ジェットコースター


「さぁ、行きましょうか名前ちゃん」
「すみません、どちら様ですか?」

いや、わかるよ。そんな口調で話す男性、人生で1人しかあったことないもの。……だけどさ。

「なんでそんな2人ともびしょ濡れなの」

いくらなんでも濡れすぎではないだろうか。タオルをかぶっている嵐ちゃんに背後から声をかけられた時は驚いた。いつもワックスできめられた髪形はべったりと水の重さで垂れてしまっている。メイクも崩れ、最早誰おま状態である。嵐ちゃんはこれっぽっちも悲しそうな素振りをせずに、ひどいわぁ、なんて言いつつ首筋を伝う水を拭っている。

「あはは、やっぱり濡れてるのわかるか?」
「なぜばれないと思ったのか」

困ったように眉を八の字にして笑う真緒は、水滴の伝うまま。両者とも、身体にも派手に濡れてしまったようで、服の上部が大きく変色していた。タオルを持っていたのか嵐ちゃんは頭にそれをかぶっているが、一方の真緒は、髪からぽたぽた雫を垂らしているままだった。そんな状態を放置している彼に呆れつつ、カバンからタオルを取り出す。

「ほら、髪留め取って」

雫の滴る赤みかかった髪を、タオルで優しく撫でる。真緒が黄色い髪留めを外すのを確認すると、後ろにいった前髪を下してポンポンと軽く叩いた。

「お、おい名前……」
「なに?」
「拭くくらい、じ、自分で出来るから」

歯切れ悪いその言葉にハッとする、しまった、つい……!いつも凛月にさせられていたのが最早当たり前になってしまっていて、つい彼にも同じようにやってしまった。慌てて飛び退くと、そんな驚かなくても……そう言って苦笑を溢されてしまった。

「ふふ。名前ちゃんもすっかりマネージャー業が身についてきてるわね」

これはマネージャーの仕事なのだろうか。そもそも私はプロデューサーなのだけど。

「ごめん、真緒。嫌だったよね」
「いや、嫌じゃないけど……」
「ふふふ……、じゃあアタシはちょ〜っとメイクを直してくるわね〜」

何というタイミングで行くんだ嵐ちゃんよ。とはいえタオルの間から見える彼の髪は、ストレートになってしまっていて、流石にあれじゃ私と同じように皆、彼が彼だと気が付かない。渋々その背中を見送る。

数秒の沈黙、嵐くんの背中から隣の真緒に視線を移せば、彼の瞳とパチリと重なる。真緒の下された前髪からポタりと一滴の水滴が落ちた。常時上げているせいで気が付かなかったが、彼の前髪は結構長い。男の子にしては長めの髪に、ちょっとした好奇心が芽生える。

「真緒……」
「ん?」
「やっぱり髪拭いてもいい?」





「ただいまー、あらあらっ!!ふふ…仲良しなのね!!」
「おかえり。……おぉ、元通りだね。流石嵐ちゃん」
「ありがとっ!!真緒ちゃんもそろそろ乾いてきたみたいね」

数分後、思った以上に早く嵐ちゃんが戻ってきた。あれだけデフォルトの容姿からかけ離れてしまっていたのだ。直すのに時間がかかると思っていたのだが。格好良く決まったヘアスタイル。やはり彼はこうでなくちゃ。どこで直してきたのかはおそらく聞いてはいけない。真緒の髪を櫛でとかしながら、ふと浮かんだ先ほどの疑問を口にする。

「そういえば、なんで2人とも濡れてたの?」
「ふふ、アトラクションよ」
「鳴上がジェットコースター回りしたいっていうから、手あたり次第乗ってんだよ」
「そうなのよ、突然水の中に突進しちゃうから驚いちゃったわ」
「なるほど、さぞ爽快でしたでしょうね」

というか、この2人息合ってない?ポンポン交互に返ってくる回答に内心驚く。それもそうか、クラス一緒だもんね。そんなこと言ったら私も一緒なんだけど。先程の真くんとホッケペア並みの安定感があることに感動を覚えた。

「タオルだとこれが限界かな」
「ああ、ありがとな」
「こちらこそ、楽しかった」

手に握られた髪留めを慣れた手つきで、高い位置にまとめた前髪に止める。それにしても綺麗なおでこだよな。ニキビ一つないとか、真緒も嵐ちゃんみたいにパックとかしてるんだろうか。

「ふふ、気持ち良さそうに目を細めて、凛月ちゃんみたいだったわよ」
「なっ……」
「お、そうなの真緒?」
「た、確かに人に髪拭いてもらうのは良かったけどっ」

思った以上に動揺しているようで、薄っすらと赤みを帯びた耳に思わず口角が上がる。なんかいつも優位に立つことが無いせいか、こういう反応されると新鮮でいいな。慌てて立ち上がった真緒は、行くぞと言ってそそくさと足を進めていく。

「あら、どこに行くのかしら?」
「ジェットコースター、あっちのエリアにもあっただろ」
「ここそんなにジェットコースターあるの?」

皆様スリリングを求めすぎでは?

「一回強風浴びれば乾くだろ」
「確かにドライヤー代わりになる……かな?」
「ふふ、そうと決まれば早速出発ね!!名前ちゃん行きましょ!!」

有無を問わず引かれた手に従って歩みを進める。嵐ちゃんの後姿はいつもより楽しそうなので、私もつられて頬が緩んだ。





「で、どうしてこうなった?」
「俺も名前と同意見だ、どうしてこうなったんだ鳴上」

2人して冷めた目で目先を見上げる。いつも校門前で聞く黄色い声に似たような叫びを上げて、ジェットコースターが落ちていく先。あれは池だ。池レベルの水たまりだ。

「どう考えたって濡れるでしょうよ」
「乾かす目的どこ行った」
「また名前ちゃんに拭いてもらいましょ?」

え、と思わず苦い声を漏らす。もちろん別に嫌というわけじゃない。問題はそこじゃなくて、彼が濡れる気満々だということだ。

「私濡れたくないですよ?」

某ワカメ先輩にワカメとか言われたくないですから。

「安心して!名前ちゃん用に雨具を買っておいたわ」
「真緒と嵐ちゃんのは?」
「ふふ、ないわ」
「大丈夫なんですか?」

明らかに防具なしであんなところ飛び込もうものなら、ただじゃ済まないと思うんだけど。列の前方には既に透明な雨具をかぶっている子達がほとんどだ。

「まぁ前の方にならなければ大丈夫だろう」
「真緒それフラグ」
「きっと避けれるわ」
「固定されてんだよ?」

最早どうなったかは言うまでもない。


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