01丁重にお断りします■■


広々とした屋上に、春の暖かなそよ風が吹き抜けていく。若葉の香る春風に心地よさそうに紫色の髪が揺れ動く。その人物はベンチに寄り掛かり、こくり、こくり……と船を漕ぎながら寝息を立てて寝ていた。優しい日差しを浴びて輝いた金色のメッシュを撫でるように、そよそよと流れていく風。それを合図にか青年は閉ざしていた瞳をゆっくりと開いた。

「…んん。今、何時でござるか……?」

誰もいない屋上でその問いに答える声があるはずもなく。眠そうな金色の瞳を擦りながら、青年はのそのそと立ち上がろうとする。ところがその瞬間、切羽詰まったような知人の声が聞こえた気がして、おや、と辺りを見渡し始める。

「忍くーん!忍くーん!!」
「この声……」

ここでござる!!と空にも届くぐらいの大きな声で返事すれば、鮮明になった声と同時、その人物の姿が視界に現れた。

「いたいた。やっと見つけたッスよ!!」
「拙者のことを探していたのでござるか?」
「もう、忘れたんスか。1時10分から集合って先輩から言われたじゃないッスか!!」

その言葉にハッとして近くの時計塔を見上げる。どうやら長い間眠っていたらしく、長針が3の数字を指そうとしていた。只今の時刻1時15分、これでは5分の遅刻である。今まで眠っていた人物、仙石忍と同じユニットである“流星隊”に所属している鉄虎は、どうやら忍を探すために校内中を駆け回ってくれていたらしい。その額ににじんだ汗が、鉄虎がどれだけ一生懸命走り回っていたかを忍に悟らせた。

「拙者としたことが……申し訳ないでござる……」
「ああああ!!切腹とかそんなんはいいっスから!取り敢えず行くっスよ!みんな待っているんだから!!」

「切腹は侍でござるよ」と口に出す間もなく、経験したこともないような強い力で腕を引かれ、足元がもつれそうになる。然程運動を得意としない忍は、今ただでさえ寝起きである。いまだはっきりしない頭を抑え、もう少しゆっくり歩いてほしいと懇願しようとするが、前を行く彼が早く早くとせかすので、言葉を飲み込み大人しくついていこうと決めたのだった。





「意外とすぐに終わったッスね」

隣を歩く鉄虎の言葉に、忍はこくこくと頷いた。結局、今後の活動内容について、彼らの先輩である守沢千秋から少しばかりの説明を受けて直ぐに解散した流星隊。午後の授業が始まるまでにはかなりの余裕があったため、余った昼休みの時間を持て余すようにのんびりと教室への道を進む。罪悪感から俯いて遅れて申し訳なかったと千秋に謝罪したところ、問題ないと高らかに笑う彼に背中をドンと叩かれた背中が今も少しばかり痛む。

「それにしても、忍くんが居眠りなんて珍しいっスね。いつも元気にはしゃぎまわっているのに」
「うーん……。実は最近心配ごとがあって、よく眠れないのでござる」
「えぇ!?あの忍くんがッスか?」

さも驚いた様子で目をまんまるに見開き後ろへ反れた彼に忍は首を傾げる。さて、拙者はどんな目でみられていたのだろうか、ぼんやりと浮かぶ疑問もろとも、打ち明けようと思っていた悩みをそっと胸の中にしまい込む。

「……やっぱり言うのはやめておくでござる」
「いや、ごめんッス!!つい!!」

しかし仲間の一大事だとしたら力になりたいんだと、真剣な色をした瞳で腕を掴まれれば、それはもう話すしか選択肢はないもので。

「…お姉ちゃんが心配なんでござる」
「…お姉ちゃん?」
「そう、1つ上のお姉ちゃんでござる」

先日この学院に1人の女子生徒が転校してきた。その女子生徒はプロデュース科初の生徒であると同時、この学院唯一の女子生徒という学園からしても特別な存在。そしてさらにその女子生徒は、仙石忍にとっても特別な存在であったのだ。

「ええええ!!転校生の先輩、忍くんのお姉ちゃんだったんスか?!」
「そうなんでござる……!」

だから心配で心配で!!そう言って苦悩の表情で頭を抱える忍。こんなに考えあぐねる仙石の姿は鉄虎も初めて見るもので、鉄虎はしょんぼりと眉を下げた。確かに実の姉が、男所帯に一人放り込まれているとしたら、心配するのも無理はない。もっと言えば優しい忍の性格だ。姉を思うあまりこうして頭を悩ませているのもよくわかる。

「そうだったんスか…」

そこで鉄虎の脳裏にひとつ疑問がよぎる。目前の仙石忍、彼は少々変わっている。その古風な口癖を始めにどこか忍者を思わせるような行動の数々。その異質さは、変わり者の揃った学園の中でも見劣りしないものだった。そんな彼の姉である。真っ先に想像するのはくノ一であったが、実際どうなのか。

「どんなお姉ちゃんなんスか」

心配している忍を前にしても、好奇心が先を言ってしまった鉄虎がついに質問を投げかける。その質問に、仙石もまた、けろりとした表情で目線をさまよわせながら自らの姉の姿をぼんやりと思い浮かべはじめた。

「そうでござるね……。優しくて可愛くって温かくって可愛くって綺麗で……。自慢の姉でござる」
「べた褒めッスね」
「それによく似ているって言われるでござる」
「……お、おぅ」

よく似ている、たったその一言で鉄虎の頭の中の想像が一転してしまった。優しそうなお姉さんの姿は消し飛び、やはりくノ一だったかと時代考慮皆無のイメージが浮かび上がる。頭の中で錯乱し始めた情報をすべて捨てるように鉄虎は考えることを放棄した。取り合えず良い姉だということにしておこう、と。

「優しい人なんスね。会うのが楽しみッス」
「期待してもらって大丈夫でござるよ!!」

半ば投げやりにまとめ上げ、困った挙げ句に適当な台詞を履けば、何も知らない目前の忍は、その台詞をそのまま褒め言葉と受け取ったのか嬉しそうにはにかんでみせた。

その様子に安心して肩を降ろした鉄虎の耳に、突如地響きが木霊する。背後で徐々に大きくなってくるその振動に、すぐ誰かが此方に猛進してきているのだと察し振り返ると、そこには自分たちと同じ制服をまとった生徒が凄まじい速さでこちらに向かって駆けてきていた。

「待ちなさい!!名前ちゃん!!」
「ぜっっったい嫌だ!!」

逃げている生徒とそれを追いかける2名の生徒。胸元にあるネクタイの色から彼らが2年生であることは容易に察することが出来る。しかし追われている側、つまり前方を走る生徒は周りと様々な違いがあった。

「……あれ?」

思わず口からこぼれた声、振り返ったまま未だに足を止め続けている隣の友人につられて、仙石も足を止めて振り返る。

「あの女の人もしかして……」
「お姉ちゃん」
「やっぱり」

膝上までの灰色のそれはズボンではなくスカートで。走っているためになびく髪は長く男性のものとは思えない。小さくふっくらとした唇から放たれた声は、自分らより高音であり、それはどう考えても男性ではなく__

「もぅ!照れ屋なんだから!」
「照れてない!照れてない!!」
「諦めて一緒に椚センセェのもとに来てちょーだい!!」
「あんたが行きたいだけだろーよ!!!」

後ろの生徒の方が、体格的にも、能力的にも、性別的にも有利なはずなのに、その差が縮まらないのは何故だろう。すごいスピードで駆けてくる2人は、自分たちの目の前を一瞬で通り過ぎて廊下の向こうへと消えていった。

「knightsの専属プロデューサーになりなさい!!」
「丁重にお断りします!!」

あの様子なら逃げ切れるんじゃないか、とも思った忍達だったが、現実はそう上手くいくものではない。今まで大した運動もしてこなかった女子が、アイドルとして1年間過酷な運動量をこなしてきた、ましてや現役陸上部の彼にかなうはずもなく………。

「…もしかして忍くん」
「なんでござるか??」
「……いや、なんもないッス」

(シスコンですか、なんて言えない)

ぽつん、廊下に立ち尽くす1年生達は、2人が去っていった方向をしばらくの間茫然と見つめていた。その後呆気なく彼女は捕まり、半ば強制的にknights専属のプロデューサになってしまうことなんて知らなくて。