「なぁなぁ、聞いたか?今回の新入生の話」
「あぁ、聞いたよ」
ガヤガヤと賑わう食堂の一角、そこでは生徒たちの他愛もない噂話がくり広げられていた。
「今年も、魔力の無いのが紛れ込んでいたらしいぞ」
「またかよ〜」
「ついに、鏡も長年のお勤めに疲れ果て、イカれちまったかぁ〜?」
大きなテーブルがいくつも連なるその一角の会話などに、耳を傾けるものなどいなかった。とはいうものの、この場所に集まる多くの生徒たちが生み出す話し声や食器の奏でる雑音溢れる空間。その中でいくら耳を傾けていたとしても、相当聴覚に恵まれているものでなければ、会話の内容を細かく聞き取るのは不可能であった。
「いや、案外そうでもないかもしれねぇよ?去年の魔女も、魔力がねえって言われてたにもかかわらず、魔法を使えたらしいしさ」
「確かに。今年現れたっていうそいつも、魔法使えたりしてな」
「いやいやいや。毎年そんな特殊な奴が現れてたまるかよ」
悪戯に笑う青年が、大きく口を開いて、手元にあったパンを大きく齧る。
「にしても、去年の魔女。一体どうなったんだろうな?」
今頃もこの学校にいりゃ、俺らと一緒の2年生なんだろうけど。そう続ける青年に対して、「確かに」と、対面の青年達は食事を取る手を止めた。眉をひそめている者、首をかしげてみた者、表情に違いはあれど、不思議そうにしているものが大半であった。
昨年のこと、新入生を歓迎する入学式の出来事であった。異質な存在として注目を浴びた者がいた。“魔女”そう呼ばれた彼女は、男子学校であるナイトレイブンカレッジの紅一点、唯一の女子生徒であった。それだけでなく、魔力を持った選ばれし魔法使いの卵が揃う中で、唯一、魔力を持たない人間であったのだ。特異な条件が1つならず2つまでも揃ってしまえば、それは言うまでもなく、カレッジ中をざわめかせる特異点となり、その存在は瞬く間に学校全体へ知れ渡ることとなる。
しかし、特異な条件とはそれだけでは終わらない。それは彼女が“魔女”と呼ばれる所以にある。“魔女”それは、なにも彼女が、学園唯一の女性であるばかりが呼ばれる所以ではない。魔力がない一般人だと思われていた彼女が、魔法を使うことにあったのだ。
「めっきり姿を見かけねえよな」
「やっぱり退学になっちまったか」
「言って、随分前からなんじゃねえの、いなくなったのって」
その青年の言う通り。いまや有名人となってしまい学園中がその名を知る程であったが、実のところ、彼女が此処に滞在していたのはわずか一月ほどであった。彼女の噂も、自然と水に溶け込むように、いつの間にか彼らの忙しない日常の中へと溶け込んで薄れてしまっていた。
「馬鹿、お前たち知らねぇのかよ」
その言葉に、テーブル中の視線が集中する。
「例の魔女、戻ってきてるらしいぜ」
瞬間、テーブル中に静かな衝撃が走る。一見すればわかる動揺する生徒達の異変。しかし、周りの騒音が五月蠅いためか、食堂の一角にいる彼らが持つ緊張感などは、誰も気が付かなかった。にもかかわらず、その言葉を聞き取れていた近くのある人物は、ごくりと固い何かを嚥下させるかのように男らしい喉元を上下させた。
「……」
それはすぐ後部の席。その頭についた大きな獣耳がピクリと動いたことになど、誰も知る由がないのであった。