「じゃあ、ママ!行ってくるねー!!」
「いってらっしゃい」

小さな手を大げさに振って、虫取り網を片手に無邪気に笑う少年。透き通るような白い肌、くりんとしてあどけない瞳に宿る金色の輝きは、きっと父親譲りなのだろう。幼い後ろ手に家の扉が開かれて、そこから差し込む眩しい光に外が晴天であることを知る。斜めにかけられた真新しい虫かごに、今日も何か捕まえて帰ってきそうだ、と小さく笑った。

「おや、パパに挨拶はないのか?」
「パパ!!僕がいない間、ママのことよろしくね!!」
「ははっ!こりゃ一本取られたな。よーし、パパに任せとけ!」

そう言って、くしゃくしゃと息子の頭を撫でる骨の浮き出る大きな手に、小さな少年は気持ち良さそうに目を細めた。勢いよく家を飛び出す子供を見送った後、部屋に戻ってソファに腰を下ろすと、日頃の疲れのせいか急にまぶたが重くなる。

「おい、まさか寝てはくれるなよ」

緩くつねられる頬の感触に目を見開けば、そこには私の顔を覗き込み悪戯に微笑む彼の顔があった。

「なんたって、久しぶりの2人っきりだぞ」
「そういえば、そうだね」

同じようにすとんと隣に腰を下ろした鶴丸は、細い足を悠々と組むと同時、慣れた手つきでリモコンを操りテレビの電源を付けた。

「……まさか、こんな未来が来るなんてな」
「そうだね。私が母親になるなんて、今でも夢みたい」
「そうか?君は優しいからな。似合っているぞ」

まぁ、仮に似合わなくてもなってもらうがな。そうやって大きく笑う鶴丸の横顔は、どこか至極楽しそうに見える。朝のニュースを終えたテレビには、陽気な笑い声のするような内容が映し出されていてとてものどかな朝だ。懐かしく感じるにぎやかな笑い声、しかしそれはテレビの向こうのものであって実際に近くにあるものではない。ふと覚えた寂しさ。目前に微笑む彼は本物だろうか、そう思った刹那ふと膨らみあがる不安に思わず手を伸ばす。

「……ん」

その手はあっという間に大きな手に絡みとられてしまい、そのままぐっと引き寄せられる。傾く体を逃がすまいと背中に回された手のせいで、すっかり身の自由を封じられてしまった。触れた固い胸板からは確かにぬくもりを感じてはそっと安堵の息をつく。見上げた先で笑う端正整ったその笑顔に、何度救われたことだろうか。そう考えるととても愛おしく感じられる。

「……しかし、本当不思議なもんだな。あの頃、夢に見る程望んでた光景が、まさか実現するなんて」
「……うん」
「あの頃は、審神者と刀剣男士。所謂禁断の恋だったからな。まさか、こうして籍を入れ、可愛い子供もできてしまうとは」
「……うん」

決して叶わないと思いながらも、決して期待などできなかったけれど、何度も夢に焦がれ憧れた未来。

「……愛しているよ」
「……何、急に。驚かそうとしてる?」

突然何を言い出すの。うるんだ瞳を気づかれないようにわざと明るくからかうようにして覗いた彼の顔は、意外にも真剣そのもので。驚いて言葉を失った口を、やわらかい感触が蓋をする。

「……!?」
「これが、冗談に見えるか?」

離れていった整った綺麗な顔に、思わず呆気にとられていると、悪戯に微笑んだ彼がそう言って目を細めた。

「何ならもう一回するか?」
「結構です」
「そうか、残念だ。……でも」

火照った顔を隠すために、逸らした目線。その時、肩に重みがかかる。それが彼の頭だと気付くのにそう時間はかからなかった。

「こうして、可愛い嫁さんに甘えたりして見るのも悪くない」
「ねぇ、落としていい?」
「だーめ」

突然の良い年した大人の、子供のような口調に笑う。すると突如首元に吹きかかる暖かな息に、思わずひっと声を上げる。

「……落とすよ?」
「悪い。可愛いものはつい虐めたくなるんだ」
「本当、良い性格ですね」
「君を惚れさせるための努力の賜物さ」

そのまま息子が元気よく帰ってくるまで、2人寄り添って眠りに落ちていた。夕飯の支度していなかった、と言って2人して騒ぎ出すのは後の話である。