平日10時の朝ごはん


目覚ましのならない朝、目を覚まして枕元にある時計は9時50分を指していた、日曜日と違い窓の外から聞こえる声は静かで隣に敷いてあった布団はもうとっくに片付けられている
寝起きの重たい身体を起こして大きな欠伸をしながら冷たい廊下を歩いてリビングに行く

「あれ、吉影さん」

「おはよう寝坊助さん」

「今日平日でしょ?どうしたのサボタージュ?」

あの真面目な同居人が平日のこんな時間に居るだなんて知らずに頭が冴えてしまう、テレビはやっぱり土日には見ないようなニュース番組をしていて、彼は小説片手にニュースを聞き流しているようだった

「有給だよ、会社から貰える固定給と別で貰えるお金の発生する休みだよ、智花こそサボタージュなんじゃないのかい」

「なんか今日はゆっくりしたかったの、別に日数足りてるから問題ないもん私意外と真面目だよ」

「知ってるさ、学校には連絡しておいてあげたよ」

「吉影さん大好き!」

そう大きく声を上げて座ってる彼の背中に飛びついた、懐かしいような暖かい匂いがした、ちょっと待ってるんだと彼はキッチンに行った背中を見つめながらテレビのチャンネルを変える、つまらないニュースたちが流れる中でまたM県の失踪者が増えてるとニュースキャスターが言う、昔からこの手の事件はここでは多いのだから今更だと思いテーブルに肘をつきながら眺めていた

「智花も気を付けるんだよ、案外近くに悪人はいるものだ」

おぼんにお味噌汁とお握りを置いて持ってきてくれた吉影に智花は嬉しそうに見上げた、完璧な程に整った顔に低い心地よい声指先一つまで完璧に整えられたこの人は件の殺人鬼だ
智花はそれを知っている、何かを企んで彼のそばに居るわけでもなくある日の帰り道に運命的にであった夜

「来るかい」

と、一言に釣られて彼女は吉良吉影の家に住まうようになって早1ヶ月と数日
両親からはなんの連絡もない、母親は無くなって父親は良くどこかに出掛けて子供のことなんて気にもしなかったから
身体の中にスッと入っていく味噌と大根の味は家庭的で優しい口に合わないわけがない日本食を口に含んでお握りを一緒に咀嚼しては飲み込む、吉良は智花の食事風景が好きだ、年若く美しい魂を持ち綺麗ではない指先は吉良をいつだって興奮させるものである

「味噌汁のお代わりなら沢山あるから言ってくれ」

「うん、吉影さん今日はどこも行かないの?」

「隣町まで本でも買いに行こうかな、もうこれも読み終わる」

「デート?」

「今日は君とゆっくりしたいんだ構わないだろう」

「私何もしないよ」

「それでいい」

じゃあいいか。なんて智花は納得して2つ目のお握りを手に取ってかぶりついた
1つ目は鮭で2つ目は昆布だなんて態々手間暇掛けてくれてるだなんて考えながら小説に目をやることも無く真っ直ぐ見つめる吉良吉影の目を見つめる、互いにまるで威嚇し合う猫のように目を離せないで食事をした
平日の10時をすぎた時間に摂る朝食はいつもの何倍も美味しく感じる、味噌汁は暖かくてお握りは簡単だが家庭的な味があってそして目の前には殺人鬼がいる
母を殺した殺人鬼
いつかこの男が死ぬその日まではずっとこうして過ごしていくだろう、それが短かろうが長かろうが智花はどうだっていい
目の前の美しい殺人鬼は今日もその長い睫毛で影を作って自身の指先と智花の指先を比べ合う
何よりも美しい手を愛しているはずなのに、彼女のガタガタの爪も男のように骨ばった手の甲も皮が剥けた指先も、その男にとって何者にも変え難い程に愛おしく感じるものだった。



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