徹夜覚悟の幽霊退治


「は?お化け?」
「そうっス!!お化けっス!!」
「そうか、大変だな。まぁ頑張って」
「えぇ!?待って下さいっス!!」

売店で買った焼きそばパンに、まだ廊下だというにも拘らず早速かぶりつく。偶然遭遇し(てしまっ)た鉄虎が後ろで、歩き食いがどうのこうのと何か言っているが気にしない。教室まで我慢できる程の余裕など持ち合わせていないのだ。それにしても口に含み過ぎたか、忠告を無視して置いてなんだがやはり動きながら食べるのはいけない。飲み切れず頬を膨らまし続ける。水分が欲しくてたまらない。

「みじゅ……」
「はい、どうぞ」
「え……はひふぁと」
「姉御、女の子が食事中にしゃべっちゃ駄目っスよ」

お茶のペットボトルのキャップを開けて渡してくれた鉄虎。え?くれるの?なんて思いつつ言葉にもなっていないお礼を言って有難く受け取る。さっきは変な()つけて遭遇してしまったとか言ってごめん。緑色の透明がかったラベルを片手で掴んで、それを一気に煽る。

「あぁ、口元についてるッスよ」
「え?どこ?」
「ほら、大人しくしてくださいっス!!」

もう、世話が焼けるっスね、そう言いながら制服のズボンからポケットティッシュを取り出した鉄虎は、迷いもせずに私の口元を拭った。この子も成長したな、なんて感心したのもつかの間、何をされたのか自覚してきて段々と気恥ずかしくなってくる。

「鉄虎、それぐらい自分でなんとか……」
「はいはい、取りあえず座って食べるっス」
「は、はい」

なんだろう、この1つどころかいくつもの過程を飛び越えて、一気に孫を得てしまった感じ。背中を鉄虎にぐいぐいと押されるままに歩き、何も言うことができなかった。しかし取りあえずお茶のフタが欲しい、ということだけは伝えた方がいいだろうか。スタスタ歩く勢いでピチャピチャ跳ねるお茶が零れそうなので、押されながらもう一回口をつけた。





晴れ渡る青空の下はサンサンと照りつける太陽光のおかげで少し暑い。陽当たりの良い場所にあるベンチに腰掛ければ、そこはやはり微かな熱を持っていた。そんなことは気にせずデザートに買ったアップルパイを頬張る。

「で、お化け退治に協力してほしいんス!!」
「んー?それこそ大将の出番じゃないのか」

隣で売店で買ったのだろう牛丼を頬張る鉄虎の話を聞きながら、そういえば最近お昼にご飯系食べてないんだよな、と後輩の手元にある牛丼をじーっと見つめながら考える。明日はおにぎりでも買おうかな。そうと決まれば具は何にするか……

「姉御、さっきから熱烈な視線が牛丼に注がれてるんスけど……」
「あ、ごめんつい」
「食べるッスか?」
「え、いいの?」

顔を見上げると、そこでハッとしたように鉄虎が目を開く。

「あぁ……しまった」
「どうした」
「いや……盲点だったっス」

ほんのり頬を染めて頭をくしゃりと握る鉄虎の様子にピンときた。

「あ、わかったぞ。さては間接キスか?」

鉄虎も純粋だな、アップルパイを再び口に含んでうんうん頷く。すっかり大人っぽくなってと思っていたが、やはりまだまだ初心な青年であるようで安心した。しかしほんの少し残念だ。今度分けてもらうためのマイスプーンでも持ってこようか?

「嫌ってわけじゃ……あ」
「今度はどうした?」
「交換条件ってのはどうスか?」

さっき嫌じゃないって言わなかったか?そこは気にしちゃ駄目っスよ。へへっとなんだか悪戯めいた笑みを浮かべる鉄虎に首を傾げる。まぁこの際牛丼分けてもらえるならばなんでもいいや。私はどのみち、食べ物の誘惑には勝てない。





「んで、思ったんだけどさ」

これ、先生にバレたらまずいんじゃない?結構まずいよね?不法侵入罪的ななんかにかかったりしない?大丈夫?お化けとかよりも別の恐怖の方が強まる。暗い明かりのない廊下の一角。懐中電灯を手に取り一歩一歩進んでいけば、それに合わせるように響く足音。

「なにを言い出すかと思えば、そんなこと今更っスよ」
「大丈夫なのこれ?」
「見つからなければいいんスよ」
「うす」

なるほどな、やはり鉄虎この子は頭がいい。まあどの道今更グダグダ何かを言ったところで昼の牛丼の借りがあるから、私に選択肢はないのだし、ここは潔く腹を括ろう。

「にしても、本当に幽霊なんかいるのか……」
「いるんス、確か3年の教室っス」
「やだー、これから自教室に行けなーい」

少しは女子らしくと怯えた台詞を言ってみるが案の定棒読みになってしまった。どうやら鉄虎の話によると、忘れ物をして部活後教室に戻った際に、階段を上がる音が聞こえた。濡れている廊下に違和感を感じて、辿ってみたところ、ついた3年の教室で髪の長い女の人が立っていたらしい。しかしふと思ったのだが

「わざわざこんな時間に来る必要あった?」

別に部活終りに出てくるのであれば、こんな遅い時間に来なくても夕日が沈んで暗くなった時間当たりでもよかったんじゃないか?

「それもそうっスけど、どうせならこっちの方がでそうじゃないっスか」
「あぁー雰囲気?」
「まあそんな感じっス」
「なるほど、見つかったときのリスクよりもそっちを優先するとはお主も中々の悪よのう」

流石流星隊のメンバーである、目の前にあるリスクにも動じず生徒の平和のためにお化け退治に向かうとは。「姉御なんか古いっス」返ってきた言葉にまだまだ青いなと鼻で笑う。古いかどうかよりも大事なのはノリなのだ。それはそうと中々ヒーローらしい志に心の中で拍手を送る。にしてもだ。

「大将連れてきた方が、精神的にも物理的にも心強い気がするんだが」
「姉御の方が暇そうッスからね」
「おやぁ……?この失礼な子は知らないな。影武者かな?お前か?幽霊」
「嘘嘘嘘ッス!!つままないで下さいッス!!」

製作時間僅か10秒の紙製ハリセンを構えて後ろを付いて来ていた後輩を振り返る。幽霊退治だと言うから一応武器は持ってきたのはいいものの、よくよく考えてみれば効果あるのだろうか。そっちの知識のない凡人からしてみれば、物理攻撃は透けてしまうような気がするのだが。はっ……そうか。

「なんてことだ……」
「どうしたんスか姉御?」
「物理効かなかったら大将連れてきても意味ないじゃん!」
「はーい、そろそろ3年の教室っスよー」

一緒に驚いてくれるかなとか思ったのだが、どうやら鉄虎は少々ノリが悪いらしい。ぷくっと口を膨らましつつぐいぐい背中を押されるままに進む。別にいいのだが、この子私より前に出ようとしない。絶対盾にしようとしてる。

「取りあえず3年のフロアには来たけどさ……」

真っ暗な廊下の上を懐中電灯で照らしてみる。しかしそこには見る限り水っぽいものはないように見える。窓から差し込む月の明かり、グラウンドの僅かな街灯、僅かに光源はあるのだが、流石に太陽の代わりというわけにはいかないようで、相変わらず廊下の奥は真っ暗で何も見えない。何かがそこに立っていようにもこれでは気づけない。そう思えば流石に背筋がぞくっとした。

「でも別に水もないし……いなくない?」
「いないッス」
「……どうする?」
「帰るっスか」

恐る恐る暗闇を照らしていくがそこには昼間と同じように見慣れた廊下があるだけで。安堵しながら踵を返し、ハリセンをなんとなく振ると、僅かに風を切るような音がした。肝試しが終わりほどけた緊張感からかシュッシュと弄びながら歩いていたその時

“ぷか……ぷか……”

背後の教室から聞こえた音声に、鉄虎とほぼ同時に足を止める。聞きなれた声と台詞にゆっくりと顔を見合わせた。鉄虎の透き通るような茶色い瞳と視線がぶつかって、ゴクリ、緊張した面持ちのその喉元がはっきりと上下する。

「……聞こえた?」
「聞こえたッス」
「きこえましたね〜」
「そうか、奏汰も聞こえたか……へ?うぎっ」
「だめですよ〜おおごえだしちゃ」

うぎゃああああああああっ!?てっきり遠くにいると思っていた彼の声が背後から聞こえて思わずそう叫ぼうとすれば、間髪入れずに覆われた口。教室の方から未だ聞こえる、ぷかぷかと弾むような歌声に背中が凍る。真正面の鉄虎の顔が段々と青ざめていくのが分かった。口を覆う手はなんだかひんやり冷たくて人の手じゃないように思えて心臓が嫌な音を立てる。

「名前にてとら…こんなところで、なにをしてるんですか〜?」
「深海先輩……なんでここにいるんスか?」
「奏汰…お前双子だったのか……、っ?!」

「名前、こうはいをつれて『よあそび』しちゃ、っめ。ですよ?」

素敵なチョップを首裏に頂いた以降の記憶がない。





薫の野郎、また面倒な言葉を奏汰に吹き込みやがったなと、お手製のハリセンを振るうのは夢の中。目覚めた時には鉄虎の背中で自宅のすぐそばの通路を歩いている途中だった。彼の話によると、話しかけてきたのは本物で、中で歌っていたのは日々樹渉だったらしい。あのペテン師、よくも紛らわしい真似を。うちの3年生には碌な奴がいないとつくづく実感した。

「重かったでしょ、ごめんね」
「いや、姉御は軽いっスよ?全然」
「鉄虎……」
「少なくとも大将よりは」

背負ったことがあるのかという質問の前に、性別と身長差を考慮しての発言なのだろうか聞きたい。不満を込めて無防備なほっぺをつつくと、「わぁ!?」と良い反応が返ってきたのでその後ハマった。