はろーはろー


 窓から外を見下ろした。ついこの前までいた4階よりも、ひとつ低い3階の窓から見下ろす景色に、ああ、また一つ年をとってしまったんだなあ。と密かに嘆息を零す。階段の上り下りの苦労を考えると楽でいいが、景色はやっぱり去年まで見ていた方がよかった。高い位置から夕焼けに支配された放課後の景色なんかは特に最高だ。そよ風が開いていた窓の隙から流れ込んでくる。校庭の木がピンク色に染まる季節の風は、まだ少しだけ冷たくて思わずブレザーの裾を引っ張る。そんなことをしながら、ぼうっと一人の世界にのめり込んでいたものだから、私の席に遊びに来ていた友人が、顔を歪ませていることに気が付けなかったのだ。突然、はっくしょん!と勢いよく飛びでたくしゃみの音に、びくりと肩が大きく跳ねる。隣の席にいる切れ長の赤い瞳をした住人が、私の背後へと視線を向ける。

「うえ、汚っ……」
「……うるさい」
「なに、風邪?俺に移したりしないでよ」
「首落ちて死ね」

 毎日のように行われる仲が良いのか悪いのかよくわからない会話。睨み合ってるその様子を見るに、間抜けに肩が跳ねてしまったところを見られていないのだと察し安堵する。バレようものなら絶対バカにされていたに違いない。胸を撫で下ろしながら振り返る。後ろの安定は口と鼻を抑える手を離そうとしない。その様子を見るに、きっと手のひらに隠されている部分は悲惨なことになっているんだろう。

「ねえ……、誰かティッシュ持ってない」
「安定、私持ってるよ」

 やっぱり。カバンの端にしまってあったポケットティッシュを、紙の部分を少し取り出してから安定に差し出す。すると、「ありがとう」と鼻声のお礼が返ってきた。一方で、先程安定にかみついていた清光は、既に身体を前に向き直し、机上の教科書に張り付いていた。

 そういえば、一人足りないような……。なんだか物足りない教室をぐるりと見渡して考える。ピンポン、と効果音が付きそうな勢いで頭の中に思い浮かんだのは、1人の青年の顔。そうだ、いつもは早く学校についているはずの堀川がいない。そう気が付くや否や、バタバタバタと近づいてくる足音に、反射的に廊下側を見た。その瞬間。

「みんなみんな!!大ニュース!!大ニュース!!!!」
「へぶっ!?」

 突然現れた堀川に突進された衝撃で、危うく椅子から転げ落ちそうになる。

「おはよー」
「堀川、今日遅かったね」
「みんな!みんな!!ついにこの時が来たよ!!!」

 そんな私を完全スルーして会話は続く。え、誰も心配してくれないの?それもそうか、こいつらだもんな。簡単な自問自答を終えると、目をキラキラと輝かせる興奮気味の堀川に、2人と同じように視線を向ける。

「そんな慌ててどうしたの?」
「ついに兼さんが帰ってくるんだよ!!」

 “兼さん”その言葉にポンと手のひらを叩いた。そういえば、そろそろ帰ってくる頃だったな。1年前、旅立つ彼を空港で送り出した記憶をぼんやり思い出す。「また2年後にな」とさわやかな笑顔を大泣きしながら見送ったあの日から、もうそんなに時間が経っているのか。

「あー。兼定、もう帰ってくるんだ」
「そうだよ!!」

 兼さん兼さん、と頭からハートを飛ばし続けている堀川は、最早脳みそが兼さんでいっぱいになっているようだ。そんな彼とは対照的に「またうるさくなりそー」と、他人事のように鼻をこする安定。そのカーディガンの裾を、つんつんと引っ張ってみる。

「安定。久しぶりに会えるんだから、もうちょっと喜んだって……」
「えー……?だって春休みに会ったばっかりだし」
「そっか春休み会ったもんね……って、は?」

 私会ってないんだけど??

 目を瞬かせる私に、3人の視線が集中する。「あ……」やってしまった、と言わんばかりに口を抑えて気まずそうな顔する安定に、隣の2人は「あらら」と呆れた視線を送る。なるほど、どうやら仲間外れは私1人のようだ。……ぐれてやる。そう心に決めて、少しひんやりとした机に顔を伏せた。