不器用な君との純水冷戦

「ちゃんと見ててよね」

太陽のまぶしく輝く浜辺の上のステージ裏。ニヤッとからかうような笑みを浮かべて指をさしてくる瀬名。その指をやんわりとどけて「わかってるって」そう言えば満足したかのようにステージへと足を向け、悠々と歩いていく後ろ姿を静かに見守っていた。すると千秋が「お、なんだなんだ。今日も随分と仲がいいな」なんて茶化すように笑うから気恥ずかしさを隠すように「うっさい、はよいけ」そう言って背中を勢い良く叩く。すると悪びれる様子もなく高らかに笑いながら「よかったよかった」なんていうもんだから、なぜか頬が熱くなってしまった。

昔、私は“瀬名 泉”という青年に恋をした。綺麗な響きを持っているその名前をははっきりと覚えていたのに肝心の彼のことを全く覚えていなかった。幼い頃に恋焦がれた王子様みたいな存在だと、“瀬名 泉”私は、その名前に、恋い焦がれていたのだ。

そして彼もまた、昔。一人の少女に恋をしていた。お伽噺に恋焦がれる純粋な少女に気持ちを寄せると同時、そんな彼女が王子様のようだと向けるきらきら輝く目が苦手であった。王子のようなカッコいい自分ではなく、いつか瀬名泉という我儘で気の強くて素直じゃない王子様とかかけ離れたありのままの姿を映してくれる日を、彼はきっと待ってくれていたんだろう。





今思い返せば、学園で過ごした2人の時間は、きっととても純粋で、唖然とするほどに馬鹿げていて、冷ややかな私たちの戦争だったのだと思う。それでもそれは鮮やかでかけがえのないものとして私たちの胸に残るのだ。

「泉」
「歌羽」

声をかければ返ってくる相変わらずぶっきらぼうな返事。しかしながら優しく頬へ伸びてくる手に、すり寄るように目を細めれば「かわいい」と、泉もまた、慈しむような眼でこちらを見下ろす。きっとあのときの私たちはこの未来、予想すらしていなかったんだろう。

「準備はもうできたわけ?もうすぐ出るよ」
「うん、大丈夫。いつでもいける」
「そう。じゃあ早めに出るとするか……」

ソファへ腰かけマグカップの中のコーヒーを飲み干す動作に見とれつつ、「みんなは元気かなあ」とこれから再開するみんなのことを思い浮かべる。とはいっても、大半は仕事で顔合わせるためそう久しく会っていない人物はいないのだけれど。特になずななんて先週遊びに行ったばかりだし、千秋と奏汰は仕事で先週からほぼ毎日のように顔を合わせている。一般的な“同窓会”よりは、新鮮味のないものとなりそうであるが。

「あいつらなら元気でしょ。むしろ元気有り余ってそう」
「それもそうだね。あ、寧ろ私と泉が一番驚かれるかもしれないね」

結局卒業までなずな以外には付き合っていることを言っていなかったから。きっと2人そろって到着するのを見びっくりするて人は少なくないだろう。そう思ったのだが、瀬名は私の台詞に苦い顔を浮かべて「……いやぁ、さぁね」とバツの悪そうな表情を浮かべている。

「どした?」
「まぁ……、察してるやつは多かったよね」
「えぇー嘘」
「まぁ、あんたは鈍感だから気づかなかったんじゃない」

どういう意味?!そう聞こうとするや否や、その先の未来が見えたのか、かき消すように「はぁい、出るよ〜」と声をあげる瀬名。テーブルの上の車のカギを拾い上げると、片手を私に向かって差し出す。いつものように手を伸ばそうとするが、その愛しい大きな掌に触れるすんでのところで止める。泉の顔をみつめれば、相変わらずの仏頂面がそこにある。

「泉」
「なに?」
「……好き?」

動きこそ変わらずとも、彼は僅かに目を開き驚いたようなそぶりを見せた。

「……決まってるでしょ」
「私は好き。泉は」
「……わかってるでしょ、そのくらい」
「うん。でも言って」

すると、彼はやれやれと気だるげに息を吐く。ああ、呆れられてしまったのだろうか。そらされた視線にあきらめようとしたその時だった。

「うわっ!?」

触れるすんでのところにある腕を強い力で引き寄せられる。想定外の出来事に身体がなすすべなく倒れそのまま待ち構えていた泉の胸へとダイブする。閉じ込められた胸板からは相変わらず石鹸のような優しい香りがして。なんだと様子を伺うべくあげた唇を流れるような動作でふさがれる。見開く視界に映ったまつ毛は長く綺麗で。

「泉……」
「俺は大好きだけど?」

交わる視線はいつの日か見た穏やかな水色で。

「歌羽は違うの?」

それでいて、意地悪い勝ち誇った笑みを浮かべるその顔はお伽噺に出てくるような王子様とはかけ離れていた。今の泉はいつの日か夢に見た私の恋した優しくて幼い王子様とは全く異なるのだけれど。彼は確かに幼いころ恋した少年である瀬名泉で。今私が大好きな意地の悪くも不器用ながらも、優しく素敵な彼であることに変わりはない。

「大好き」

そしてきっと、私が憧れてきたお伽噺のどんな王子様よりも素敵な私の王子様なのだろう。

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