「あ〜あ、なんでこんな事になっちゃったかなあ。ツイてなさすぎ」
「うっさいな。もとはと言えばアンタらのせいでしょ」
「俺悪くねぇし、寧ろ投げ飛ばされた被害者だし!……ていうか、誰だよ!」
鏡がいくつも並べられている鏡の間。ハートの青年の小言に対して、学園長とのやり取りのせいで腹の虫の居所の悪い私は、不機嫌をそのままに口を開いた。「は?」睨むように返事をすれば「いや、は?」と顔を歪めたハートの青年と視線がかち合う。なんだこいつ、完璧な悪人面じゃないか。
「お前誰だって聞いてんの?わかんないわけ?」
「なに、なんで名乗らなきゃいけないわけ?」
「あ?」
「あ??」
そう言って赤目を細めて睨みつけているハートの青年に真正面から対峙する。
「大食堂のときから一緒にいたでしょうが」
「ほんと?小さすぎたせいかな〜存在感無いせいで気が付けなかったわ〜」
「あらあらそれは、たっぱだけ無駄にあるせいでその分お頭が残念になってしまったのかな」
「は??」
「それとも、悪いのは目の方だった?」
コイツ言わせておけば……。そうやって胸倉を掴みかからんとするばかりの勢いで、更に距離を詰めてくるハートの青年をにらみ続ければ「よせ」そういって間に入るスペードの青年によって阻止される。
「ここで喧嘩している場合じゃないだろ」
「……ッチ」
「……」
そこで少しばかり冷静さを取り戻したところで、やってしまったなと、少しばかり反省する。彼らを無事帰れるようにすることが目的だったというのに敵対心を抱かせてどうする。戸惑い気味の平凡な青年がきょろきょろと挙動不審にそれぞれの顔色をうかがいつつ、そっと口を開く。
「……まぁ、とりあえず……行こうか?」
「そうだな、ぶつぶつ言っている時間はない。行くぞ!」
その言葉に、渋々と鏡の前で集まっているみんなに近づいた。
「闇の鏡よ、僕たちをドワーフ鉱山へ導きたまえ!」
できれば魔法を使わずに乗り切りたい。どうか、何事も起きませんように。
*
「ここがドワーフ鉱山……」
「へぇ……ここが……」
「一昔前は魔法石の採掘で栄えたらしいが……」
どうやら、転送自体はうまくいったようだ。見慣れぬ暗い森の中。採掘洞の中にいきなり飛ばされたらどうしようかとも考えていたが、どうやらそこはしっかり安全面を考慮してくれているらしい。……とはいっても、暗い森の中。比較的開けている場所とはいえ、安全性は保証できないわけだが。
「うぅ……なんか出そうなんだゾ……」
「まぁ、夜だわな……」
予想していた通り、日は既に沈んでいた。そのせいか静かな森は余計不気味さを増している。ざわめく周りの木々が、春らしからぬ冷たい夜風に揺らされてざわざわと怪しげに音を立てる。立派に成長をした大樹たちの葉で上が覆われているせいで、ここは月明りすら届かない。木々の合間なんかの深淵から何かがこちらの様子を窺っていたとしても恐らく気が付けないのだろう。
「あ、奥の方に家がある」
「ん?……あ、本当だ」
「話、聞きに行ってみよーぜ」
家……?深淵を見つめている間にも、緊張感のない青年と1匹は、どんどん先を進んでいく。できればあまり動き回らないでくれるとありがたいんだけど。でもまあ、今どきあれぐらい行動力あるほうがちょうどいいのだろうか。
「こんばんは」
「ノックは?」
「……って、空き家か。荒れ放題だ」
ガチャリと無作法に暴かれる扉に思わずつっこんでしまった。小屋のようなポツンとある一軒家。挨拶が言えるのは大事なことだが、人様の家にずかずかとノックの無しに突入するのってどうなんだろう。もしゴーストや盗賊の住処であったら、速攻バトル展開になってしまう。そこでふと、自分が元々一緒に冒険していた面々を思い出す。そういえばあの子達もそんな感じだったな。もっと言うと壺とかタルとか壊すし、タンスは勝手に開けるしもっとやりたい放題だった。……もしかしたら、私の常識が間違ってるのかもしれない。
「ぶわっ!顔にクモの巣が……ぺぺっ!」
「グリム、大丈夫?」
「これぐらいどうってことないんだゾ!ぶわっまた蜘蛛の巣!?ぶなぁ!邪魔くせぇんだゾ!」
「ちょっと!!燃やすなよ!?」
見たところここは廃屋のようで、人が住んでいる痕跡は残っていないようだった。興味深そうに家具を見渡しているハートの青年に歩み寄る。
「なんか机とか椅子とか全部小さくねえ?子ども用かな?」
「ドワーフ鉱山っていうくらいだし、ドワーフが住んでいた家なんじゃない?」
「ドワーフって小せぇのかな?」
「さぁ?」
「知らねぇのかよ」
呆れたような表情を向ける青年に、こくりと頷く。ドワーフなんて種族、元の世界でも御伽噺の中にしかいない存在だったし、この世界を1年間放浪していた時も出会わなかった。
「そういえばお前、誰なんだよ」
「まぁたその話する?」
怪訝を露わに、小さな家具を凝視していた顔をあげると、またハートの青年の視線がぶつかる。
「君と同じ1年生だよ」
「そうじゃなくって。名前だよ、名前。なんもないといざという時呼びずらいだろ」
「名前?ハートの青年の好きなように呼んでくれていいよ」
「ハートの青年って、俺はエース!エース・トラッポラ!」
よっこらせ、立ち上がって背筋を伸ばす。
「そう、エース。よろしく」
「お、おう。よろしく……っじゃ、なくて!」
名前は!!そう言って声をあげるエースは、つくづく諦めが悪いらしい。しかしながら、ニアと名乗ってしまえば正体がバレるかもしれないし、どうしたものか。1年生とはいえ油断は禁物。そもそも人と関わらなければいいだろうなんて安直な考えのもと帰ってきてしまったから、そこら辺の設定がまるでガバガバだった。
「あ、じゃあ賢者って呼んでよ」
「あ?ケンジャ?」
「そう、賢者」
賢者、それは、元居た世界で自身が与えられた称号のようなものである。一般的には攻撃魔法に特化した者は魔法使い。回復・補助魔法に特化した者は僧侶。そうしてその双方を扱う魔法のエキスパート的な存在を示す称号が、まさにこれ。賢者、そう呼ばれていたのであった。
「なんだそれ、名前か?」
「うんまぁ、そんな感じ」
「へぇ、変わってんな。まぁいいけど」
そもそも、こちらの世界で呼ばれていた“魔女”という仇名。正直あまり好きではないのだ。大方、男所帯であるこの場所で唯一無二の女生徒であることからその名前が付いたのだろうが、そもそもの話、魔法使いの女の子であれば誰にだって当てはまるようなありふれた愛称、気に食わない。これは良い閃きをしたのではないか。これからは魔女ではなく賢者として、生きていけばいい。我ながら名案だ。
「7つ家具があるところを見ると、かなりの大所帯だったのかな」
「ああ、ドワーフ鉱山が栄えていた頃は、さぞ、にぎやかな家だったんだろうな」
平凡な青年と、スペードの青年が話している。そう言えば後者の彼に関しては見覚えがあるような。同じクラスであった気がするが、名前はやはり憶えていない。後で聞かないといけないな。
「ここでこうしててもしゃーない」
「そだね」
「魔法石があるとすれば炭鉱の中だよね」
小さい家具に気を取られ、自然と丸まってしまっていた背をぐっと伸ばしたエース。その背丈で伸びれば、手が危うく天井に当たってしまいそうでひやひやした。最悪炭鉱の地図であったりとか、ツルハシなんかが置いてあればいいなとも思ったけれど。生憎、活用できそうなものは見当たらない。そう思った矢先、埃をかぶったガラクタの中にランタンをみつける。
「ん、あれ」
「んあ?」
呼びかけに対して素っ頓狂な返事をしたエースの服の裾を引っ張ると、視線を誘導するようにランランを指さす。
「あれ、ランタンじゃないかな」
「んーっぽいけど、使えんのか?」
「うーん」
とりあえずと拾い上げてみると、周りのガラクタがバランスを崩してガラガラと音を立てる。拾い上げたランタンはガラスなんかは少しひびが入っているし、ところどころさび付いたりしてかなり古びているものの、芯がまだあるのを見るあたり、火さえあれば機能はしそうであった。
「うん、いけるとおもう。火があれば」
「火ぃ?こんなところに火なんて……」
「メラ」
火の攻撃魔法を小さく唱えると、ぼぉっと音を立ててランタンにあかりが灯る。どうやら成功らしい。
「ふふっ、ほら大丈夫みたい」
「ん?お前いつの間に……」
「まぁいいじゃない」
そう言って笑いながら誤魔化してしまえば、エースもまぁいいかと対して気にせずその意識をランタンへと向ける。「結構明るいなあ」と感心している姿に「これなら探索もだいぶ楽になりそうだね」となげればそうだなと言わんばかりに笑うエース。
「やるじゃん賢者」
「へへ。じゃあ、炭鉱探しに行こうか」
「おう」
小生意気なやつだと思っていたけれど、意外と話せるかもしれない。