「上条」という女子生徒が出てきます。
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ふわふわ、きらきら。
そんな抽象的なイメージだけが幾重にも頭の中に広がって、形作ることなく消えていく。スケッチブックを前にそんなことを繰り返してどれくらいの時間が経っただろうか。疲労だけは着実に溜まっているというのに、その労力は報われることなく水の泡となるだけ。ああ、こんなことをしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っているというのに。時計を見つめたって、進むのは二本の針だけである。
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「確か名前、絵描くの上手くなかった?」
そんな無責任なクラスメイトの一言に、盛り上がるだけ盛り上がった挙句行き詰っていた身勝手な数人の声が活気づく。なんで、と抗議の声を出すには遅すぎた。早く決まれと他人事だと思っていた私が、その空気が出来つつあることに気づく頃には、もう全身に期待の眼差しが突き刺さっていたのだ。本来生徒を救ってくれる筈の担任教師が皆と同じような視線を向けているのを感じた瞬間、諦めに似た何かが無けなしの抵抗を砕け散らせたのだった。
絵は決して嫌いではない。寧ろ好きな方だ。しかし、イラストレーターや漫画家といったプロを目指しているわけでもない私の技量はあくまでも趣味のレベルでしかなく、ましてや服のデザインなどといった知識は一切持ち合わせていなかった。
それに加え、ドレスとまで言われてしまえばもうお手上げ状態だ。そもそもドレスとは具体的に何だろう。色や形なんかの指定があってくれてもいいじゃないか。
周囲の人々からすれば「何でもいいよ」と気を遣ってくれたのかもしれないが、何事もお任せが一番困るのだ。ドレスだなんて、私にとっては七五三が一番それに触れた記憶のあるレベルである。もうそんな昔のこと、中学生になってしまった私には思い出せない。言いたいことはいくつもあったが、そのドレスを文化祭当日に着用することになっているクラス、いや学園のマドンナである上条さんから「ごめんね。よろしくね」と申し訳なさそうに微笑まれてしまえば、もう言葉など出てこなかった。
「貴女もツイてないですね」
無責任な拍手やら歓声やらがひと段落つき、議題が出し物の詳細に移ろうとする頃、隣からやけに平坦で、それでいて挑発気味な声が掛けられる。潜められているというのに、隣の席というこの距離感では彼──観月君の声がハッキリと耳に届いてしまうから少し腹立たしい。
「うるさいよ、観月君」
「そんなに睨まなくても。まあ、精々応援していますよ」
貴女にセンスがあるかは知りませんが。彼の余計な言葉にまた睨みを強める。
観月君は隣の席になってからよく話をするようになった男の子だ。強豪テニス部のマネージャー兼選手だとか、頭がとてつもなく良いだとか、様々な面において一つ頭の抜けた人間であるという噂は以前から耳に入っていた。そんな彼を恐れる部分もあったが、いざ話してみるとこれがまた嫌味な物言いで、分からないところを聞いたら的確なポイントを掴んだ解説をしてくれるのは彼の優しさなのだろうけど、その一つ一つにこちらを揶揄うような響きが含まれているのがいつまでも癪だった。そして私も黙っていられるような性格ではなく、席替えをして一ヶ月が経とうとする今では、互いに遠慮なく言い合いをするような我ながら何とも幼稚な関係に収まっている。
言うだけ言って満足したのか、観月君は何も無かったかのように前を向いて議長の話を聞き始める。コノヤロウ。心の中で悪態をつく。
そして今はそれどころじゃないんだった、と現実に引き戻されると同時に溜息を吐き出して、手持ち無沙汰に回していたシャープペンシルを机に投げ出した。
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上条さんに似合うドレス。そのフレーズだけが私のデザインをするにあたっての頼りであった。他のクラスメイトよりも少し大人びた、可憐な彼女に似合うデザイン。何色が似合うかな。とびっきり華やかなやつ。やっぱり、ネットから画像を拾ってアイディアを合わせて作るか。うん、それしかない。
もう一つの問題は、明日までに仮デザイン案を制作係や本人に見せなければならないことだ。しかし、私は上条さんを同じ女として尊敬している部分もある。既に上条さんがコンテストのモデルになるという事が既に他クラスまで伝わっているであろうことも考え、今日は徹夜だ、と自分の体に鞭打つ。
もう二度とペンなど握ってやるか、というくらいに。
自分の知識を出し尽くし、死に物狂いで作り上げたドレスは会心の出来といってもいいほどのもので、クラスメイトからもかなりの評判だった。ただ、私の理想や趣向をこれでもか詰め込んだためロマンチックすぎるかも、とも考えたがそれは杞憂であった。流石は上条さん、ドレスは浮くことなく彼女によく似合い、誰もがうっとりと溜息をついてしまう程だった。寧ろドレスが負けているのではないかと思わせるほど、彼女の容姿はまるでどこかの国のお姫様のように思われた。
なんだかんだ言ってもやはり自分が作ったものが認められるのは嬉しいものである。ありがとうと言われることも、人に評価されることも私にとっては初めてのことだった。私はかなり舞い上がってしまい、隣の席の観月君から「なんて顔してるんですか、みっともない」と毒を吐かれた。でもそれも然程気に留まらないくらいに、私は浮かれていたのだ。
絶対に本番は上手くいくと思っていたのだ。……当日までは。