林檎はウサギが基本だろ


「名前、いっしょに『ごはん』たべませんか?」
「あぁ、いいよ」

丁度廊下に出たところ、隣のクラスから出てきた奏汰と鉢合わせた。内心、奏汰が噴水からではなく教室から姿を現すという、普通の男子高校生の登場の仕方をしたことにとても驚いている。しかし下手に口を開けば恐怖の手刀が飛んでくる、大人しく緩く微笑む奏汰の誘いに頷いた。

「お、奏汰はお弁当なんだ」
「ふふっ……きょうはてづくりですよ〜」
「へぇ、なんか意外だな」

その手に握られたお弁当用の小さな手提げ。水色の記事に魚のイラストのそれは彼らしい。しかしなんかこう、食べ物に関しては無頓着そうな、関心が無そうなイメージがあるため、手作りお弁当を作るところが想像できなかったのだ。

「奏汰のお弁当見るの初めてだな」
「そうですね〜それよりもほら、はやくいきましょう」
「うん、あ……自販機で飲み物だけ買っていい?」
「はい、じゃあじはんきのある『しょくどう』でたべましょう」
「そうだね、じゃあ行くか」

るんるんと鼻歌が聞こえそうな勢いで歩いていく奏汰。なんだかいつも以上にご機嫌そうな後姿に首を傾げる。なんでだろう、それだけお弁当が上手く出来たということだろうか。今度私にも作ってもらおうかな。彼の持つ中身がどんなものか期待に胸を膨らませながら、コンビニで買ったおにぎりの入ったビニール袋を揺らしながら後を追いかけた。





「あそこあいてますよ〜」
「お、ちょうどいいね」

想像以上に人で溢れている食堂で開いている席を探していた。見知った顔がちらほらと見える中で、中央の方に丁度2人分の椅子があるテーブルを見つけた。時折先輩とかけられる声に答えながら席へと速足で向かう。

「ふふっ、じゃあさっそく、いただきましょうか」
「今日のお弁当は自信作?」
「わぁ、よくわかりましたね、名前」

いつも通り穏やかにゆっくりと目で弧を描き微笑んだ奏汰に、私も自然と口角を上げて先ほど買った飲み物のキャップを開ける。落ち着いた動作でゆっくりと青いチェックの包みを外していく奏汰の手元に、自然と視線が釘付けになっていた。

「ふふ、すごくきれいにできたんですよ」
「そうか、良かったね」

ボトルに口を付けて、ゴクゴクと水分を体の内に流し込んでいく。飲んでから気がついたが、かなり喉が渇いていたようで、カロリーのないお茶なのをいい事に、躊躇なく全て飲み干す勢いで水分を体の中に取り込んでいく。胸のあたりを冷たいものが通っていく感覚に集中しすぎていたせいか

「じゃあ、いただきます……♪」
「っぶ、ごほっ!!」

弁当箱の蓋を開けたところで見えた、真っ茶色一面の中身に思わずお茶を吹き出しそうになる。気管に入ってしまった水分を吐き出そうと苦しさを覚えつつ咳込みながら、弁当を指差して訴える。

「な、なにそれ!?」
「おこめさんですよ」
「わかるわ!なんでこんなカラーなの?!」

つやつや輝くブラウンの米達に目を丸くする。他にもおかずが見当たらないこともそうなのだが、とてもじゃないが庶民のお弁当とは思えない。そんなお弁当を前にるんるんと鼻歌を零しながら幸せそうに揺れている奏汰に色々と問いかけたいところだが。

「おしょうゆ、ですよ〜」
「……そうか」
「名前もたべますか?」
「お構いなく」

差し出された箸をやんわりと手のひらで制して、おにぎりにかぶりつく。パリッと良い音を立てた海苔が零れてしまわないようにと慎重に頬張りながら、目の前で鼻歌交じりに醤油ご飯を食べていく奏汰を白い目で眺める。

そういえばこの前、鉄虎がファミレスに奏汰といったとき何でもかんでも醤油をかけるもんだから驚いたとか言ってたような。そのおかげで元来醤油を好んでいることは知っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

「それにしても、栄養バランスが……」

私が言えたことではないが、一応プロデュース科の人間として自身の専属しているユニットの健康管理はしっかりサポートするべきな気がする。

「よし、奏汰。今日の放課後調理室に集合だ」
「なんだかもえてますね……?」
「ふふふ、料理というものを私が教えてあげよう」

私の不敵な笑みの裏で企てている計画を、「わあぁ〜楽しみです〜」と満面の笑みで揺れている奏汰は、きっと知る由などないだろう。





「よし、じゃあ始めようか」
「……?」

こてん、とのんびりしたモーションで包丁片手に首を傾げた奏汰。狂気的な絵面なことは気にしない。先ほど大慌てで入手してきたリンゴを、彼の目の前にあるまな板に載せて指を差す。

「さぁ、切ってくれ」
「?きればいいんですか?」
「そうそう」
「わかりました〜ていやぁ」
「のわあぁああ!!」

思わず声を荒げる。その手に握らせていた包丁を使うものだと当たり前のように思っていたが、どうやらそんな私の考えは甘かったようだ。ピンと揃えられた指先を振り上げた彼に、これはもしやと嫌な予感がした時には時既に遅し。振り下ろされた腕を、慌てて抑えにかかる。

「なにしてんのぉ!?」
「名前のおねがいどおり、まっぷたつにしようと〜」
「……よし、わかった、わかったから手刀を納めて」
「はい……?」

奏汰の手を身体の横に強制的に戻しさせて奏汰を真っすぐに立たせる。再度不思議そうに首を傾げた奏汰は、どうやら自身が異常行動を起こしたことに気が付いていないらしい。

「いい?奏汰」
「どうかしましたか?名前」
「これは空手用のブロックじゃなくて……」
「りんご、ですね?」
「そう、正解!」

まぁ、一目瞭然だと思うが。ふと視線を落とした先で見つけた、なにをどうしてこうなったのか、奏汰の腰回りで複雑に絡み合っているエプロンのひもを解いて再度結びなおす。いかんせん一度気になり出したらダメな性分なのだ。グッと引っ張って前方でリボン結びをすると「奏汰はさすが、きようですね」と呑気に笑みを零した。

「……で、そのりんごを切るのは、手刀じゃなくて、ちゃんと包丁を使ってほしいんだ」
「あぁ、なるほど〜だから、ほうちょうをにとうりゅうしていたんですね」
「そうそう、さっき渡した青い柄のやつ使ってね」

未だ奏汰がグーの手で握っている深海色の包丁を指で示してみる。

「てっきり、なまはげのまねでもしているのかとおもいました」
「奏汰さ、なまはげってなにかわかってる?」
「ふふふ」
「奏汰ちゃんごまかしても無駄だぞ?」

どいつもこいつも風評被害で訴えてやろうか。どうにも最近、奏汰が変な言葉ばかり覚えてしまっている。これは流星隊にとって由々しき事態だ。握りしめるようにして包丁を笑顔で持つ奏汰を見つめながら憂鬱なため息を吐く。流星隊にとって彼はいわば母のような存在……つまり

「君のキャラぶれたら他の子たちも自我崩壊しかねないからね」

子は親の背中を見て育つものだ

「だいじょうぶです、名前」
「なにが大丈夫なのか」
「あのこたちにはちあきというひとがいますから」
「それが一番厄介なんだけどな」

そう考えると脱力しそうになる。そんな私を他所にいつの間にか作業開始していた奏汰、その危なっかしい手つきでリンゴの皮を剥いていく様子に肝が冷えた。意外とスピードが速いものだから、怪我でもするのではないかと気が気でならない。

「奏汰、もう少しゆっくりしたら?」
「ふふ、たのしいですね〜」
「聞いてる?」
「ふふ、きこえないです」
「三枚に下すよ?」


お望み通り、魚にして差し上げましょうか?





「名前、このくらいでいいでしょうか」
「もう、十分だと……思います」

目の前のシンクを埋め尽くすほどのリンゴたち。単純作業に慣れ過ぎてしまったせいか、一度集中するとなかなか我に帰れない不器用さのせいなのか。最後のリンゴを剥いてしまうまでそれらの存在に気が付けなかったせいで起きた悲劇。明らかに2人では食べきれない、綺麗に切り分けられたリンゴ達をみて頭を抱える。

「やってしまった……」
「だいじょうぶですよ、うちにはそだちざかりがたくさんいますから〜」
「育ち盛りに肉とかじゃなくて、フルーティーなリンゴだけあげるってどうなの」

でも詳細を省き、差し入れと称して鉄虎のとこやバスケ部に持っていったら、喜んでくれそうだし、そうしようか。まな板の上に散乱した真っ赤な皮を袋に詰めていると、ふとその赤い色に何かとっかかりを覚える。なにか忘れているような気がしつつも作業を続行していると、でも〜と奏汰の呑気な声が聞こえてきた。

「なんでりんごをきっていたんですか?」
「そりゃ、お弁当の定番……ぁ」

それだ、全て剥ぎ取ってしまったらうさぎが作れない。
しかも肝心の料理をしていない。
今度は自分の馬鹿さに頭を抱えた。





ダンダンとバスケットボールが床を跳ねる音が響く体育館の入り口で、ひょこっと水色の髪が顔を覗かせた。

「ちあき〜」
「ん……?どうした、奏汰がこんなところに来るなんて珍しいな」
「ふふ、みどりもがんばっていますね、そんなふたりにさしいれです」

どんと目の前に現れた数段に重ねられたタッパ、その異常な量に流石の千秋を一瞬たじろいた。遠くで水分補給をしている翠が体育館では珍しい組み合わせだなと不思議そうに2人を見守っていた。

「名前といっしょによういしたんですよ〜」
「おお、丁度腹が減ったと思っていたところだ、ありがとう奏汰!!」
「どういたしまして〜」
「名前にも礼を言わないとな、どこにいるんだ?」
「名前ならてとらのところにいってます〜」

「なに〜、ちーちゃん先輩差し入れ〜?」「あ、こらスバルスコアボード直してから…って聞いてないし」体育館を独占しているらしい全体に散らばった面々からにぎやかな声が上がる。遠くで様子を窺っていた翠も、親しみの深い専属プロデュ―サーの名前が聞こえたと同時に、座っていた腰をあげて重い足を千秋のもとに向けた。

「そうか!わかった!!」

言うや否や、体育館を飛び出していく千秋。廊下を疾走してまた先生に捕まらないといいが、なんて考えながらも奏汰はその背中を慈しみにも似た表情を浮かべて静かに見守っていた。

「部長、どこ走っていったんスか……?」
「ふふ……」
「深海先輩?」

何をそんな嬉しそうに……?首を傾げる翠の手にも、嬉しそうに頬を緩めている奏汰の手にも何もなかった。駆けて行った千秋が差し入れをすべて抱えて廊下に走り去っていったせいだ。それでは奏汰が来た意味がない。しかしそれに気づいている人物はいなかった。

「名前とちあきは、にてますね」

先のことを考えていないところが特に。
再び笑みを浮かべて左右に揺れ動く奏汰、その意味を読み取れない翠は、首を傾げながら不思議そうに奏汰が見つめている先の廊下に、ひたすら視線を送り続けていた。