「送っていきましょう」

「え、近いし大丈夫だよ」

「もう少し話しとうございます」

そう言われて断れる者は居るのだろうかと内心思いつつも言えるはずもなく、立ち上がったが長らく正座をしていた為か痺れた足は体制を崩し前にいた狼の上に倒れ込んでしまう

「…ナマエ殿」

「…少し、このままじゃ、だめ?」

「いえ」

狼の胸に倒れ込んだナマエは彼の背中に手を伸ばして抱きしめる、懐かしいが新しい匂いは鼻を刺激した、限りになく無臭に近い衣類の匂いと彼自身の汗の匂いと外で混じったタバコやコーヒーの臭い
男らしく大きな体は筋肉がしっかりとついて柔らかさ等は感じられず初めて抱きしめた彼の体が大きく感じられた。

「ナマエ、そろそろ行きましょう」

「そうだね」

優しく起き上がらされナマエは自身のカバンを片手に靴を履いて名残惜しいが部屋を出る
ズボンのポケットだけで事足りるらしい狼は鍵を閉めて、何も言わずナマエの手からカバンをとった
20分程の距離の家の近さに談笑し、彼の柔らかい表情に胸が解される、この距離ならまたいつでも会えると分かっていながらも別れるのは少しだけ寂しく感じていた

「あっ、ビール忘れちゃった」

「取りに参りましょうか?」

「いいや、狼が飲むか誰かにあげて」

「では一緒にまた飲みましょう」

そう言って柔らかく微笑んだ狼にナマエは胸がドキリと高鳴った、彼は嘘でも笑うことが苦手だ、それは昔無理に笑って欲しいと言い続けたナマエは知っている
自然に微笑む彼はさながら美青年できっと周りが放っておかないだろうと思えてしまう

「恋人とかはいないの」

「その様な甘いことは今世ではありませぬ」

「そうなんだ」

「あなたを待っていたから」

家の前で足を止めたナマエを狼はその太い腕で抱きしめる、広がった彼の汗の匂いと聴こえる大きな心臓の音は自分と同じくらい速かった

「俺は貴方を心からお慕い申しております」

あの日あの時答えられなかった言葉を受け取ったナマエは少しだけ涙を零した、狼は何も言わず抱きしめてその後2人は何も言わずに分かれた
家に入ったナマエは先程のことを思い出してぽぉ…と浮かれていた

「あっ…連絡先聞くの忘れてた」

そんな大事なことに気づいたのは次の日のお昼頃だった。

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