「あなたたちは〜、一体何をしているんですか!!」
そこに現れたのは、学園長であるクロウリーの姿。仮面を被っているにもかかわらず、怒気をあからさまに目を吊り上げているご様子に、稀に見る学園長のマジギレなんだと察する。この世の終わりとばかりに硬直する1年生たちを尻目に、めったに見ることのできない自称優しい校長先生のレアシーンに秘かに感動していた。
「ふなぁ、目が回るんだゾ〜……」
「いやぁ〜……」
ふらふらとした足取りでこちらに歩いてきた黒い魔獣。それは平凡な青年の数歩先で力尽き、ぱたりと床に倒れてしまう。気絶したのだろう。倒れた衝撃でもふもふの毛皮からぽふっと埃と思われる粉が飛び出た。かわいそうに……あれではまるでモップである。にしてもこの生物、やはり近くで見ても狸寄りなのか猫寄りなのかわからない。一方学園長の登場に顔を青くする平凡な青年は、そのモップになど気が付いていないご様子で、ひたすらに怯えた瞳を学園長に送るばかりである。
「石像に傷をつけただけでは飽き足らずシャンデリアまで破壊するなんて!」
「石像まで壊してたんか……」
「もう許せません!全員、即刻退学です!」
ラギーからの連絡を、ふと思い出す。
“グレード・セブンの石像が焦げたらしいっスよ”
“一体どこのやんちゃな1年生の仕業なんスかね”
グレードセブン、そう呼ばれる英雄の存在についてはあまり詳しくは知らないが、この学園の人間がそう呼ばれる彼らを崇拝していることはある程度知っていた。その石像を焦がすなんて、その崇拝する想いまでも焼き払うことと同然の行為なんだろう。そんなことするやつが本当にいるのかと半信半疑であったが、先ほどの一件を見ているからわかる。たしかに、こいつらならやりかねない。
「そんな!」
ぎょっとした顔の3人であったが、いち早く口を開いたのはスペードの青年であった。
「どうか、それだけはお許しください!俺はこの学校でやらなきゃいけないことがあるんです!」
「馬鹿な真似をした自分を恨むんですね」
「許していただけるなら弁償でもなんでもします!」
切羽詰まったように訴えかけるスペードの青年。弁償だなんて、とてもそんな財力がある様には見えないが。寝っ転がる毛玉を跨いで、シャンデリアの残骸へと足を進める。天井で煌びやかに輝いていたものとは到底思えない有様であった。核となる魔法石、残っていればまだ職人の手で修復ができるであろうから修理代だけでなんとかなるかもしれないが……。いやぁ、それでもきっと高いんだろうなあ。
「このシャンデリアはただのシャンデリアではありません」
魔法を動力源とし、永遠に尽きない炎が蝋燭に灯るシャンデリア。そう学園長は語る。
「伝説の魔法道具マイスターに作らせた逸品です」
ほう、魔法を動力源としてそんななことまで可能になるのか。たしかに、シャンデリアに施された蝋燭は長年灯っていたであろうにもかかわらず、蝋が溶け出した様子もなかった。まあ、現に私も魔法石の力によって性別を変えているわけだから、できたとしてもなんら不思議ではないのか。今更それぐらいで驚かなくてもいいのかもしれない。学園長の口から次々と飛び出す規格外な単語の数々に、高校生になりたてな彼らの顔は強張っていくばかり。
「学園設立当時からずっと大切に受け継がれてきたというのに、歴史的価値を考えれば10億マドルは下らない品物ですよ。それを弁償できるとでも?」
「じゅ、10億マドルっ……!?」
スペード青年が桁の違いに絶句する。たしかキャンディーなんかが100マドルだったからキャンディ1000万個分ってところだろうか……。もうそこまでぶっ飛ばれると高いってことしかわからない。
「で、でもさ、先生の魔法でパパっと直せちゃったりとか……」
「魔法は万能ではありません」
そこで丁度、シャンデリアの残骸の中から原動力となっていたであろう魔法石を発見する。ものの見事に粉々になっているそれ。これは素人の私から見ても、再起不能であると容易く判断のできる程だった。
「ほらごらんなさい、魔法道具の心臓とも呼べる魔法石が割れてしまった」
「そうねぇ」
そっと手に取ってみるも、やはり生きている魔法石と比べて、輝き方がまるで違うのだ。
「魔法石に2つと同じものはない。もう二度とこのシャンデリアに光が灯ることはないでしょう」
「そんなぁ……」
「ちくしょう……なにやってんだ俺は……母さんになんて言えば……」
項垂れるハーツラビュル寮コンビ。それに対してあまり言葉を発さない平凡な青年。その顔を一瞥すると、ぼけっとして突っ立っていた。その様子を見て首をかしげる。どちらかというと、ショックで動けないというよりかは、会話についていけてないとか何が起きているか分からない、そんな様子であったからだ。どことなくだが、他の人間たちとは様子だけでなく存在自体の雰囲気が違うような、なんとなくだがそんな印象を受けた。
「……そうだ、1つだけ」
ねぇ、大丈夫?そう聞こうと思い、平凡な青年へと歩み寄った時だった。思いついたように口を開く学園長の発言によってそれを止めた。
「1つだけ、シャンデリアを直す方法があるかもしれません」
その言葉を受けてその場にいた全員の顔が上がる。
「このシャンデリアに使われた魔法石はドワーフ鉱山で採掘されたもの。同じ性質を持つ魔法石が手に入れば、修理も可能かもしれません」
ドワーフ鉱山。聞き覚えのある単語に記憶をたどる。たしかこの耳につけている魔法石を探すとき耳にしたはずだ。
「僕、魔法石を取りに行きます。行かせてください!」
「ですが、鉱山に魔法石が残っている確証はありません」
「そこって確か、随分前に閉山してるよね」
「えぇ、魔法石が全て掘りつくされてしまっている可能性も高い」
ましてや廃鉱である。廃れてしまった場所にはゴーストの類は付き物である。前の世界にあったその法則はこちらの世界でも有効なようで、実際、学園長に住ませてもらえたオンボロ屋敷なんかもゴーストの連中が我が物顔でさまよっていた。あそこのようにまだ人の管理内にある場所だったら、悪質な類はほぼいない。あって悪戯で済む程度の可愛らしい存在である場合が多いためまだいいが、長年人の寄り付かず放置された域となれば、どんなやばいのが出てくるか何が起こるか分かったもんじゃない。
「退学を撤回してもらえるなら、なんでもします!」
そんなことを知ってか知らずか。なんとしても退学を免れたいご様子であるスペード青年の意思は固い模様。たぶんこの子、何としてでも行くんだろうな。
「……いいでしょう。では、一晩だけ待って差し上げます。明日の朝までに持って帰ってこなければ君たちは退学です」
一晩って……。今から鏡を通じて行ったとしても到着自体夕暮れに間に合うか怪しいところ。となれば、探索の時間も考慮すれば、日の落ちた時間は恐らく避けることができないだろう。そうすると、ゴーストの活動時間とぴったりじゃないか。思わず顔を引き攣らせた私とはうってかわって、ハーツラヴュル寮の2名はひたすらに与えられたチャンスに喜んでいるようであった。
「はい……!ありがとうございます!」
「はぁーしゃーねえ。んじゃパパっと行って魔法石を持って帰ってきますか」
この様子を見るに、浮遊魔法すら使えない新入生には重すぎる課題を与えられていることに、恐らく気が付いていないんだな。
「ドワーフ鉱山までは鏡の間のゲートを利用すればすぐに到着できるでしょう」
「はい!ありがとうございます!」
「っじゃ、とっとと行こうぜ〜」
そう言って足取り軽やかに大食堂を後にする彼らの背中を見送る。その時、ごそごそと黒い毛玉が動き出す。
「ふなぁ……な、なんだぁ?オレ様は一体何を……」
「……ずっと気絶してたほうが幸せだったかも」
そうして乾いた笑いをこぼす平凡な青年。
「……ご武運を」
去り行く2名の行く末の無事を祈りつつそう唱えれば、ふと歩み寄ってくる学園長。
「で、貴女はここで何をしているんです?」
「プリン食べてたらたまたま居合わせた」
そのまま答え、空になったプリンの入れ物を見せると「あぁ、なるほど……」と色々察された。
「相変わらず、ハプニングの渦中によくいますよねえ貴女」
「やめてくださいよ、その人が問題児みたいな言い方」
私じゃなくて、周りがアホだらけなだけなんです。あくまで。経緯を説明している平凡な青年と、それを未だにふらつく様子で聞いているモップを横目に見る。学園長には私の素性などももちろんバレているから、その分気を使う必要がなくて楽である。
「で、今回は此処で手を引くおつもりですか?」
「そりゃあまぁ、偶然居合わせただけなので。私関係ないし」
「冷たいですね、実質後輩じゃないですか。手助けしてあげないんです?」
「それを言うなら廃鉱へ向かわせるにもかかわらず、猶予を一晩しか与えない自称優しい学園長もどうかと思いますよ」
あと、後輩じゃなくて同学年です。チラッと不思議そうに向けられた平凡な青年の視線を受けて、圧するように学園長へ鋭い視線を向ける。すると、はははっと誤魔化すように笑う学園長に、ふとため息がこぼれる。
「そうですかぁ……いやぁ残念ですねぇ」
「……」
「優秀な貴女がいればと思ったのですが、新入生だけではやはり荷が重すぎたでしょうか。優秀な貴女がいるから大丈夫と思っての提案だったのですが。無事に帰ってきたらいいものの、しかし、向かうのは何が起こるかわからない未知の場所。いやぁ彼等には悪いことをしました。無事に戻ってきてくれたらいいのですが。しかし保証はできないですねえ。有力な助っ人がいれば話は別ですが。やめさせたほうが良かったでしょうか。しかし、向かわなければ退学といった彼等には最早選択肢がない。危険なミッションへ行かざるを得ない彼等!嗚呼なんて可哀そうなんでしょう。魔女の力さえあれば――」
「わっーた!!わかった!わかりましたよ!!行けばいいんでしょ!行けば!!」
ドンと力強く一歩を踏み出す。この人、絶対わざとだ。このシャンデリア崩壊事件に私が関わっていようがいまいが、鼻から向かわせる気満々だったんだ。ああ、あのとき逃げておけばよかった、なんて今更思うも時すでに遅し。面倒ごとに首を突っ込んでしまったのがそもそもの間違いであった。変な野次馬根性なんて出すもんじゃないわ。
「そうですか!貴女ならそう言ってくれると思っていましたよ!……って、なんです?これ」
「学園長、待ってるだけでしょ?暇でしょ?だからこれ、捨てておいてください」
しかし、思いのまま動かされるのはやはり癪に障るというもの。腹いせがてら、完食されたプリンのからを押し付けて駆け出す。
「優しい学園長にこんなことさせるの、貴女ぐらいですよー!ちょっとぉおおお!!」
背後で聞こえた声は聞こえないふりをした。