どうか早く気付いて

「あ、瀬名ここにいたんだ」
「は?なに何の用」
「相変わらず可愛げないな……」

アンタに可愛いなんて思われなくていい。イヤホン流れる軽快な音楽があるにも関わらず、コイツの女子特有の高い声は耳に入ってくる。本当、全くもって迷惑極まりない。俺の方を向いて椅子に腰かけた馬鹿女。溜息交じりにイヤホンを外してそいつを見やる。口元を引きつらせて笑うその顔は、いつの日かの幼さが残っているように思えた。





「それで今度のKnightsのライブ時間なんだけど」
「あぁ、今週の日曜日のやつ?」
「そうそう、流星隊と順番交代してほしいんだ」
「はぁ、なんで?」

心底嫌そうに顔を顰めた瀬名。やっぱりこうなるよな。案の定の反応をスルーして話を続ける。私がお願いする側、それを忘れては他の子に迷惑がかかる。

「本当に申し訳ないんだけどちょっと緊急で流星隊に仕事が入っちゃって」
「他のところと代われば良いでしょー。俺たちもそんな暇じゃないんだけど」
「出来たらそうしてる」

誰がこんな潮対応を最初に受けようと思うものか。私はMじゃない、断じて違う。あくまでプロデュース科だって暇じゃない、許諾してくれそうな順に声をかけている。つまり、他の参加ユニットにすべて断られたからやむを得ずここに来たのだ。

「…ふーん、俺達が最後ってわけ」
「そうだね」
「……へぇ」

じとっと心の中まで見透かされてしまいそうな強い視線。これには何時になっても慣れない。気まずくなって目を反らす。

「……わかった、何時に行けばいいの?」
「え、いいの!?」
「じゃなきゃ困るんでしょ?」

なんだやけに物分かりが良い……。意外にもすんなりと了承されたことに面食らっていると、はぁと呆れたようにため息が瀬名から零れた。数秒もしない間に無言で紙を寄越せと手の催促がくる。瀬名に渡すことのない、うなだれながら謝罪のために流星隊のもとに持っていくことになるだろうと思っていたライブ時間変更の許諾書を渡した。

「で、何時から?」
「えっと、17時から」
「そう、3時間遅くなるのか。まぁくまくんにとっては丁度良いかもね」

すらすらと流れるように紙に書かれた必要項目へ書き込んでいく指先に、思わず目を奪われてしまう。流石モデルというだけあって、指先まで綺麗に手入れしているんだよなぁ。キラリと瀬名の爪が輝いた。そういえばこの前嵐くんが司くんの爪を磨いていたが、瀬名もまた彼に磨かれたのだろうか。

「はい、じゃあこれ」
「うんありがと」

これで流星隊の皆にいい報告ができる!!その前にKnightsにも事情を説明しなければ。他クラスに向かうため教室の外へと向いた私の足は少し浮足立っていた。

「ちょっと、どこ行くわけ?」
「え?嵐くんと凛月のとこ」
「……そう」

ガタリと音を立てて立ち上がる瀬名からの意図のわからない質問に頭の上で疑問符を浮かべていると、次の瞬間彼の口から思いがけない台詞が飛び出した。


「俺も行く」


つい目を見開く。無表情にこちらへと歩いてくる瀬名に増々わけがわからなくなり硬直する。コイツなに考えているんだ?通り過ぎる彼の顔を凝視しても何もわからない。唖然として棒立ちしていると、疑わしい目付きが向けられた。

「なに、行かないの?」
「行くけど……」
「なによ」
「ちょっとぉ、付いてこないでくれるぅ?とか言うんでしょ?」
「ちょっとそれ俺のマネ?まじで似てないんだけど」

涼し気な瀬名の顔が、一気に歪んだ。

「え、似てるでしょ」
「あぁーほんとアンタって昔から見る目ないというか、観察眼ないというか……」

ポツリと零れ落ちた言葉、ふと違和感を覚える。なんだかまるで私を前から知っているようなそんなように聞こえて繰り返す。

「…昔?」
「うるさい、とにかく行くなら早くしてよ」
「痛っ!?」

一喝されると同時、頭に振ってきたチョップに頭が揺れた。触れられた後頭部を抑えて上にある瀬名の顔を睨むが、全く目が合わない。

「ほら早く」
「叩くとか無いわ…。本当に来るなとか言わない?」
「しつこい」

歩き始めた瀬名の斜め後ろを恐る恐る歩く。チラリと一瞥されたが、その口から文句やため息が零れることはなかった。廊下は相変わらず生徒たちでガヤガヤとしている。今日は外が雨なようで、お昼でも校内にいる人が多いようだ。





「次の授業なんだっけ」
「次は国語じゃなかった?」
「あぁ、アンタがシャーペン忘れた国語ね」
「その通りですけど、何か?」

2年生の教室は、3年のそれよりも騒がしいような気がする。若さのせいだろうか?2−Bの教室からひょこっと顔を覗かせれば、早急に近くにいた嵐くんと目があった。

「あら〜、歌羽ちゃんどうしたの?」

優しい笑みを浮かべてこちらに歩いてくる嵐くん。女性的な口調にはじめこそ目を見張るくらい驚いたものの、今となってはこれが普通だ。

「うん、ちょっと今度の海辺ライブに変更が出来てね」
「そうだったのね!……って、あらやだ!?泉ちゃんじゃない!?」
「ちょっと何、俺がいちゃそんなにおかしいわけ?」

私の背後で腕を組んでいた瀬名を見た瞬間、大げさなほどに驚いて見せた嵐くん。その気持ち、結構わかる気がする。

「ごめんなさい、珍しい組み合わせに驚いちゃって」
「すごくわかるよ、私も驚いてるもの」
「あら、そうなの?」

何やら含みのある笑みを零して瀬名を見つめる嵐くん。背後で「何?」と不機嫌そうな声が聞こえるが、振り返らないでおこう。目の前で口元に手を当てて笑う彼につられて、思わ肩を揺らせば背中を肘でつつかれる。

「ちょっと、世間話しに来たんじゃないでしょ?」
「そうだった、実はね……」

そうして流星隊とライブの順番を交換したことを伝えた。嵐くんは「わかったわ」と快く応じてくれた。助かる。

「いっそ瀬名もこんなに素直だったら…痛い!!」
「なーんだって?」
「い…いひゃいれふ!!」

頬を両手で摘ままれて横に引っ張られる。青筋を立てて黒い笑みを浮かべたコイツは、どうも力の加減というものをしらないようで。抵抗しては更に頬が伸びるので、引き伸ばされて不細工になった顔のまま目前の相手を睨みつける。

「あらあら、仲が良いのね」
「じゃあなるくん、くまくんに伝えておいて」
「わかったわ、任せてちょうだい」
「ひてぃしないんれふら」
「うるさい」
「りふいん!!」

“理不尽”そんな短い叫びでさえこの状況では上手く伝えられない。「ほら行くよ」離されたと同時に踵を返して廊下を進んでいく瀬名。思ったのだがこれではまるで子分のようではないか?

「ふふふ、泉ちゃんとても楽しそうね」
「そうなの?あれが?」

どう見たって不機嫌なガキ大将にしか見えないけれど。微かに痛みの残る頬をさする。

「そっか、歌羽ちゃんにはわからないわよね」
「…え?」
「ふふ、あのね歌羽ちゃん」

優しく微笑んだ嵐くん、次に出る言葉を私は自然と食い入るようにして聞いていたのだけれど。

「ちょっと、なにしてんのー。早くしないと休み時間終わっちゃうでしょ?」
「あ、そっか!ごめんじゃあね嵐くん」

ゆっくりお話している場合ではないことを思い出す。時間のことすっかり忘れてしまっていた。慌てて腰に手を当てて、此方をご機嫌斜めな様子で見つめている瀬名のもとへ走る。ところで、今更だが一緒に行かなくてもいいのでは?

「で、どこいくの?」
「は?かさくんのところに決まってるでしょ」

だがしかし、必要な書類はすべて瀬名の手にある。彼としても一応リーダー(仮)の自覚というか責任がある、ということなのだろうか。じゃなきゃ付いて来るわけない。そう考えれば自然と納得がいった。

「ついでだし流星隊の1年にも言っておけば?」
「そうか、やっぱり無駄に頭が回るよね」
「そりゃあアンタと違って頭良いからね」

そうして不敵に微笑んだ瀬名、やはりいつも通りの彼らしい。





そんな2人の背中を優しく見守る1人の青年。いつの間に横に並んで話しながら歩いていく彼らの表情はコロコロと変わって、見ているだけで面白い。特に背の高い男子の方、彼は本来表情に乏しいはずだ。なのにあの子の前だと怒ったり笑ったり、その姿はまるで暇がない。

「そっか、歌羽ちゃんにはわからないわよね」
「…え?」
「ふふ、あのね歌羽ちゃん」

結局伝えることが出来なかった言葉。それはそれでいいと思う。

「泉ちゃんは歌羽ちゃんといるときだけなのよ」

あんなに話すの、あんなに怒るの、あんなに触れるの、決まってそうだ。もう彼女へ届くことはないのだろうが、僅かばかりの祈りを込めて、その背中へ呟いてみる。きっとあの子は気が付いていないのだろう。それもそのはず。あの子の前では決まってそうなのだ。他人に見せる顔に対して、あの子に見せるものはいつも特別なものなんだと、その事実をあの子が知る由もないのだから。

「あの子は、気が付くかしら……」

随分と離れてしまった2つの背中、たった今男の子が女の子を蹴った。でもそのゆっくりな動作に、あの子はすかさずぴょんと跳ねて避けた。茶化すように笑う彼女に対して彼はからかうように口角をあげて何かを話している。あぁ、やっぱり楽しそうだ。気が付いたら頬が自然と緩んでいる自分がいて可笑しくなった。私がこうして見守っていることも、きっと彼らは気づいていない。

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