「おい、叶」
どういうつもりだ?地面に横たわる三輪が、殺気の籠った鋭い眼で私を睨みつけていた。それを見下しながらにたりと口元に弧を描いてみせる。三輪のそれ、凶悪な視線と言い悪人面といい、これではどちらが悪役かわからなさそうだ。彼の周りを漂うふわふわと光を放つ無数の弾、それは紛れもなく私が放ったものだった。
「やだなあ、三輪君……ここは日本だよ?」
白髪の少年が言葉と同時に起動させたトリガーからは、どういう仕組みなのか三輪が発した鉛弾と同じものが飛び出した。“これでやれる”確信して飛びかかっていた2人は、予想だもしないその攻撃を避けることができなかったのだ。鉛だらけの状態で地に張り付けになったまま微かに身動ぎする2人に、線路の大きめな砂利が無機質な音を立てた。
「……だからなんだ」
「線路で遊んじゃダメですよ?」
「……何を言っている」
そう言えば、その眼光は一層憎悪を抱いているような色を濃くする。しかし鉛弾を体中に受けてしまった三輪は、為す術なく地に伏せているままだ。そのせいで怖さも心無しか弱い。念の為と降りてきて姿を現してしまったものの、どうやらこの様子では私の出る幕などなかったようだ。
「線路は電車が来るから危ないの」
「ふざけているのか」
「……ごめんなさい」
絶対これ嫌われる。あまりの威圧さに思わず折れて謝ってしまえば、米屋が寝ながら「謝るんかい」と叫んでいる。だって怒るのも無理はない。廃駅であるここに電車が来ることないなんて、普通に考えたら誰だってわかる事だ。こうなると分かってはいたのだが、煽るような言い方をせずにはいられなかったのだ。売り言葉を買ってしまう菊地原に鍛えられたこの癖は、なんせそう簡単に治らないのである。
「……誰だ?」
「久しぶりだね、白髪君。中学校で会った以来かな」
隣に突如現れた私に、すかさず白髪の少年は飛んで距離をとる。そりゃそうだ、私だってボーダーだもんな。分かってはいたのだが、実際避けられると心に刺さるものである。見た目が幼いショタなものだから尚更。
「あ……あの時の」
「おおー覚えてた?」
「コソコソしてた、不審者みたいな人」
「あ゛?」
年下中学生相手に、思わずどすの効いた低い声を出してしまい、ハッと口に蓋をする。しかし、目前の少年はそんなこと気にもしていないといった様子で「なるほど、どおりで見覚えがあるわけだ」と手を打った。その姿、なんだか呑気である。
「叶先輩!」
「やっほ、三雲君。元気そうでなにより」
「どうしてここに……」
メガネ君の横には、見慣れない小さな少女が立っていた。くりくりとした優しそうな垂れ気味の目がものすごい可愛らしい少女。まさか、三雲君の彼女だろうか。あの眼鏡、大人しそうな顔して中々やりよる。
「迅についてきたの」
私の登場に驚いたのかメガネの奥の瞳をまん丸くしている三雲君。そういえばさっき誰かに焦って電話していた相手は迅だったのだろうか?こんな時に彼が頼れるとしたら奴しかいない。なら、もうじき現れるのだろうか。
「ほう…迅さんの手下か。なら安心だな」
「手下じゃないです。むしろセンパイ」
「そうなのか、これはこれは失礼を」
睨みつけてみるが、彼は飄々とした様子で陽介の槍を拾いに行き、興味深そうにいじくりはじめる。「穂先が自由に変形できるのか、だからギリギリで避けても当たったんだな」そう言って見つめ続ける姿はどこか幼子のように見えた。そっと三雲くんに歩み寄りながら少年を観察する。あの飄々とした感じと言い、何食わぬ顔で失礼なこと言ってくる感じ。なんだ、物凄い生意気な後輩って感じがすごいぞ。思ってたネイバーと違う。
「生緒さんどうして僕たちを……」
「助けてはないよ」
「え?」
「2人をやったのはあの子で、私の出る幕なかったや」
あはは〜と呑気に笑う。流石ネイバー産のトリガー、強いのはなんとなくわかっていたがまさか相手の攻撃をコピーして使えてしまうなんて。普通のトリガーにしては随分とチート級である。それでも何かが突っかかっているのか、何か言いたそうにしているメガネ君。彼が本当は何が聞きたかったか、なんとなく見当はついている。
「迅が言ってたでしょ」
そう言うことです。胸を張って言い切る。今の私が言えるのはそれだけである。確かに彼が不思議がるように私には彼らを助ける義理は今のところないのだが、迅が言うのだ。これから、私は彼らを助ける、助けようと思う理由が絶対にあるのだ。もし本当に危険なのであれば手を貸すぐらいはしようと思った。全く必要なかったけど。今はきっとこれでいいんだ。
「それに、私の勘も言ってるしね」
「…わかりました」
「うん」
察してくれたのか、穏やかな笑顔で微笑んでくれたメガネ君。喉まで出かかった台詞に耐えきれずに「多分」と言ってしまえば、「え?」と素っ頓狂な声が聞こえたが気にしない。
「さて、じゃあ話し合いしようか」
いつの間にか三輪を元へ移動していた白頭はへらりと笑って三輪を見下ろしながら呟く。その姿に背筋がなぜかヒヤリとした。彼の姿に肉食獣が獲物を目前にした強者の余裕のようなものを感じ取ったのだ。戦闘中、彼の動きに攻撃性を感じられなかったのは、元からこういう展開をご首謀だったというわけか。あの子、見かけ以上に相当強くて戦闘慣れしているのかもしれない。
「やっぱり、迅さんの……」
「俺の言った通りだっただろ」
「あ、迅」
「生緒、俺のこと信じてくれてたんだなあ」
奈良坂と古寺がその背後を大人しく付いて来ている。なるほど、警戒していた狙撃がいつまで経っても来ないと思ったら、迅が止めていたからか。呑気に考えているうちに、ぐいぐいと距離を縮めてくる迅。あれこれ、抱きしめにかかっているな。そう察した時には手遅れで、突然身体を引き寄せられ思わずひぃっと小さな悲鳴をこぼす。
「最近どうもツンケンしてて嫌われたかと思ってたら、なんだお前ツンデレだったのか」
「ちょっと、まじ離して」
「迅さん嬉しくて小躍りしそう」
「勝手に踊れ、あの世でな」
顔を固い胸板に押し付けられる。逃げようにも頭に回った手のせいで逃げられない。しかしなんだろう、大人数の前でこんなことされて、慌てふためいて顔を赤くするのが普通なはずなのに、妙に頭の中が冷静というか、落ち着いている。即座にメテオラを起動して私と迅の周りに出現させれば、それを察してパッと迅が離れる。
「じ…迅さん」
「どもども」
引いているのか、救世主の登場が嬉しいのか、複雑な感情が入り混じった声でメガネ君が迅を呼ぶ。
「ビルの屋上でレプリカ先生とばったり会っちゃってさ」
せっかくだから来てみた。そんな迅を横目に見つめる。レプリカ先生とは、まさかその横の黒い浮遊物体のことだろうか。ふわふわと浮いている巨大黒豆に笑いかける迅を見ている限りそうなんだろうな。こうなるのどうせ視えてたくせに、わざと白を切っている迅に、ひたすら冷たい視線を送り続けていた。