死ぬことなんて、なんてことないと思っていた。
齢2歳で魔法を覚えた私は、その後次々と呪文を覚え、魔法使いとして着々と成長していった。13の歳には僧侶としての回復系や補助系の魔法も唱え始め、いつしか、伝説における賢者と同等の才であると謳われた。きっと才に恵まれていたのだろう。その才を十二分に生かし、気の向くままに、大好きな魔法と共に生涯を歩んできた。
そうして、故郷である大きな街でひょんなことから勇者と呼ばれる青年と巡り合い、成り行きのまま行動を共にし世界を旅していた。その旅路、みんなと過ごす時間は、今までに無いほど、あっという間に過ぎていった。きっとそれほどに楽しかったのだろう。そして、好きな魔法を活かせることが嬉しかったのだろう。今となればわかる。過ぎ去ってしまった日々の大切さを、今なら。
「嘘でしょ、ちょっと……ねぇ……」
世界の中心に高く聳える生命の象徴であった命の大樹。いまや邪気に飲まれゆくそれは色を失い、その生気ごと朽ちていく様を、遠くから、ただ呆然と見つめるしかできなかった。バラバラと崩壊し始める大樹。それを証拠に、今にも灰になりそうなくすんだ色の葉が、とめどなく空から降りそそぐ。それは、先まで行動を共にしていた勇者達が、命の大樹の頂上へ向かってから間もない出来事であった。彼らを見送りゆっくり帰路につこうとしていた私は、目の前の状況を未だに飲み込めにいた。
どうして、こんなことに。神聖で壮大な大樹がこうも容易く崩落するだなんて、よほどのことが起きているに違いない。崩れ行く命の大樹に、そこへ向かった彼等に、一体何があったというのだろうか。世界を救う勇者である彼らが大樹をこんなふうにするなどあり得ない、そんなことはよくわかっている。旅をしてきた仲なんだ。まちがいない、彼は勇者だ、彼らはその勇者の仲間だ。誰よりも心優しくて強くてかっこいい、私の……自慢の仲間達だった。しかし、それでは、闇に飲まれて崩壊する大樹の現状に説明がつかない。見るからに悪い力が大樹を侵食しているに違いない。いったい誰が。……まさか。
打たれたように走り出す。空高く聳え立つ命の大樹の崩壊は、真下に位置しているこの森、私が今いる“始祖の森”をも飲み込まんとする。揺れる地表、唸る大地、そして降り注ぐ大樹のかけら。地獄絵図、まさにそんな言葉が相応しいんだろう。状況を飲み込めていないのに、そう悟る頭は、どこか落ち着いていた。
「チロル!!」
「ガウ!」
相棒のキラーパンサーに声をかけると、凛々しい顔で唸る。走るのもままならないような足場の悪い中、死に物狂いに再びみんなのいる場所へと足を向けた。もし、悪しき何者かが命の大樹を侵食しているのだとするならば。その場にいるであろう彼らがそれを止めようとしないわけがない。もし、私の予想があっていたとするならば。彼らに留められない事態が発生しているのだろう。そう、例えば。
「みんなっお願い……」
死ぬことなんてどうでもないと思っていた。いたはずだった。怖いものだなんて、何もないのだと思っていた。それは、いつ死ぬかもわからないスラム街に生まれ落ちたせいで身についてしまった価値観のせいか。それとも、生まれたときから挫折を知らなかった私の怠慢だったのだろうか。または、生まれたときから人と関わってこなかった対価なのだろうか。あの時、どうして私は最後まで彼らと一緒にいく道を選ばなかったのだろうかと、過去の自身の選択を今更になって大きく悔いる。
「お願いだから……生きていて……」
才に恵まれていたのだなんて。伝説における賢者と同等の才であるなんて。どの口が言えたんだろう。馬鹿馬鹿しい。なんて、浅はかな考えだったのだろう。目前に広がる惨状を前にしてようやく気がつく。でももう、遅かった。
誰かが死んでしまうことが、こんなにも怖い事だったんだと。このとき、私は初めて思い知ったのだ。