負け犬の遠吠え>
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Hard to Get 鏡の隅に最後に映り込んだのは、蛇の皮膚だった。
「レギュラス! レギュラス!! おい、レギュラス!!」
蛇の声も聞こえた。様子がおかしかった。明らかに、途中まで、常ではない様子の弟は、誰かの術中にいた。誰の? そんなこと決まっている。決まっている。
シリウスは姿くらましをしようとした。一気に生家へと飛ぼうとした。しかし何かに阻まれた。体中にビリビリと痛みが走った。
「パッドフット!」
そうだ、ジェームズたちの暮らすこの家は、姿くらましも姿現しもできない。そんな魔法をかけてくれるよう、シリウス自身がダンブルドアに頼んだ。
「パッドフット、どこに行くつもりだいっ?!」
「俺んちだよ! 早く行かなきゃレギュラスが危ない!」
不死鳥の騎士団の定例会前だった。玄関先から仲間たちが次々とやってくる、その流れに逆行し、シリウスは外へ出ようとした。しかしジェームズに腕を掴まれた。
「シリウス、ちょっと、落ち着いて!」
「助けに行く! 俺の弟だ!」
もう片腕も拘束され、喚いた。
「離せプロングズ! 今離さないと一生恨むぞ!」
と、杖先で首裏を突かれた。そこからずるずる力を吸い取られる感覚があり、シリウスはその場にへたり込んだ。
「――うるさい。狂犬か。黙れ」
頭上から降る声に弱々しく見上げた。本当は、力強く睨みたかった。
「……スネイプ」
先日、騎士団の一員となったセブルス・スネイプだった。リリーと約束があったらしく、早めの時間からこの家を訪れていたのだ。ジェームズらと同じく、先ほどの鏡越しのやり取りを聞いていた。
「レギュラス・ブラックはお前に逃げろと言ったのだろう? 奴の稼いだ時間を無駄にするな」
「だけど、どうする? レギュラスを見捨てるわけには」*
ジェームズが慎重に確認した。スネイプは眉ひとつ動かさず宣言した。
「私が行く」
「僕も行くよ!」
と、また別の誰かが同調した。こちらは、感情を剥き出しに、震えた声だった。
「僕はほら、小さくなれるから、いざってときも逃げやすいし」
「ワームテール、でも……」
思いがけないピーターの立候補に、ジェームズは躊躇いを見せた。それはそうだろう。ヴォルデモートと遭遇する可能性が高い。ピーターは、強いとは言えなかった。
「行かせて」
しかし彼はそう懇願してみせた。
「知ってるだろう? シリウスは今でもたまに僕を親の仇みたいな目で見るよ。……信頼は行動で得なきゃね」
スネイプの何らかの魔法のせいで、シリウスは最早言葉を発することもできないくらいに消耗していた(後からゆっくり腹を立てたのだが、これが仲間への所業だろうか?! 回復したらこの魔法を教えてもらわないことには気が済まない!)。ただ、頭の中はひたすら混乱していた。ジェームズに腕を掴まれたまま、スネイプとピーターが家の外に出て行くのを恨めしく見送った。
レギュラス、スネイプ、ピーター。……元いた未来では、その全員が死喰い人だった。これは何の符丁なのだろう?
約二時間後、二人はダンブルドアを伴って帰ってきた。スネイプは、ソファに横たわるシリウスに近づき、今度は杖先を喉元に当てて呪文を唱えた。徐々に生気が漲るのを感じた。まず殴ろうと拳を振り上げかけた。そんなシリウスに、スネイプは淡々と告げた。
「男が一人死んでいた」
手が止まり、ひゅっと喉が鳴った。氷に触れたように指先が固まった。
「レギュラスではない。……お前の父親だろう」
「……は?」
小さく声を振り絞る。何を言っているのかよく分からなかった。なぜ。どうして、父親が。
「母親らしき女が遺体に取り縋って泣いていた。錯乱状態のようだったので、癒師に預けてきた。何にせよあの家は危険だ。入院させることになるだろう」
「…………レギュラスは」
つい先週一緒にディナーの席に着いた。会話は何もなかったが、その事実を残せば満足だろうと思ったし、実際父母は機嫌よさげだった。
「姿がなかった」
つい先週のことだ。レギュラスは学校にいたので会えなかった。
「レギュラスは、どこだよ」
「分からない。……家の上空には、闇の印が浮かんでいた」
「レギュラスはっ!!」
立ち上がり、スネイプの胸ぐらを掴んで強く締めあげた。
「お前なんて信用できない! レギュラスは」
「パッドフット!」
制止の声を上げ、シリウスの腕に取りすがったのはリリーだった。
「落ち着いて、パッドフット!」
「落ち着けるかよ! こいつ絶対嘘をついてるんだ、任せるんじゃなかった! ほら見ろ、言った通り、やっぱりこいつらは薄汚い死喰い人で、本当ならこの家に入る権利なんてない、」
「パッドフット!」
頬を強く叩かれた。リリーの緑の目に薄っすらと涙が浮かぶのを見た。
「それ以上私達の家族を侮辱しないで」
リリーはそう言って、二人の間にある割り込んだ。背後のスネイプを守るように、ちらりと振り返り微笑んだ。
「あなたにとってのレギュラスが、私にとってのセブなの。そう言えば理解してくれる?」
「……いつの間にか一緒くたにされてしまった」
横から平坦に突っ込んだのはジェームズだ。「『私達の』家族だってさ」
「そうよ! 私と結婚するってことは、私の両親や妹や、セブルスとも添い遂げるってことだって、私はちゃんと最初に、」
「……もういいよ、リリー」
スネイプが、何とも言えない子供のような表情を、だらりとした黒髪に隠すようにして俯いた。
「だって」
リリーの手を両手で後ろから握り、スネイプは囁いた。おそらく、大きな声を出すと泣きそうだったのだろう。
「もう充分だ……。……充分だ。ありがとう」
彼らにとって、あるいはこのシリウスにとってすら、まだそれほど長いとも言えない人生だった。しかしその中でも、人が報われる瞬間というものがこの世には確かにあって、それがまさに今なのだと、その場にいる全員が知っていた。
「ありがとう、リリー」
* * * *
シリウスは父親の葬儀にも出られなかった。入院中の母も、行方不明のレギュラスも、家族の誰も見送ることはできなかった。
「そういえば、屋敷しもべ妖精は? いたはずだが」
「見なかったな」
そんなやり取りを後からスネイプとした。
闇の印が上がったことで、あんなにも寄ってたかっていた親類縁者たちもほとんど姿を現さなかったらしい。寂しい葬式だったのだろう。シリウス自身、まだ整理のつかない間柄のままで、なぜ父親が、という以上の感慨を抱くことは難しかった。
幾度繰り返そうと取り返しのつかない、やり直しのきかないこと。それが自分にとって両親との関係だった。
「さて、また少し状況が変わったようじゃ」
そしてダンブルドアが真っ白な髭を撫でて言う。
「今ヴォルデモートに狙われておるのは、シリウス・ブラック。一番危険なのもまた然り。しばらく身を隠すのが良かろう」
「そんな必要、」
拒否しようとしたシリウスを、ジェームズが、リーマスが、ピーターが、リリーやスネイプさえもが、その名を呼んで諌めた。
「ご友人方の賛同も得られたようじゃし」
「ひとり友人じゃないのも混ざってたけどな」
「いっときヴォルデモートからその身を隠す……なるほど有効なのは忠誠の術かと考える」
かつて、ジェームズとリリー、ハリーを守るためにかけられた魔法。
「であれば、シリウス、君が択ぶべきじゃろう。己が命を託す相手、即ち、」
そしてひとりの友の裏切りにより破られた魔法。
「秘密の守人を」
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