椅子取りゲーム

ある家は壁の一部が削れ、ある家は屋根が欠けてしまっている。廃れた住宅街には、人が住んでいる様子はもちろん人がいる気配すらない。そんな街の屋根の上、次の屋根からまた次の屋根へと、目にも追えぬ速さで移動している一つの人影があった。

「あっちゃー、南の方だったか」

その人物は、緩やかに口角を上げた。その表情はまるでなにか楽しいことがあったかのようである。そのせいか、残念だったなあ、とその口から出た言葉はどうにも嘘くさい。

「太刀川さん、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないです」

思わず、その言葉を通信機越しに聞いていた国近柚宇は声を荒げる。それもそのはず、2人の通信機からは誰かの怒鳴り声やら、どんどんと射手の放つ攻撃が何かに命中する音が、絶え間なく聞こえているからだ。

「ちょっと、出水じゃっまなんだけど!?」
「うっせ、お前こそ妨害してんじゃねーよ!」
「は!?どっちが妨害してんだよ!!弾馬鹿!!」

戦闘音で会話が聞き取りずらい中、ふと一部分だけの会話が聞き取れて、太刀川は思わずはは、と乾いた笑い声をあげた。呆れているのは国近も同じなようで、「2人共……」なんてため息交じりに言葉を漏らす。

「ははは、今日はついていないな」
「ほんとです」
「気が合うな国近、これ終わったら餅でも食うか?」
「もう太刀川さんたら。ふざけてる場合じゃないですよ〜。早く来て、あれ。何とかしてください」

今日はゲートが出現しないだろう、なんの根拠もない自信をもとに、東を出水に、北を水戸に、というふうにそれぞれ別行動をさせていた。そうすれば楽だろう、なんていうひどく安直な考えから取った作戦であった。しかし、そんな隊長の思惑とは裏腹にゲートは開いてしまったのだ。丁度東北の東北の方向である。そう、よりによって出水と水戸の間にゲートが開いてしまったのだ。

こんなのどうなるかなんて目に見えている。慌てて踵を返し現地へ向かった太刀川だが、案の定、間に合わず、ネイバーと2人が対面することとなった。楽をしたいがための作戦であったが、残念なことに太刀川にとって一番面倒くさい展開となってしまった。2人が喧嘩を初めてしまえば、最早火が勝手に消えるのを待っているのが懸命であった。触らぬ神に祟りなし、である。

「お、いたいた」

「おっしゃ!!」
「は?なんであんたが喜ぶの?」
「なんでって倒したからだろ、俺が」
「は?どこが?私のメテオラでしょ」

少し開けたところで、闘っている後輩達の姿が見える。もっとも、彼らが武器としているのはトリガーではなく言葉であり、闘っているのはネイバーではなくチームメイトとなのだが。先程よりも2人の会話が鮮明に聞こえるのは、戦闘が終わり雑音が無くなったせいだったらしい。口論を繰り広げている小さな人間の背景で、ゴロリと寝転ぶネイバーからは、黙々と黒い煙が立ち昇る。

「いやいや俺の方が当たってる数多いし!」
「そんなのちびちび当たったって倒れるわけないでしょ!?」
「いやいやお前のメテオラより威力あるし」
「は?はあ??」

近くまで来て、声を放ってみたものの、太刀川の存在に2人が太刀川の方を振り返る様子は全くない。傍から見てみれば太刀川がわざと無視されいじめられているのか疑うレベルである。

「メテオラの方が強いでしょ、馬鹿なの?」
「それぐらい才能の差があるってことなんだな」
「はは、冗談は顔と前髪だけにしろよ」

しかし断じていじめなどではない。本当に気づいていないのだ。そろそろ気付いてほしい太刀川だが、この2人の間に入る気にはなれず、その場で見守る。

「顔も前髪関係ねえだろ!」
「なんで目に前髪被せてんのかわかんない、おしゃれなの?」
「お前にオシャレなんて言葉わかんねえだろ」
「アンタだけには言われたくないんだけど?絶対」

しかし、時間が経てば経つほど、治まるどころか徐々にヒートアップしていく2名。最早彼らの頭に防衛任務中という意識はなさそうだ。せめて、唯我が合流するまでに決着をつけてほしい。

「そんなところに前髪あったら邪魔だろうに…あ、でも邪魔なのは本体も一緒かあ」
「へいへい、そんな可愛くないことばかりしか言えない女におしゃれなんかいらねぇな」
「は?どういう意味よ」
「そのまんまだよ男女」
「はあ?!」

太刀川さん、もうそろそろ唯我くん来ちゃうよ〜と控えめな声で国近の声に、やっぱり今日も自分が何とかしないといけないのかと、ため息を付きたい気持ちをおさえて、癖毛の目立つ自身の頭をかきながら、ゆっくりと足を踏み出した。

「おい、お2人さん、そろそろ仲直りしなさい」
「『あ、太刀川さん』」

更に距離をつめてもう手が届くまでの距離にくる。そこで声をかけてようやく2人は太刀川の存在に気が付いたようだ。そこで太刀川の方に目を向けた2人は彼の名前を呼ぶのだが、その発した声はぴったりと見事に重っていた。しかし、それが不服だったのか、お互いに顔を見あって敵意をむき出しにしている。

「いつからいたんですか太刀川さん」
「結構前からいたぞ」
「まじか」
「どっちが仕留めたか〜って話から、お前らの論点が変わったあたりだな」

そういえば、2人はハッとしたような顔をしてまたお互いを睨みつける。こいつらやっぱり本当は仲いいよな。

「あれは私だから。アンタのちゃっちい攻撃なんかに負けるわけないから」
「へぇ……?おもしれえ。やってみるか?」

そこでようやく太刀川は、治まりかけていた戦争にいらぬ油を注いでしまったのだと気づく。しかし気づいた時にはもう手遅れで、2人の手にはもう既にキューブがふわふわと浮いている。国近がなにしてるんですかあ、と呆れかえっているのを聞きながら、太刀川は目の前でお次は物理的な喧嘩を始めようとしている2人をどう止めようか、頭を悩ませていた。


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