La floraison







 上条さんが、倒れた。

 そんな知らせを耳にしたのは昼過ぎ――クラス対抗の衣装コンテストが始まる、一時間前だった。
 急いで保健室に飛び込めば、そこには真っ赤な顔でベッドに横たわる上条さんがいた。苦しそうに微かな唸り声をあげている。それがとてもステージに立てるような状態ではないことは、誰の目からも明らかだった。
 ベッドの周りにいるクラスメイトも、ドアから様子を伺っているクラスメイトも皆心配そうな顔をしていた。彼女は愛されているんだ、と心が温かくなるが、心配したところで熱が下がるわけではない。

 私は上条さんの枕元に近寄り、そっと彼女に話しかけた。


「上条さん、大丈夫?」
「……苗字さん……」

 薄っすらと目を開けた彼女は、ぎゅ、と私の手を握った。それは力なく、弱々しく感じられた。その手は、燃えるように熱い。私は心臓が握り潰されるような痛みを胸に感じていた。



「ごめんなさい、こんな時に熱なんて……せっかく、苗字さんが、」
「ううん、上条さんのせいじゃないから気にしないで」
「……ありがとう……あの、ひとつ、お願いしてもいい?」
「うん。私にできることならなんでも」

 謝ってもなお心苦しげな彼女に、できるだけ優しくそう言って頷くと、彼女は安心したように頬を緩めた。その顔は、やはり美しかった。きれいな形の唇が、ゆっくりと動く。


「苗字さんに、私の代わりにステージに立ってほしいの」
「……えっ」
「だって、この服は苗字さんのデザインでしょう?……大丈夫、苗字さんなら」

 周りの動揺がざわめきを通して伝わる。今度は直ぐには頷けなかった。確かに私はこのドレスを自分の手で作ったし、もちろんこのドレスが大好きだ。でも、上条さんだからこそあそこまで着こなせていたのだろう。
 心臓が嫌な音を立て始める。空いた手のひらにじんわりと汗が滲んだ。私にはとてもそんな自信がない。周りの目が怖い。


「お願いします」
「……わかった」
「では行きますよ。時間は有限です」
「え?わっ、」

 彼女の縋るような瞳に突き動かされて頷くと、急に右手首をつかまれ、そのまま扉の方向に引かれる。それは、観月君だった。何も言うことができずに、彼に手を引かれて保健室を出る。


「何!?」
「急ぎますよ、貴女のメイクアップには時間が掛かりそうなので」
「それってどういう意味!?……って痛ッ!?痛い痛い痛い!」
「手首を少しでも絞った方が綺麗に見えますよ」
「だからそれってどういう意味!?」




「……よろしくね、観月君」



「……あの、観月君」
「はい?何でしょう」
「…………凄いね?」
「何がですか」
「えっと、髪のセットとか、色々」
「当たり前でしょう、僕を誰だと思っているんですか」


 観月君は観月君だよ、とは言えなかった。正確には言う余裕がなかった。多少の腰が締め付けられる感覚と、動くたびに腿に擦れるチュールがくすぐったい。観月君に髪を持ち上げられて曝け出された項が落ち着かない。
 こういうのって女子の仕事じゃないのかな、なんて考えは彼の腕前を見て一瞬で吹き飛ばされた。器用に編まれていく髪と薄っすらと頬に乗せられたファンデーション。全てが初体験で、鏡に映る自分が少しずつ変わっていくのが少し怖かった。



「……緊張しているようですね。まあ、無理もありませんが」
「当たり前だよ……だって、上条さんと私は全然違うし」
「確かにそうですね。……ほら、出来ましたよ」

 もう少し否定して私に自信を持たせてくれてもいいんじゃないか。少し膨れながらも椅子から立ち上がって鏡を再び見る。


「う、わ……」

 そこにいたのは、まるで別人と変わり果てた私だ。緩やかな巻髪は編みこまれ、その留め具にはドレスとお揃いのブルーのリボンが飾られていた。鮮やかなピンクのリップは、ファンデーションによく映える。化粧なんてまともにしたことなかったけれど、正直いいかも、と思ってしまった。
 そして、私が一生懸命考えた淡いアイスブルーのミニドレス。ふんわりとしたスカートのシルエットもパンプスも慣れなかったけど、上条さんのために、と気合を入れ、その足でしっかりと立っていた。

 観月君はそんな私に満足げに頷きながら、口を開く。



「貴女は上条さんとは違います。……ただ、僕は貴女も十分素敵だと思いますよ」
「……え、それって、」
「ほら、まもなく出番です。遅れてしまいます」
「あ、……うん!」

 
 言葉の真意を探る間もなく、とん、と彼に背中を優しく押され、舞台袖まで歩き始める。後ろは振り向かなかった。こんなにやけた顔、見せられない。

 その背中の熱と、上条さんの笑顔を思い出し、私は顔を上げた。



“次は、三年一組――“

 アナウンスとともに眩しい光を全身に浴びながら、一歩を踏み出す。
 今だけはお姫様でいよう。そう、心に決めて。






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