おかわりの無いようで

「おぉ、瀬名ようやく戻ってきたな」
「あぁ……」

むしゃくしゃする。首筋に当たる自身のくせ毛を乱暴に除けながら、笑顔でいる守沢の斜め前、自分の席へを腰を落とした。

「俺たちが配属されるのは海上ステージだそうだ」
「うん、さっき企画書もらってきたよ」
「おぉ、そうか。歌羽の予想した通り、スポットライトは全部で9色あるそうだ」
「へぇ……」
「ほかにも海上ならではの噴水であったりとかミストだとか演出材料はいくらでもあるらしいぞ」
「そぅ……」

そうして楽しそうに表情をうきうきとさせながら、企画書をめくっていくその姿を頬杖を付きながら眺める。どうもこいつには悩みというものが無縁そうで羨ましく思える。

「やはり歌羽が同じチームで良かったな」
「そーだねぇ」
「お、どうした。今日は何時になく不機嫌だな」

ふいと反らした視線の先、窓の向こうには季節に合わない曇天が広がっていた。

「……同じチームといっても、最終的には全員の衣装とかステージとか手掛けるのアイツでしょ」

今日だけでアイツの机に何人の訪問者が来たことか。近くの席の人間、隣にいる俺のことも少しは考えてほしい。終始あのように賑やかにされてははっきり言って迷惑だ。

「あんなんじゃどこのチームなんだかわかったもんじゃない」

大体働き過ぎだと思うのだ。あっちへ走ったりこっちへ走ったり。そのくせ休み時間も、訪問者一人一人の対応を丁寧にして。

「ぶっ倒れられて困るのは俺らなんだけど……」
「そうか、瀬名は歌羽のことが心配なんだな」
「は?」
「なに、簡単だ。歌羽が忙しいならチームである俺達が支えてやればいい」

「それに賛成したから、瀬名もこうして放課後残っているのだろう」暖かい笑顔を見せた守沢に腹が立った。ほら、やっぱりわかってない。

「はぁ、なにそれ。他のチームのことしている馬鹿のサポートを、なんで俺達がしなくちゃいけないわけ?」
「歌羽はプロデューサーだから、そこは仕方な……。瀬名もしかして」

急に口をつぐんだ彼のハッとした表情に、嫌な予感を感じた。

「やきもちか」
「アンタって本当バカ」
「そうかそうか、青春だな」
「はいはい、ボケはもう要らないから」

馬鹿女の残していった計画書を手に取る。日中あれだけの仕事量をこなしておきながら一体どこにこれだけまとめる時間があったのか。それもやはり二年間男だらけの中ひたすらに頑張り続けたプロデュース科の努力の賜物だとでもいうのだろうか。簡潔且つ的確な内容のそれに綴られた綺麗な文字は、気に食わないが読みやすかった。

「……ねぇ、バク転できる?」
「おぉ、ヒーローっぽいな」
「バク宙は?」

「もちろん!ヒーローだからな!」そういった守沢の言葉を受けて、計画書に書き込みをさらに加えていく。ふと計画書の中につづられている文字を見て手を止める。計画書の端にあった控え目なサイズの連想マップ。いち早く自分達が海上ライブだと察した彼女が残したものなのだろう。海上ライブを中心に無数の案が広がるその中にある一つの単語に目を奪われた。

“人魚姫”

その上には黒の斜線がいくつか引かれていた。メルヘンチックな、乙女チックな案慌てて消したのだろうか、それとも男子高校生、もしくは自分と守沢のイメージに合わないことを悟ったのだろうか、その真意はわからない。だけどしかしやっぱりアイツは昔からちっとも変っていないらしい。いつの日かお伽噺を嬉しそうに語っていた小さな姿がふと脳裏によみがえる。それが少し嬉しいようで悲しくて、悔しくて。入り混じった感情が胸の内でドロドロと渦を巻いて、不意に落とした視線にはぬいぐるみが付いた女子のカバンがあった。

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