休憩タイム


「名前ちゃん、何か食べたいものとかあるかしら?」
「ミルクアイス」
「そんな甘いものばっかり食べてるから太るんでしょ〜」
「もーもー怒ってばかりの先輩に言われたくない」
「なんだってクソガキ」

こんな安直な煽りにも額に青筋を立ててみせた瀬名先輩。これは相当イライラが溜まっている、それは経験からして察することができた。時刻は早くも昼を過ぎていた。一旦ご飯を食べようと、全員中央エリアで集合しようという話になったのだけれど。

「なんで5人しかいないわけ」
「ふぁ〜……ふふふっ…♪」
「……なんか凛月機嫌いいね?」

不機嫌そうな瀬名先輩の手にあるカメラ。それに触れては恐らく面倒なことになるので、この際見えないことにしておこう。その隣で欠伸をしながら上機嫌に揺れる凛月に目を向ける。あれ、確か朝の彼は機嫌良くなかったはず。

「解散した時には、あれほど……」

眉を潜めていた彼の機嫌はすこぶる悪かったような。なにか楽しいアトラクションでも見つけたのだろうか。

「ん〜…?知りたい〜?」
「うん」
「ふふ、秘密」

『秘密』そんな言葉と同時に笑みを浮かべた彼に寒気がしたのは何故だろうか。この笑み何かに似ている、強いて言うなら悪戯を見つけた子供のような……あぁ、だからか。そんなことを考えながら凛月の様子を伺っていると、突然赤い瞳が鋭さを帯びた。

「ところでまーくん」
「ん?なんだ?」
「髪、少し濡れてない?」

やっぱりばれたかと、隣の彼の頭を見上げる。あの時予想したようにジェットコースターの威力は凄まじかった。雨具を着ていた私でさえ少し湿っているのだから、彼らのことは言うまでもない。再度タオルで拭いたが、真緒の長めの髪は水分を含み一層艶を増していた。

「ああ、アトラクションの水飛沫が思った以上にすごくて」
「ふうん、まぁそれはどうでもいいんだけど」
「どうでもいいんだ」

間髪入れず紡いだ口をばっと塞ぐ。ダメだ、今日はツッコミ役を真緒に押し付ける予定なんだから。口を堅く結び言葉を耐える私を他所に、お構いなしに鼻の先がくっつくぐらい詰め寄る凛月に、流石に真緒も戸惑っているようで目が点になっている。

「ちょ、なんだよ急に」
「あぁ、やっぱり名前のにおいがする」
「え!?あぁ……タオル借りたからか」

すんすんと匂いを嗅ぐ凛月の姿に、お前は犬かとツッコみたい。だめだよ、どちらかというと凛月は猫似なんだから。いつの間にか口を開きたくてうずうずしている自分がいて、泣きたくなった。後ろで瀬名先輩のゆうくんまだ?そんな小言が聞こえたのはこれで何回目だろうか。

「へぇ……タオル借したんだ?」
「流石に風邪ひくと困るからね」
「ふうん、で名前が拭いたの?」
「……うん?」

意外な質問に不意を打たれ一瞬戸惑う。なんでそんなことを聞くのだろう?あ、さては丁寧に真緒の頭拭いたのか、または綺麗なタオルかどうか疑っているなコイツ。

「ちゃんと綺麗なタオルで、丁寧にしましたよ」

ドヤっと効果音が付きそうなくらいに勝ち誇った笑みを浮かべる。すると、案の定凛月は、驚いたように目を丸くした。その様子を見て私はほくそ笑んだのだが……

「……まーくん」
「なんだ?」
「そのアトラクションやっぱり教えて」
「あれ待ってなんか違う」

そこは「名前が綺麗なタオル持ってるの?」とか、「名前が丁寧に?」とか。そういうボケがくるもんじゃないのだろうか。疑問を感じたところでようやく我に返る。ツッコまないとか言いながら、何故私は先のボケまで考えて行動してるんだ。これはいよいよ私も毒されてきたのかもしれないと頭を抱えたその時。

「いくら何でも遅い!!」
「確かにそうねぇ……」

痺れを切らしたのか瀬名先輩が怒声をあげた。それとは対照的に、もう5分すぎたわね……そう頬に手を当てて悩まし気な表情を浮かべる嵐くん。やはり女子力が滲み出ている。

「瀬名先輩、そんな怒らなくても……」
「怒って当たり前でしょ!?かさくんもほんと何処ほっつき歩いてんだか…ゆうくんだって、……!?」

今、明らかに瀬名先輩の目の色が変わった。

「まさかゆうくんの身に何か……っ」
「あれ、ちょっと泉ちゃん!?」

人ゴミの中に瀬名先輩が駆けだした瞬間。同じタイミングでポケットがぶるぶると震え出す。もう……と人の話を聞かない先輩へ不満の声を零しながら、瀬名先輩が駆けていった方を見て途方に暮れる嵐くんに、心の中でご愁傷様と唱え、『末っ子』と書かれている通話開始のボタンをタップした。

「もしもし、司くんどうしたの?」
「お姉さま!!Big newsです!!」

スマホのスピーカーから放たれた予想外の大音量に思わず耳を遠ざける。珍しいことに司くんは興奮しているようで、その声は弾んでいた。

「なんだ、珍しいものでも見つけた?」
「はい!!明星先輩の暴走に振り回されて、偶然たどり着いた商品販売のwagonで運の良いことに時間限定のrareなstrawberrycaramelchocolatechip……」

……お分かりいただけただろうか?

流暢な英語にこんがらがっていく脳内。私の弱い頭脳はすでにオーバーヒート寸前だった。いくら何でも軽やかすぎやしないか。単語ならまだしもこうも連続で来られては流石にわけがわからなくなる。遠ざけたスマホから、「あれ?お姉さま?お姉さま!?」そんな必死な声が薄っすら聞こえる。安心しなさい、聞こえてます。心の中で呟きつつ、会話中のスマホを手にしたまま周りを見渡し、そこできょとんとした真緒と視線がかち合う。

「ん、どうした?」
「真緒、英語得意でしょ」
「いや得意ってわけじゃないけど……」
「得意だよね、得意と言って」

真緒の耳に半ば無理やり押し当てる。戸惑いながらもスマホに話しかける真緒に、ほっと胸を撫で下ろした。きっと彼なら司くんの流調な英語も楽に聞き取ってくれるだろう。

「もしもし?……ん、何だスバルか」
「解せぬ」

なんで向こうまで話し手交代してんだよ、意味ないじゃないの。





「なるほど、良く分かった」

真緒の話によると、暴走しているスバルを、司くん、真くん、ホッケの3人で追いかけていたところ、ワゴンに遭遇。そこでストロベリーキャラメルチョコチップチュロスが限定販売されていたらしい。それを買うために並んでくれていたそうだ。

「何事もなくて良かったな」
「そうね〜、安心したわ」
「セっちゃんがいないけどね」
「そうだね瀬名先輩がいなくなっ……たけど」

全員で顔を見合せ、凛月の言葉に3人して青ざめた。だが、どことなく嵐ちゃんが楽しそうに見えるのは気のせいか。先程の瀬名先輩の焦った様子を思い出して頭を抱える。やらかした、あの時意地でも捕まえておくべきだった。これはまずくないか?4人いるところに瀬名先輩が混じれば……

(ゆうく〜ん!!心配したんだよぉお!!)
(ちょっとかさくぅ〜ん?何してんのかなぁ?)
(このクソガキ!!連絡ぐらいしなよね!)
(え?名前にした?……あのバカ締める)

「……私、探してきます」

今度こそ殺される。間違いなく殺される。どう転んだって殺される。気が付けば駆け出していた。もちろん、死にたくないからだ。ゆうくんへの歪んだ愛情、司くんへの怒り、そんなんが纏めて飛んできたらどうなるか……。瀬名先輩が消えていった方へ人混みを避けながら進んでいく。

「おい!!名前っ!!」

背後から聞こえた真緒の声、最早そんなのは耳に届いていなかった。





「あらあら」
「全く……。あいつが一番迷子になる可能性高いってのに」

突発的な彼女の行動を、3人はそれを止められるわけもなく。彼女は人ごみの中に姿を消した。目を瞬く黒髪、ため息を零した赤髪、あらあらと苦笑する金髪、反応は様々である。

「ふふ、なんだか朝と逆になっちゃったわね」
「そうだな、取りあえず探しに行かないと……。鳴上、陸上部だろ。一緒に来てくれ」
「俺はー……?」
「わかったわ!凛月ちゃんは、名前ちゃんが戻ってきた時のためにここにいてちょーだい」





わかっている。なんとなくこうなるような予感がしていた。見渡せばそこは見知らぬ人だらけ。そしてここはどこだかわからない。所謂迷子というやつだ。やらかした。案内板見ればわかるだろ、とか軽い気持ちで飛び出したのがいけなかった。案内板がどこにあるかすらわからない。

こういう時ってどうすればいい?

とりあえず電話で大騒ぎさせるよりも、周りにいる一般人(まともな人)に聞いた方がいい気がする。ふと周りに視線を向ける。そこでふと瀬名先輩の言葉が思い浮かんだ。

(だから名前に引かせるのはまずいって……。こいつ運から見放されてるんだから)

……。
……真っ先に視界に入った人に聞けば、運も何もないよね。

意味不明な持論を元に、意を決して勢いよく振り返る。目に真っ先に写りこんだのはオレンジの明るい髪色。横に髪を束ねてあるその人物は、地面をきょろきょろと見渡しながらゆっくり歩いていた。その背中に恐る恐る声をかけてみる。

「あの、すみません」
「ん、なんだ?」
「あの、案内板の場所を教えて……」
「待って!!言わないで!!妄想するから!!」


やべえのきた。


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