あれが輝いて見える

あの時言いかけた言葉
(俺さ、もしかしてだけど……)

信じたくないし、信じられない。有り得ないし、有り得てほしくもないわけなんだけれど。もしかして……いや絶対ないと思うけど、本気でないと思うけれど。万が一、万が一ということもある。

「俺って、名前が好きなの、かも」
「なんだ、今更か」
「は?」

思いがけない言葉に伏せがちだった顔を勢いよくあげ、目を大きく張る。平然として言ってのけたまーくんは、ベットに寝転がりながら呑気に漫画なんて読んでいる。あの変態馬鹿のせいで、ついに耳まで可笑しくなってしまったのか。

「まーくん今なんて言った?」
「自覚するの遅かったな」
「……これは夢か」
「夢じゃねーよ」

相変わらず漫画を読み続けるまーくん。そうか、さては俺の話を聞いていないな。試しに贅肉のない幼馴染のほっぺをぎゅっと摘まんでみる。夢かどうかの確認も込めて、少し強く。

「痛!!痛っ!?」
「さっきなんて言ったか覚えてる?」
「名前のことが好きなんだろ?!」

痛いから離せ!勢いよくふり払われた手を空中でそのまま硬直させたまま、幼馴染の顔を呆然と見つめ続けていた。どうやら夢でもなければ、適当に言った言葉でもないようだ。なんだろう、急にきた脱力感に思わずべたりと座り込んでしまった。

「嘘でしょ……有り得ない」

あの変態を俺が?いやそんなまさか。





「っていう夢を見たんだけど」
「へぇ、そうなのか」
「そうそう、有り得ないよねぇー」

さて、その夢の内容が正しいことに、凛月は何時気が付くのだろうか。若干……否、正直言ってしまえば、かなり心配なのでであるが、これはきっと俺が口を挟むべきことではない。真緒はもどかしい気持ちのまま、「困っちゃうよねぇ」と呟きながらやれやれと首を振っている幼馴染を、複雑な面持ちで眺めていた。





「ねえ凛月!!今度の土曜デート行こう!?」
「急に何なの」
「映画のチケット当たった!!」
「へぇ、おめでとうー」

全く興味がないとでも言うように棒読みに一言だけ吐き捨て、つまらなさそうに教科書を眺めている凛月。試しにその机に今話題の男性俳優と可愛らしい若手女優が並んで微笑んでいるパンフレットと、映画の券を2枚置いてみるが、軽く一瞥されただけで、その視線はすぐ数列と記号の複雑な羅列に戻されてしまった。

「行こう?」
「えぇ、面倒だし」
「そう言わずに行こうよー」
「映画とか、あまり好きじゃないんだよねぇ」

暗い環境は良いと思うけど、流れている大音量のおかげで寝れないし、長いくって疲れる。そうだるそうに答えた凛月は、映画への嫌悪感を体現するように、ぐっだりとイスの背もたれに力なく寄り掛かった。

「そうか……」
「あら、名前ちゃんじゃない」

映画、一緒に見に行きたかったな。胸の中にできてしまったもやもやに気を落としながら、映画をどうしようかと机の上に放り出されたチケット達を眺めていると、背後から陽気な声がかかった。

「え、あ!嵐くん、おはよう」
「おはよう、ふふ、今日も2人は仲が良いのね」

振り返るとそこには頬に長い指を当てて、にっこりと微笑んでいる嵐くんがいて、自然としょぼくれていた顔に笑顔を張り付ける。するとそれに応えるように一層目を細めてくれた彼は、ゆっくり視線を凛月の机に落とした。

「あら、これ一昨日公開された映画じゃない?」

正しく言うと、その上に置いていた映画のパンフレットに。

「嵐くん知ってるの?」
「えぇ、丁度見に行きたかったのよねぇ」

2人で一緒に行くのかしら、優しい笑顔で問われてしまい、言葉に詰まる。

「いや……」

口角を上げたまま、しかし落ち込む気分を隠し切れずに目を伏せる。凛月の机の上からそれを取ろうと、おずおず手を伸ばした。その時だった、急に横から現れた綺麗な男の人の手に手首をガシっと捕まれ、動きを封じられる。

「じゃあアタシと行きましょ!!」
「……え?」
「ねぇ、どうかしら?」

嵐くんの桔梗色の瞳が優し気に弧を描く。まるで慰めるような穏やかな口調に胸がジーンとなった。もちろん私に断る理由はないし、寧ろ嬉しいくらい。それでも、後ろにいる凛月の存在が一瞬脳裏を過ぎるが、断られてしまったのだ、仕方がない。

「2人っきりでデートなんて楽しみだわぁ」
「え!?デート?!」
「うふふ、せっかくお出かけするんだもの。映画だけじゃ勿体ないわ」

頷く間もなく気けば話はどんどんと進んでいく。話している嵐くん、何故かすごく楽しそう。キラキラ目を輝かせている嵐くんが一瞬いたずらっ子の様な、含みのある笑みをしたように見えて僅かに動揺する。いらんサプライズで瀬名先輩とか連れてくる気じゃないか、とか嫌な予想が浮かんだが「名前ちゃんはケーキ好きかしら?ならあそこのシフォンケーキ……あ、でもあそこに新作のチーズケーキもいいのよね」そんな風に思い煩う女の子のような姿にその妄想はあっけなく消えた。それにしても、すごく張り切ってくれているのだが……

「嵐くん、私ごときにそこまで……」
「もぅ!何言ってるのよ、女の子を喜ばせるのは男の義務よ」

同時に上手くウィンクしてみせた嵐くん。果たして彼を男と呼んでいいのだろうか?いや、見かけは男の子だし、生物学上も男であるのは間違いないのだけれど。お姉ちゃんだし思考も乙女だし。男の義務を全うしてデートしてくれるのも嬉しいが、個人的には女子会をしたいという気も……考えあぐねている間に、すっ、と机の上のチケットに嵐くんの手が伸びた。

「じゃ、決ま……」
「ナっちゃん待って」

バンと音を立てて、チケットを取ろうとした嵐くんの手の上に突如現れた手のひらが重なる。突然のことに私も驚いたのだが、手を叩かれた嵐くんはもっと驚いたようで、ひやあ!なんて女々しい声を上げた。眠たそうな瞳で、それでいて真っすぐ嵐くんを見上げる凛月。未だに動じない嵐くんにかぶさる手のひらの持ち主は、間違いなく凛月から伸びていた。

「びっ……吃驚したわぁ。どうしたの凛月ちゃん」
「俺、行かないなんて一言も言ってないんだけど」
「え、でも……面倒だって」
「行かない、とは言ってないでしょ」

ぎろりと紅く鋭い瞳と視線がかちあって、無言の圧に開きかけた口をきゅっと締める。

「あら、そうだったの?ごめんなさい、アタシったらつい」
「別に………」
「凛月、来てくれるの?」
「暇だし、一緒に行ってもいいよ。ナっちゃんと行きたいなら別にそれでもいいけど」
「一緒に行きたい!!」

思わず身を乗り出すと、凛月はそう、とだけ呟いて、いつものようにくぁっと大きく欠伸をした。やったと内心ガッツポーズを決めていると、ふふふと笑い声がしてハッとする。しまった、即答してしまった。振り返れば変わらず笑みを浮かべている嵐くんがいて慌てて頭を下げる。

「ごめんなさい、せっかく来てくれるって言ってくれたのに!」
「あぁあ!!いいのよ気にしないで!」
「名前ちゃんが凛月ちゃん大好きなのは知ってるわ。だから頭をあげて?」

ポンポンと、赤ん坊をあやすような手つきで頭を撫でられて、恐る恐る頭を上げる。上げた先にっこりと微笑えむ嵐くんがいたから、余計心苦しくなった。

「それよりも、そろそろ予鈴がなるわよ?」
「あ、そっか!!じゃあ帰ります」
「うふふ、またお話しましょー」
「これ、俺が預かってていいの?」
「お願い!!」

ひらひらと手を振ってくれる嵐くんに、手を振り返しながら教室を飛び出る。振り返るのと足を動かすのが同時だったせいか、危うく人とぶつかりそうになり、慌てて目の前の人物にごめんなさいと詫びを入れるが。

「……って、北斗だ、どうしたの?」
「あぁ、もう戻るのか」

その人物は北斗だった。言うや否やくるりと踵を返して付いて来る北斗。どうやら私に御用だったみたいだ。彼も不愛想に見えて、面倒見がいいし優しいよな。凛月の保護者はどっからどう見ても真緒なのだが、私の保護者は誰かと周りの人に聞いてみれば北斗と言われそうな気がする。そんなことをぼんやり考えながら隣を歩く。

「うん、お迎えですか」
「それもあるが、今日の朝抜き打ちテストがあることを伝えに来た」
「聞いてないんだけど!?」
「だから抜き打ちなんだ」

何故それを早く教えてくれなかったの!?お前、朝に遊木が言ってたの聞いていなかったのか。呆れた様子の北斗の言葉に肩を落とす。そこまで私は周りが見えていなかったのか。

「凛月誘うのに夢中で……」
「……ほどほどにな」

これは椚先生の雷を覚悟するしかないようです。





「ナっちゃんさぁ〜……」

名前の背中を見送った後、未だ扉の方を眺めながら、頬を僅かに染めている彼に向けてぽつりと呟く。

「絶対わざとだったでしょ」
「あら、なんのことかしら?」

首を傾げている彼の顔、それは一見いつもの表情豊かな彼が見せるただの笑顔だが、それがどうにも含みのある笑みなように見えてならない。頬杖を付きながら整のった顔立ちの彼を見上げる。

「凛月ちゃんはあんな可愛い子に好かれちゃって、羨ましいわ」
「どう見たってただの変態でしょ」
「そうかしら?ふふふっ……」
「なんで笑ってるの」

口元を抑えて笑う彼を見て思う、名前はこんな綺麗な笑い方しないよな。豪快というかなんというか……白い歯を惜しげもなく見せて、大きな瞳を三日月型にして笑う彼女の明るい笑顔を思い浮かべる。まぁ別に嫌いじゃないのだけれど。土曜日は何をしてやれば、彼女のそれが見れるだろうか、なんて頭の端でぼんやりと考える。

「なんだかんだ、名前ちゃんを大事にしてるわよね、凛月ちゃんは」
「やっぱり試してたんでしょ」

さぁどうかしら。口の端を上げて笑ったナっちゃんは、確信犯に違いない。