貴方も失くしたのですか

「ねぇ、瀬名さん」
「ウザい」
「ねぇねぇってば」
「本気でウザい」
「おや、ご機嫌ナナメなのかな?」

すごく楽しくて仕方がない。ニヤニヤとしてしまうのを抑えられずに、くすくすと肩を揺らしながら、隣の席の不機嫌度MAXの瀬名をおちょくる。

「ほんとその性格の悪さなんとかなんないの」
「それに関してはお互い様だね」
「うーざぁーいーんーだけどっ!!」

頬をほんのり赤らめてこちら鋭い目で睨む瀬名。いやいや、まさかペンケース丸ごと忘れて来る奴がいるとは思わなかった。どうやら上には上がいたようだ。

「大丈夫?困ってます?」
「困ってない」
「本当?」
「しつこいうるさい」

しかもそれがあの瀬名だ。終始仏頂面であるが、意外にも授業はちゃんと受ける派の瀬名だ。いつもなら肌寒いと感じる男性の高い体温に合わせて調整されているクーラーの効いた教室が、腹筋を激しく使い笑ったせいで全く気にならない。暴言だって、授業中のために小声では、いつもの迫力も消えてしまってた。

「はいはい、ごめんなさいー」
「まじうざ……」

流石にこれ以上話していては、また先生に叱られてしまう。机の中からメモを取り出し、1ページ千切って、メモよりもサイズのあるノートの上に静かに置いた。僅かによじった脇腹が笑いすぎたせいで微かに痛む。

“貸してあげようか?”

手早く記して、隣の机に投げた。折ることを丸めることもしなかったメモを見落とした瀬名は、ムスッとした顔をそのままこちらに向け、、口をパクパクと動かした。

“い・ら・な・い”

そう言った瞬間、ぷいっと顔を背けてしまう。あぁ、本当に素直じゃない。自分が優勢に立っていることがとても嬉しい私も、きっと彼と同じくらい性格がねじれてしまっているのだろうけど。ふふっと微かに息を洩らしながら、ペンケースの中からシンプルなシャーペンを取り出す。ちょっとした善意のつもりでなるべくシンプルで、男子高校生でも持っていそうな物を選び、そっと隣の机に転がした。

瀬名の頬が赤いような気がしたのは、気のせいじゃない。もしかして照れているのだろうか?それを可笑しいと笑う気持ちの裏で、もやっとした得たいの知れない不安が胸をざわつかせていた。





「歌羽、いまちょっと時間あるか?」
「ん、千秋どうしたの?」

お昼休み、溜まっている仕事を少しでも減らそうと、なずなの元から少し早く退散する。廊下の窓からは相変わらず夏の強い日差しが差し込んできて、それを浴びるだけで汗が出てしまいそうだった。足早に冷房の効いた教室に飛び込んで、席に腰を下ろそうとしたところ、そこで後ろの席の千秋に声をかけられた。

「パフォーマンスを瀬名と考えてみたんだが、ちょっと見てくれないか?」
「え、いつの間に」
「話すのが遅れてすまなかった。歌羽が忙しそうだったから瀬名と相談して、俺たちでできそうなものは2人で考えることにしたんだ」
「そっか、…ごめん」

そういえば最近周りの衣装相談だとかそればっかに気を取られて、肝心の自身のチームのことをあまりできていなかったような気がする。頭を抱えながら謝罪の言葉を口にすると、千秋はまったく気にしていないと大げさに笑った。

「それに、他は皆自分たちでやっているんだ。俺達だけ歌羽に任せっきりというわけにもいかないだろう」
「そうかもだけど、でも私はAチームに席あるわけだから……ちょっと申しわけないかも」
「いいさ、それに瀬名も快く引き受けてくれたぞ」

あの瀬名が?にっこりと笑う千秋に首を傾げながらも、パフォーマンスのメモを受け取る。ガヤガヤと教室に人が集まり始めてきたようで、辺りは少しうるさくなった。メモに目を落とすと、そこにはざっくりとした流れが記入されていた。ぱっと見でもわかるほどバク転やバク宙とアクロバティックな技や高難易度そうな動きが多く上手くできたならかなり目を引くパフォーマンスとなりそうだった。

「パフォーマンス重視でいく感じかなあ」
「その方が長所を生かせると思ってな」
「そうだね」

2人ともダンス上手だもんなぁ。基本的には大きな動きをは千秋のほうがイメージが強いが、瀬名は大丈夫だろうか。若干心配をおぼえつつも、メモに綴られている文字は恐らく瀬名のもの。筆圧の濃い文字からは、本人の気の強さがにじみ出ているように思えて、僅かに笑みが零れた。良い意味でも悪い意味でも彼らしい字だった。

「でも少しやりすぎじゃない?こんな動いて大丈夫?」
「そうか?俺は良いと思ったぞ。それにやりすぎなくらいが丁度良い、なんせ目指すは優勝だからな」
「…そっか、そうだよね」
「それに瀬名は合理的だからな。無理な計画はしないだろ?」

千秋の言葉に、そっと肩の力を抜いた。その台詞は瀬名を信頼しているからこそのものなんだろう。

「じゃああとは楽曲だね、歌唱入れるならパートも考えないと」
「ああ、それについても目星はつけてあるから今度確認してくれ」
「うん、わかった。演出の準備はそれからにしようか」

「じゃあ決まりだな」といった千秋とどちらかともなく足をそろえて教室へと動き始める。隣にいる千秋が再び書面を凝視しながら歩いているから、転んだりぶつかったりしないといいなと密かに祈る。

「それにしても、やはり歌羽も女の子なんだな」
「へ?それ、どういう意味?」

にこにこと笑顔を絶やさない千秋に向かって問いかける。すると書面の一か所を指さしてこちらに示してくる。

「ほら」

そういって示された箇所にあったのは自分の企画書に示していたはずの連想図があって心臓がひゅっとした。うそ、なんで千秋が持ってるの!?まさか。

「印刷してある……」

見られないこと前提で思いついたもの片っ端で書きなぐっていたのに!そこの中で斜線を引いて慌てて隠した“人魚姫”の文字が寄りにもよって赤い色のペンで囲まれている。間違いない、瀬名だ。その近くに“衣装のモチーフこれにしたら”とメッセージが添えてあった。これはきっとからかわれている。意地悪い顔した瀬名がこの文字を書いているところが容易に想像できた。

「流石海上ライブというだけでこれだけかけるのは流石プロデューサー。想像力発想が豊かな証拠だな」
「は、はは……それはありがと」
「特に人魚姫とかは男じゃ思いつかないだろう。やっぱり歌羽も女の子なんだな!」
「千秋……」

私の思うことを知ってか知らずか、いや、きっと知らないで思うままに口を開いているんだろうけど。よりによって自分で最も気にしていた個所をポンポイントで疲れてしまい、思わず恨めしさを込めてその顔を見上げてみる。僅かに置いた私の声のトーンに気が付いたのか、さっと顔色を変え、ぶんぶんと首を振った。

「いや、悪い意味じゃないぞ!?」
「悪かったですね、日頃から女気が無くて」
「いや、歌羽は十分女の子だ!!制服だってスカートだしな!」
「フォローになってない!」

いや、もしかしたらいっそのこと、ズボンだったら今ほど目立たなかったかもしれないな。ぼんやりそんなことを思い浮かべてみるが、どうもピンと来ない。下手すれば奇人扱いされてしまっていたかもしれないし、どちらかというとこれで良かったという気持ちの方が強い。

「これは、あとでまとめたの作って2人に渡すね」
「ああ、よろしくな」

隣の空いた席に目を移す。瀬名は今どこにいるのだろうか。時計を見ると授業開始まであと10分。戻ってきたら色々なことへのお礼を言わせてもらいたい。ポケットから先ほど授業中で、密かにやり取りをしたメモを取り出す。

“要らないんだけど”

“お金はいらないよ
私は“誰か”とは違って優しいですから”

“後半のホント蛇足”

“消しゴムいる?”

“借りたシャーペンの後ろ使う”

“消しゴム使って”

“ありがと”

それを見ているうちに、気が付いたら口角が上がってしまっていた。慌てて口元を抑えて席に腰を下ろす。丁度同じタイミングに、校舎全体に予鈴が鳴り響き、時間厳守な次の授業の担当のせいか、みんなが一斉に席に着き始める。それなのに隣の席は無人のまま。

あれ…?

「ねぇ、千秋。瀬名は?」
「そういえば、いないな」

真上から吹いたクーラーの風が冷たく感じられた。その瞬間、ガラガラと席に先生が入ってくる。そっと視線を向けた隣の机の上には、私が貸したシャーペンと消しゴムが無造作に転がっていた。

「あれ、瀬名はどこだ」

全身から血の気が引けて、冷やりと背筋が凍る。脳裏を先ほどの赤い顔した瀬名が過ぎって、気が付いたら身体が動いていた。

「先生、貧血みたいで…頭がくらくらするので保健室行ってきます」

教室を出た瞬間、あてもなく走り出す。冷房のない廊下はもやっと熱がこもっていて、嫌な予感が鼓動を加速させる。胸の中でドロドロと渦を巻くのは不安や後悔。いや、健康管理万全な瀬名が授業無断欠席とか…保健室寝てるだけじゃないの?そう思いたいけれど。

「……本当に最悪……っ」

なんでこんなに焦っているんだろうか。思えばあの時なんで気が付かなかったのか、違和感ならたくさんあった。顔が赤かったこと、瀬名が珍しい忘れ物をしたこと。なんでそんな簡単なことにも気が付けなかったんだろう。後悔の念ばかりがこみ上げてくる。顔を赤くした瀬名の横顔が頭から離れない。もし熱でも出してどこかで倒れでもしていたら……


―――窓の向こう、外のベンチに力なくもたれかかる銀髪が見えて、心臓がドクンと嫌な音を立てた。

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