「……色々ごめん」
「ええよ、別に気にせんで」
近くにあった小さな児童公園は大人の事情で殆どの遊具が撤去されているため子供一人の気配もない。辛うじて残されていたベンチに二人で腰を下ろしてから何十分が経っただろう。今日の部活で使わなかったからと毛利君が貸してくれたタオルは、洗って返すのも申し訳なくなるくらいには湿り気を帯びてしまった。
私は彼の優しさに負けてしまったのだと思う。
でもそれは決して彼のせいではなくて、勝手に溜め込んだフラストレーションを上手く処理できなかった自分が悪くて。それが彼の言葉が何故かトリガーとなって、堰を切ったように溢れてしまっただけ。
そんな事情の一つも話せずに声を殺して泣きっぱなしの私に、彼は何を言うでもなく黙って隣に居た。正直言って意外だった。彼は気さくに話しかけてくれる分、もっと相手の“放って置いて欲しい“という感情には疎い人間だと思っていたから。
けれど、このまま理由の一つも言わずじまいなんて流石に彼に申し訳ない。そんなの、彼にとってはあまりに突然で意味不明すぎるだろう。
どうやって伝えるべきか一瞬思案して、ここで変に言葉を選んでは結局曖昧になってしまうような気がして躊躇われたからやめた。
「私、この近くの予備校に通ってて」
「ん」
タオルから顔を上げてぽつりぽつりと零し始めた私に、毛利君は一音だけの簡単な相槌を返してくれた。やっぱり彼は優しいのだ。今だってきっと、泣き顔を見られたくないだろうと私に気を遣って、耳だけをこちらに傾けているのが分かる。不思議と言葉がするすると口から溢れ出る。
「親も私に勉強頑張って欲しいみたいだし、私自身も勉強しなきゃとは思うから行ってるんだけど。……やっぱり予備校には私より勉強ができる人も勉強を頑張ってる人もいるから、なんか下手に焦っちゃって」
実際のところ、変に気が立っていた要因はそれが一番大きい。だからこそ、部活が終わった後にやって来た彼と出会ってしまうような時間帯まで、周辺を徘徊しながら出来る限り時間を潰していたのだ。重苦しい沈黙の中、ペンを走らせる音だけが響くあの自習室を思い出すだけでも心が塞がるような思いになる。浮かんでしまった負の感情を振り切る。大丈夫だ。
小さく寂れた時計台を見上げると、もう講義が始まって十分が経とうとしていた。ただ、行かなくちゃ、なんて苦しい義務感は到底湧き上がって来ないものだから不思議だ。先程まで焦っていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「…… 今はどないなん」
「うーん……よく分からないけど、なんかもう大丈夫な気がする」
「そか、うん、ほんならええ」
どうしてこんなに心が晴れやかなのか、自分でもよく分からない。あんなに時間潰しのためにぐるぐる周回したせいで見飽きてしまった街が、街灯の光が、蛍光看板の電飾が、やけに輝いて違って見えた。よく見ればこの公園の隅に植えられているのは桜の木だ。あと一ヶ月もすれば──私達が二年生になっている頃には、きっと沢山の薄桃色の花をつけているはずだ。
「で、今日はもう行かなくてええの?」
「うーん……うん、今日はいいや」
「そか!……ほんなら、ちょお付き合うてくれまっか」
そう言って彼が取りだしたのは、近くの商店街のマスコットがプリントされた、スタンプラリーの用紙だった。思いもよらぬ提案に思わず頬が緩む。あれ程重く塞がっていた胸が、今はちっとも苦しくなかった。
大きく頷いたら、彼が嬉しそうに目を細めて、そして急かすように私の手を引いて立ち上がらせる。その温もりは、引力は、春の陽だまりによく似ていた。
花曇りを穿つ