陽介の奴、そういうことだったのか。4対1のまるでいじめにも見えるような一方的な戦闘に嫌悪感を抱きながらも、それを離れた位置から固唾を飲んで見守る。
そのリンチを仕掛けている側の1人、陽介を見つけたときようやく気が付いた。彼が近頃行っていた“極秘任務”それが何か教えてもらえるという約束までせっかくこぎ着けたというのに、結局聞くことができなかったその答え。彼の言っていた極秘任務とはネイバーを見つけることだったんだな。
孤立無援の状態で戦っているその人物を、はっきりと覚えている。白髪に赤い瞳をした小さな少年。どうやら私の勘は当たっていたようだ、彼はいつの日か三雲君の隣にいた少年である。戦闘が行われている弓手町駅の近くの建物上でにやり、口角を上げて笑う私はきっと悪い顔をしているのだろう。
*
「迅、私と賭けをしようよ」
「ほう、どんな賭けだ?」
夜のひんやりとした風が迅と私の髪を揺らした。黒色に光を帯びた大きめな鎌の柄尻を地面に落とす。トリオン体でなければ確実に手にタコができてしまう程の長い間扱ってきた武器へ重心をかけて立つ。
「私と迅、闘うの」
「へえ?」
「ブラックトリガー同士なら、フェアな勝負でしょ」
彼が常に風刃を肌身離さず持っていることはよく知っている。彼の腰辺りを視線で示せば、彼は私から視線を動かさずにゆっくりと風刃を手に持った。
「何を賭ける?」
「私が勝ったなら、何を企んでいるのか、包み隠さず全てを教えて」
「企んでいる?なんのことだ」
「惚けないで」
風間さんが言っていた台詞どおり。本当は私が本部へ行くはずだったのが、私とオペレーターだけ急遽玉狛に派遣されることになったことだ。そしてそれを私に連絡をしてきたのは迅だった。急な人事異動を隊長よりも先に把握していたであろう彼が、私たちが玉狛に行くことになった理由も知っているとしか思えない。その全てとはいかずとも、少なくとも何か知っているのは明らかだった。ここまで聞いていながら、このまま、何も知らずにただ動かされてやるほど大人しくない。
「私をメガネ君と合わせたり、君たちの力になる、とか勝手に言ったり。……明らか何かありますよって素振りしておいて、しらばっくれられるわけないでしょ」
「別にそんなつもりはなかったんだけどなあ」
どうせ迅のことだ、普通に聞いたってのらりくらりと回避されてしまうに決まっている。
「私が負けたら、なにも聞かずに言うこと聞いてあげる」
「おいおい生緒」
「だから、やろう」
ならば簡単、力づくで聞き出すまでだ。構えを取るために足に力を込める。力みながら片方の足を引けば、子供が走りやすいような砂の地面が、ズズッと音を立てた。
「ちょ、待て待て待て待て!!」
「な…なに?」
すると迅は焦ったようにして目を丸くしながら首をぶんぶんと振るものだから、思わず困惑して力が抜ける。前に突き出された手は、やめろ、そう合図していた。負かしてから見れるもんだと思っていた焦った表情。それをこうも容易く見れたことに困惑しながらそっと構えを解く。迅には一切戦意がないのだ。
「生緒、なんか勘違いしてないか?」
「勘違い……?」
「そうだ、俺は別に隠す気なんて毛頭ないぞ?」
「……ん?」
その言葉に思わず首を傾げ。
「気になることがあるなら何でも話すぞ」
「……嘘」
眉をしかめる。
「本当。…あ、でも下着の色とかはやめてな?」
「興味ねえよ」
首飛ばしてやろうか。再度鎌を持ち上げようとすれば、少し宙に浮かしただけだというのに、彼は焦ったようにして「冗談冗談」と繰り返す。
「それにお前を玉狛に呼んだのも、別にお前を利用したいわけじゃない」
「へえ?」
「いやあ、でも半分半分かな」
「半分あんのかい」
やっぱりそうだった。白い目で迅を見ていれば、彼はハハハと声を上げて呑気に笑う。こんなにこちらは殺伐とした気分でいるというのに解せない。
「お前の助けになりたい、お前の力を借りたい、の半分ずつだな」
「言葉変えただけだな」
「でも。お前は自分の意志で助けてくれるよ」
自信ありげな迅の表情に彼はやはり何か視えているんだなと確信する。
「お前はちゃんっと、自分の意思で動ける」
大丈夫。そうほほ笑んだ迅。
「なんでそう言い切れるの?」
「詳しくはなんともだな。……まあ、これからわかっていくと思うし、時が来たらちゃんと話すからさ」
「……納得いかない」
「もうちょっと待ってな」
「むう……」
よしよし、そう言って私に近寄ってきて頭を優しくあやすように撫でてくる迅の手が、少し大きくて、何も言えなくなる。
「安心しろ、俺がお前の味方じゃなかったことなんてないだろ?」
「それは……」
ふと色々なことを思い出す。何時だって彼は私のことを助けようとしてくれた。何時だって私のことを守ろうとしてくれた。それは確かである。しかし一方で私を鬼怒川さんや城戸さんからの盾に使った事、風間さんや太刀川さんに贄としてささげだしたこと、それだって確かである。
「どうだかな」
「わあ、手厳しい」
そう言いながらも笑顔でいる迅は、どこかすっかり気を抜いていて楽しそうに見える。緩みきったその姿すっかりに毒気を抜かれてしまい、闘う気が失せてしまった。重く息をつき、換装を解いて生身に戻る。ホロホロと手元にあった鎌が光となって消えてゆく。生身になってしまったせいか、寒夜の冷気にあたって、くしゅんと堪えずににくしゃみを零す。
「こら、上着ぐらい着てきなさい」
「そこまで考えてなかった」
「全く……」
すかさず迅が自分のいつもの羽織を背中にかけてくれる。しかしそれでは迅が寒そうだ。大丈夫かと問おうと口を開きかけるが、それよりも先に彼が私の手を引いて歩き出す。「ほら、早く帰るぞ」そう言って基地の方へ歩いていく。あれ、私自分の家に帰りたいんだけど。
「お持ち帰りですか?」
「そう言い方しない」
「はーい」
「それともしていいならするよ?」
「結構です」
なんだか久しぶりだなあ。迅とこうして帰るのも。昔は公園に遊びに行く時だって、任務から帰るのだってよく一緒だったのに。いつの間にか開いていた距離、それが少しだけ近づいたように思えて、自然と口が緩む。
「まぁ心配しないで、おにいちゃんに任せなさい」
「……頼りないしどうしようかな」
「素直じゃないなあ」
「お互い様」
「俺は素直だぞ?」
「欲に従順だもんね」
月がぼんやりと空に輝いている。雲一つなく常にまん丸の状態で輝く月を見て、明日は晴れるんだろうかなんて悠長なことを考える。転ばぬために再び前を見れば、危険区域には明かりの灯る家なんてなくて、暗がりの広がる景色に、街全体がまるで寝ているように思えた。
「そんな生緒に朗報だ。明日俺についてこい。きっとすべてわかる。ちょうど、動き出すと思うから」
*
その言葉に半信半疑ながら従ってついてきたわけだが。迅は気づいたらいなくなってるし、知らない間に下の方で戦闘が始まってるし、全くもって訳が分からない。せめてどっか行くなら一言かけろよ。次会ったらそういって頬叩いてやる。しかし1人となった今なら、これはこれで自由に動けていいかもしれない。ちょっとした悪戯心が生まれる。
「重っ、なんだこりゃ……」
上手くやり過ごしていた白髪の少年に、三輪の鉛弾が命中する。さすがのネイバーでも初見の鉛弾の効果は見抜けなかったようだ。咄嗟に張られたシールドをすり抜けて腕に命中してしまい、生えるようにしてくっついている黒い重に、わかりやすく少年は困惑する。それを見て私は口角を上げた。
「これで終わりだネイバー!!」
その隙を見逃さず三輪と米屋が飛び掛かる。
“何かあったら頼るといい、必ず“君たち”の力になってくれるはずだ”
ふと迅の言葉を思いだす。視界に映る三雲君が驚いたように瞳を丸くしている。迅の言っていた“君たち”とは、恐らく三雲君とあの少年のことなのだろう。しかし、今の私には彼らの力になる理由がない。だから彼が倒されようが何されようが正直興味がない。
「空閑!!!」
なので私がどうしたいかなんて、考えるまでもなく決まっているのだった。負けてほしくない、助けたい、思いのままに動くだけ。叫び声をあげる三雲くんの声が、晴天の下で強く響き渡る。
「アンカー、プラス、ボルト、クアドラ」
「バイパー」
白髪の少年と私の声が重なり合って、鮮やかな青空へと消えていった。