■13■逃げようとしてる?■■ 「知ってるわよ。これはね、皆で名前ちゃんを歓迎するためにプレゼントを贈りましょうって話になったからなのよ」 「結局、皆の意見が合わなくて個々で考えることになったんだけどねぇ〜」 夜だからか、説明している凛月がとても生き生きとして見える。そうなんだ、歓迎するためのプレゼントだったのか。良かった、誕生日間違えられていたとかじゃなくて。凛月がくれたくまさんが大きすぎて、歩くのが少し難しい。これであの面倒臭がりな凛月は今日一日過ごしていたんだと思うと薄っすら感動を覚える。 「実は、名前が正規の専属プロデューサーになるって言うの、今日先生が言う前から話が出てたんだよね」 「そうなの?」 「そうなのよ、本当は明日それを正式に申請する予定だったのよ」 「要は今日の件がなくても、あんたは専属になってたってこと。それなのに名前があんなこと言いだすから……おかげで肝が冷えたわ」 全く知らなかった。裏でそんなことが決まりかけていたのか。ところで当事者である私がそれ知らないってなんだろう。この学校大丈夫なのかな。 「ほら、泉ちゃんも早く渡しましょ!」 「わかったから、もう夜なんだから静かにしてよね……。名前、こっち来て」 「はい?」 「来いって言ってんでしょ」 投げやりなのか早口で聞き取りづらい声を聞き返すと、恐ろしい顔で一喝されてしまうので慌てて先輩に近寄る。先輩の後ろには、いつの間にか大通りに出たためか、いくつもの車が通り去っていて騒がしいのだ。何故か瀬名先輩は不機嫌である。 「はい、手、出して」 「はい」 「……やっぱり目も閉じて」 「は、はい」 瀬名先輩の意外にも熱を持っていた手が私の手を強く掴む。不機嫌な先輩に例の如く逆らえずに、言われたとおりに目を瞑って待っていると、不意に聞こえたビー玉がぶつかるような音。指先に冷たい何かが触れたと思えば、手首の部分で留まるそれ。 「……もう開けていいよ」 恐る恐る開けた目に映ったもの。キラキラと手首で街灯の光を反射して輝くアクセサリー。水晶なのか透明な球と水色の球でできたブレスレットが手についていた。 「……気に入らなかったら別に捨ててもいいから」 「え、いいのセッちゃん。そこそこ良いやつじゃないの?」 「言うな」 「しかもそれ結構悩んで選んでたよね」 「は?ちょっと、なんであんたがそれ知ってるわけ?」 「あ、やっぱり悩んだんだ」 お礼を言う間もなく、先輩が凛月のもとへ走っていく。あの先輩がわざわざ悩んでこれを……。失くしたなんて言ったら間違いなく殺されるか呪われる。とにかくただじゃすまないな。青ざめながらも、どこか暖かな心境で腕元を眺めていると楽しそうに嵐くんが口を開く。 「このあいだ、泉ちゃんにデートに誘われなかった?」 「でーと……?あぁ……」 殺されかけた時のことか。脳裏に浮かんだ瀬名先輩の真っ黒な笑顔に、冷や汗を浮かべながら嵐ちゃんへと視線を向けると、意味ありげにまた笑いを零す彼。首を傾けると、彼は手を私の耳に添えて「実はね……」と話し出す。 「あれ、泉ちゃんが名前ちゃんのプレゼント選ぶための口実だったのよ」 「え?」 「名前ちゃんの好みとか、普段の格好を知るために考えたんだと思うわ」 思いもしていなかったデートの目的を知って唖然としてしまう。すかさず先輩の方を見れば、そこには「うるさーい」と顔を顰めている凛月に苛立たしげに文句を言っている瀬名先輩。少し顔が赤いように見えるのは暗い所為だろうか。ああ、そうか。さっきから怒っているように見えていたのは、照れ隠しなのか。ようやく気が付く。 「なんかこんなもらっていいのかな」 もらったものに、思った以上の思いが込められていることを知って、少しくすぐったい気持ちと一緒に、自分にはもったいないような気が浮かんでくる。絶対これお金かかってるし。 「ふふ、いいのよ。これからお世話になるんだから。御返しは気にしないでと言いたいところだけど、バレンタインとか期待しておこうかしら」 「嵐ちゃんこの前、家庭科の調理実習一緒だったよね?嫌味かな?」 私が器用じゃないの知ってるくせに、嵐ちゃんの方が上手なくせに。掴みかかりそうな瀬名先輩を司くんが必死になだめているのが嵐ちゃんの後方に見えた。気が付けばもう家の玄関の前に辿り着いていた。しかし、中から叫び声にも似た声が聞こえるのだが大丈夫だろうか? 「なに、なんか中騒がしくない?弟以外にいるわけ?」 「はい。2人で夕飯を作って待っているそうです」 「……え」 信じられないことを聞いてしまった気がする。固まって苦い声を零した私に、みんなが不思議そうにこちらを向いた。 「……忍は料理壊滅的だけど、他に誰居るの?」 「鉄虎くんです」 「……鉄虎くん、この前料理真っ黒焦げにして、おぞましいモノ生み出してたよね?」 その2人が揃ってるって、まずくない?見る見るうちに青ざめていく一同、これで大人しく帰るかななんて思ったのだが。 「な、鳴上先輩!!早く入りましょう!!」 「わ、わかってるわよ、夕飯が焦げてるなんて困るわ!!」 「わわ、すさまじいsmokeが!!これ大丈夫ですか!?」 慌てて家の中に飛び込んでいく嵐くんと司くん。何故自分の家のご飯を食べるという選択肢がないのか。家に上がる気でいることは察してはいたが、夕飯食べるつまりまでとは思わなかった。それに大丈夫かな、家の中燃えてないかな。嫌な予感を胸に、2人が駆けて行った明るい玄関へと足を一歩踏み出した時。 「そういえば名前」 「今日、先生に自分を退学とかいってたけどさぁ?」 一見何の変哲もない会話、しかし日頃培われた危機察知能力故か、なにやら背後から寒気がしてなんだかよくわからないが逃げないといけないような気がしてくる。ゆっくりと振り返れば、不敵な笑みを浮かべた瀬名先輩と凛月の姿。先ほどまで揉めてた2人が、今は揃って私に微笑みかけている。 「もしかしてだけど、さぁ……」 凛月がゆっくりと足を踏みだして私を通り抜ける。背後に立つ気配に何事かと振り返ろうとするがそれすらかなわず、抱えていたクマのぬいぐるみごと抱きしめられる。まずい退路を絶たれた。人間相手なのにハイエナに囲まれたような絶望的な気分になるのは何故だろう。 「本当に、抜けてもいいとか思ってたわけじゃ、ないよねぇ……?」 耳元で呟かれた低音。図星の指摘に思わずぎくりと肩が跳ねる。ふーんと凛月が音を出すと、背筋が凍り付くような感覚に襲われる。その一方で笑顔の瀬名先輩がゆっくり近寄ってくるものだから、前後の威圧感にもはや心理的にも逃げ場がない。 「残念だけど。逃がしてあげないからねぇ……もう専属なんだから」 「そうそう、これでゆうくんに近づこうものならどうなるか、わかってるよね?」 目を細めている瀬名先輩の背景が黒い。夜だから暗いのは当たり前なんだけど、違う意味で黒い。下がろうにも背後に凛月がいるので動けずに瀬名先輩に抗う間もなく顎を掴まれる。 「ちょ、リンチはやめて」 「そう簡単に逃がさないから、覚悟しててね、名前……」 「だから大人しくしててよ、いい子に、ね?」 あれ、これって私の歓迎するやつじゃなかったのかな。だとしたら趣旨少しずれている気がしたんだが……そもそも私の家の前で、この絵柄どうなの。 「ほら皆、そんなところで遊んでないで早く手伝ってちょーだい!!」 「わわわっなんスかこれ!!ぶっ…ぶくぶくしてきたっスよ!!?」 「鉄虎くん早く火を止めて下さいっ!!せ、先輩!!この焦げたものはどうすれば良いのですかぁ!?」 中から聞こえてきた悲痛な叫びから、キッチンの様子が目に浮かんでごくっと息を呑む。徐々に体温が下がっていくのを感じていると、いつもの気だるそうな声に戻った凛月はお腹が空いたと呟いてから、するりと体の拘束を解いてそそくさと中に入っていった。入るや否や「うわぁー大変なことになってる」なんて恐ろしい台詞言うものだから、泣きたくなってきた。 「行きたくないけど……こんな空腹のまま、今更家に帰る気にもならないし。名前、早く行くよ」 「いえっさー」 盛大にため息をついて、私の腕を取って進んでいく瀬名先輩。行くよって言われてもここ私の家なんだがな。家に入ればそこに広がる悲惨な光景に、もう笑うしかなかった。だけど、楽しそうに集まるみんなの姿を目にして、不覚にもこんなのも悪くないなんて思ってしまった、そんな私はもう末路だろうか。 「お姉ちゃん、おかえりでござる」 「うん、ただいま」 照れくさそうに笑って頬を掻く弟と目が合う。パーカーの上から身に付けられたエプロンは、ぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。 どうやら夕飯に辿り着くには、まだまだ時間がかかりそうだ。 END ■■さいととっぷ |