拾壱.薬研藤四郎と手入れ

「よお大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ」
「なんだ?迷子か?」
「ちょっ、違う違う違う!!」

手入れ部屋へ向かう途中、突然目の前に現れた見慣れない刀剣男士に、思わず眉をひそめる。うちに、まだ薬研藤四郎はいなかったはずだ。そうとなればと導き出した結論をそのまま口に出してしまえば、即座に鯰尾からツッコまれてしまった。

「俺達が連れてきたんですよ!」
「えぇ?でもさっきまでいなかった……」
「空が倒れたから霊力供給が途切れて、ずっと刀のままだったんですよ!」
「ほう」
「それで鶴丸の旦那を連れていた御仁に、ついさっき顕現してもらったってわけだ」
「なるほど、納得」
「納得、じゃないですよ!」

ポン、と頭を軽く走った衝撃に「いたい!」とこぼせば、「いたくない」と子供を無理やり諭すお母さんのような言葉が返ってくる。ぷくっと頬に空気を溜めて不満を表現しようとすれば、鯰尾がそれに気づくよりも早く、薬研がこちらを見て高笑いする。

「どうやら、随分と子供っぽい大将の元に来ちまったみたいだな」
「あ?なんだと?」
「事実言われてるんだから怒っちゃ駄目ですって」
「事実ぅ?!」
「落ち着け2人共」

言葉の持つ勢いのまま前のめりになりそうな私を、すかさずまんばが押さえにかかる。がっちりとした腕に行く手を阻まれ、まんばの腕越しにじとりと恨めしい視線を送ると、鯰尾がふんと鼻を鳴らした。

「誰かさんが倒れるのが悪いんですよ」
「さっき謝った!鯰尾の頑固者!」
「空のわからずや!」
「おい、いい加減にしろ」

心なしかまんばの口調が強まる。

「まぁまぁ、大将も鯰尾も一回落ち着こうぜ」

怪訝そうな表情してにらみ合っていると、真っ黒のグローブをはめている手が、突然、顔の前に現れて肩がびくりと跳ねる。布越しにシルエットでわかる線の細い指、しかし、身体に対しては大きな手のひら。そっと近寄ってくるそれは、優しい動作で私の頭に落ちつく。

「大将、すまなかったな。別に悪い意味で言ったわけじゃねぇんだ。子供みたいに明るく元気で可愛らしいって言いたかったんだが、言い方が悪かったな」

予期していなかった台詞に言葉を失う。まさか来るとは思っていなかった“可愛らしい”と、恐らく女の子にとってはかなり嬉しい褒め言葉。慣れないそれに戸惑いつつ視線を逸らす。

「如何せん育ちが悪くてな。許してくれや、大将」
「……許す」

この子を顕現してくれた陸ではない方の、前の本丸で一緒に過ごしていた戦闘狂な審神者。彼が新たな本丸へ共に歩み出したのは、薬研藤四郎だった。流石、戦闘狂の選んだ相棒、といったところか、あの薬研は無類の戦闘好きであった。薬研藤四郎という刀の性分なのか、面倒見の良いところあり心配してくれることは多々あったものの、こんな風に女の子として嬉しい言葉を掛けられたことはあまりなかったはずだ。

「……可愛らしい?薬研、それ本当に思ってる?眼鏡の度合ってないんじゃない?」
「鯰尾、お前の言いたいことはよくわかった。表へ出なさい」





「大将、こんなもんでいいか?」
「うーん?……うん!上出来!」

恐らく手入れ部屋の霊力も、陸が補給してくれたのだろう。前の本丸を彷彿とさせる彼の優しい霊力に満ちた手入れ部屋は、春の陽気を閉じ込めているかのように暖かく、心地が良かった。これであれば、鯰尾のぱっくりと裂かれてしまっている腕の傷跡も、すぐに治ってしまうだろう。薬研が包帯を巻いてくれた鯰尾の腕、親指を立てて答えれば、同じように返してくれる薬研の笑顔は頼もしかった。

「ねぇー空。俺、重傷なんだから、こっちやってくれてもいいんじゃないの?」
「うるさい。本当なら唾付けて放っておいてやるところ、わざわざ薬研にしてもらってるんだから有難く思ってよ」
「うわー鬼だ、鬼」

そうすると不貞腐れてしまったのか、上半身の服も纏わないままごろりと寝ころぶ。包帯を巻いていない腕を枕に、こちらに背を向けて横になった身体は、次の瞬間から、微動だにしなくなってしまった。肩甲骨の浮かぶ背中の肉体美を横目に見ながらも、そのうち何事もなかったように起きるだろうと、特に気にせず放っておくことにした。

「鯰尾、そんな恰好で寝ると風邪引くぞ」
「大丈夫、暖かいから」
「ったく、大将の目の前だっていうのに」

呆れたように笑いつつ、自身の白衣を脱いで、それを雑に鯰尾の裸にかぶせる。流石、薬研。さりげない動作がイケメンだ。そうすれば鯰尾は言葉とは裏腹に、もぞもぞと白衣の中に隠れようと身じろいた。

「――よ、その――は」

小さく呟いた声。私にはそれが何と言っているか分からなかった。しかし、鯰尾が白衣へ顔をすっぽり隠してしまうのを近くで見下ろしていた薬研には、その何かが聞こえていたようで。白衣から飛び出しているアホ毛に目を落としながら、ふと頬を緩めた薬研を見て、悪い事は言っていないんだろうな、そう察した。

「薬研ありがとね。おかげで助かっちゃった」
「なに、大したことじゃない。こんな名前だからな。こういうのは得意なんだ」
「戦場慣れもしてるしね。心強いや」

そう言いながら、まんばを治療する手を進めていく。日焼けした気配もない色白な腕に、包帯を数回巻き付けて顔を見上げる。そこで初めて、食い入るように治療の様子を見続けている視線に気が付いた。一瞬たりとも見逃すまいとしているかのように、瞬きを忘れてしまっている翠眼。必死にやり方を取り込もうとする意気を感じて、思わずクスリと笑った。

「まんば、一生懸命だね」
「っな、いや……」
「今日、鯰尾の包帯巻いてくれたのまんばでしょ?ありがとうね」

芽生えた悪戯心に従い、目を合わせようと覗き込むようにして言えば、私の視線から逃げるように勢いよく顔を背けるまんば。さっき、鯰尾に飛び掛かろうとした私を止めた時といい、今といい。距離が近づくことには然程抵抗がないように見えたが、どうやら、まだ目を合わせることは少し苦手なようだ。

「別に……」
「おかげで止血されてたよ」
「……そうか、良かった」

少し……というか、かなり巻きすぎてはいた様だが。しかし、それは今後自身で気づいてくれると信じて口には出さない。ふわり、花が開いたかのように桃色の花弁がまんばの背中に現れる。この子は、表情こそ貧しい子ではあるが、何気に感情が一番わかりやすい子なのかもしれない。頼もしい花弁を眺めそう思ってしまえば、再度笑いそうになってしまう。

「包帯の強さ、きつくない?」
「大丈夫だ」
「そっか。良かった」

いつの間にかすぐ横まで来ていた薬研がよっこいしょと、どこか古臭い掛け声と同時に腰を下ろした。

「旦那の手当ては終わりそうか、大将」
「うん。後はここと止めて……よし、終わり!まんばは後30分ぐらいかな?この部屋にいるだけで綺麗に戻るからね」
「きっ!?……あんた、わざとか」
「違う違う!!」

“綺麗”の一言に敏感に反応しては恨めしそうに注がれる鋭い眼光に、慌ててふるふると両手を振る。それでも、まんばのじとりと重たい視線は変わらない。困ってしまって視線を反らすと、先程のように空気の読めない明るい笑い声が部屋に響く。

「仲が良いな、お2人さん」
「へへっ!まんばは自慢の初期刀だからね」
「そういうことを言うなと言っているんだ!」

怒ったように声を荒げたまんば。しかし、そんな言葉とは裏腹に、まんばの背中の花びらの色は一層濃く色づく。花びらのせいなのか、それとも照れているせいなのか。不貞腐れ気味に布を目深に引っ張ったせいで隠れたその頬は、いつもより色づいて見えた気がした。

「なるほど、旦那が初期刀だったか。兄弟とも随分仲が良かったようだし、此処は建ってから随分時間が経っているのか?」
「ううん、できてまだ2日目だよ。ここの本丸」
「は?…2日?」
「そう。2日」

眼鏡の奥の瞳をぱちくりとさせている薬研に、こてんと首を傾げる。

「2日であんな痴話喧嘩するほど仲良くなれるもんなんだな」
「あ……そうか」

そこでなるほどな、と手を打つ。本来であれば最初の刀は初期刀となるはず。常識からしてみれば、鯰尾藤四郎はまんばより後に来た刀として認識されているのだ。薬研が困惑していた理由に気が付いた。

「鯰尾はね、まんばより随分前……もう数年も前からの付き合いなんだよ」

そう言うと、まんばもそっと布からその綺麗な翡翠色の瞳を覗かせた。そういえば、まんばにも話してなかったな。そう思いつつ、耳を傾けてくれている2人に話を続ける。

「さっきいた審神者いたでしょ、あの子ともう1人の審神者と一緒に本丸を任されていてね。そこから独り立ちして、ここに来たんだよ。その本丸から一緒にこの本丸に来てくれたのが」

ふと、視線を、畳の上で横たわっている彼に向ける。

「この、鯰尾藤四郎だったんだよ」

音を立ててしまわないように気を付けながら、膝立のまま畳の上を歩く。そうして、顔こそは見えないものの、恐らくすうすうと大人しく寝息を立てているであろう鯰尾の頭をそっと撫でる。薬研の白衣からちょこんと覗いている黒髪の天辺にいるアホ毛を掬うと、癖の強い髪がふるふると揺れた。

「なるほど、だからあんな仲良いんだな」
「うん。……長い間一緒にいたんだ。色々あったなぁ……」

脳裏を過る数多の思い出。馬鹿みたいに泣いている鯰尾の顔も、馬鹿みたいに大笑いしている顔も、優しい顔も、悲しい顔も……。色々な顔を今まで見てきた。彼と過ごしてきた思い出、追憶にふけようとするのであれば、それは数時間やそこらでは到底足りないだろう。そこで改めて、この刀と共に過ごしてきた時間の長さを痛感するのだ。

「たくさん喧嘩もしたし、悪ふざけだってしたし。何よりたくさん助けてもらったの。すごく感謝してるんだ……」
「……そうか」
「っあ!あっちのまんばと薬研の思い出も沢山あるんだよ」

優しく微笑んでくれた薬研の瞳、こちらを真っすぐと見つめているまんばの顔。それがどこか興味の色を宿しているように見えて嬉しくなり、言葉を続ける。

「あっちのまんばも初め引っ込み思案でね可愛かったよ」
「……そうか」
「あっちの薬研は血気盛んでね、短刀とは思えない程強いんだ」
「ほう、それは手合わせ願いてえな」
「うん、あの子とはそのうち会えるよ。そう遠くない未来で、ね」

そう言うと「そうなのか」と薬研が不思議そうに首を傾げ、私はそれに不敵に笑って応えた。今頃馴染みある審神者の元にいるであろう薬研。ついさっき陸と会えたように、彼らとの再会もそう遠くない未来である、そう思ったのだ。もっとも、何の根拠もないただの勘なのだが。誰も話していない室内。カチカチ、時計の針が時間を刻む音がふと耳に入り、はっとする。

「……あっ、ヤバイ!!夕飯!!!」

もう待っていればご飯が出来ているような環境ではないのだ。時計を見れば、そろそろ夕餉の支度をはじめなければいけない時刻。まさか2日に渡って雑なご飯を皆に食べさせるわけにはいかない。飛び跳ねる様に立ち上がり厨へと駆け出す。

「ごめん!!ご飯の準備してくる!!」





「……だとさ、鯰尾。ちゃんと大事にされてんじゃねぇか」

バタバタとかけていく主の姿を見送った後、薬研が静かに口を開いた。その脳裏にあるのはつい先ほどの出来事。

(鯰尾、そんな恰好で寝ると風邪引くぞ)
(大丈夫、暖かいから)
(ったく、大将の目の前だっていうのに)

女人の前で裸でいるなんて失礼だろ、そんな意味を込めて発した言葉に対して返ってきた返事。

“関係ないんだよ、その人には”

どこかいじけた子供のような言葉に、薬研は審神者よりも此方の方が余程子供っぽいと小さく笑ったのだった。大方、手入れをしてもらえなかったことに対していじけていたのであろうが、そんなことなど霞むほどに、審神者は彼のことを大事にしているらしいと、先ほどの様子から察した薬研。

「起きてんだろ」

狸寝入りを決め込んでいた兄弟に向かって話しかける。慈しむような表情で鯰尾の頭を撫でる彼女の顔を思い出す。

「すごく感謝してるんだと」
「……」
「良かったじゃねぇか」
「……別に」

そんなん、言われなくても知ってますよ。そう吐き捨てながら、顔をひょこっと覗かせた鯰尾の横顔はやはり不機嫌で。すっかり不貞腐れてしまっている様子に、薬研はこれじゃどうしようもないと、小さく溜息をついた。刹那。

「いやあああああああああああああああ!!」

遠くから、叫び声と共にどんがらがっしゃんと何かが地面を叩くような騒がしい音が響き、その場にいた全員が咄嗟に廊下へ視線を向ける。女人の悲鳴と騒がしい音。この本丸に女の声を出せるのは、先ほど厨に向かった1人しかいない。3人は、審神者である彼女が厨で何かをやらかした、そこまでは大体察することができた。反射的に立ち上がろうとする薬研、しかし、それよりも早くに。

「空?!?!」

鯰尾が慌てて手入れ部屋を飛び出した。本来であれば、山姥切と鯰尾の2人は手入れの真っ最中。動いてはいけない身である。止めるべきであったのだが、あまりの切羽詰まった様子に面食らい、思わず動きを止めてしまった薬研。それはまるで自身の傷など頭にないようで、バタバタと忙しない足音があっという間に遠ざかっていく。

「何してんですか!馬鹿!」
「だ、だだだだって!」

そんな声が遠くから聞こえてくる。そっと山姥切に視線を向けると、困ったように笑っている山姥切と目が合った。なにも言わずに2人で笑いを零し合う。騒がしい本丸に来てしまった自分はどうやら運が良いようだ。密かに薬研はそう思った。
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