haco

暗黒の帰還

変わりない日になるはずだった。私にとって日常とはシュリルだ。
あの事件以降、一緒に住み始めてもう何年にもなる。
食事など買い出しを含め任せきりになっていた。
今日はカレーライスだと、シュリルはいつもの屈託のない笑顔で私に告げ、いつものように出かけて行った。
しかし、その彼女はいつものようには戻ってこなかった。こんなことは、初めてだ。
不安と焦り、そして予感。
そう、そうだ、これは喪失の予感だ。この感覚を私は知っている。
あの時、あの星の戦士と対峙した、あの時と同じだ。
衝動のままに剣を手に取り、扉をあけ放ち、それを見た。

そう、変わりない日になるはずだったのだ。

だが、予感は、5足の異形の鉄塊となって空から飛来した。
それは、プププランド全域へと鈍く暗い影を落とし、飲み込もうとしている。
球状の鉄塊から伸びたそれら5足は、降り立つと、地鳴りと共に大地へと食いついた。
強い揺れに、思わず大勢を崩していれば、近くへと突き立ったそこが目に入る。
「なんだあれは…」
浸食、とそういうのが正しいのか、緑鮮やかだった地面が、
無機質な金属、否、あれは機械だ。見慣れたプププランドは、歪な機械へと塗り替えられていく。
その様を見ていれば、不安は確信めいたものへと移り変わる。
シュリル…?まさか…。
浸食はとどまる所を知らず、広がり続けている。確かな悪意を伴って、だ。
まさか、まさか、胸中で繰り返しながら急ぎ上空へと高度をあげ、
ダークマターたる象徴、その目をもって砂漠に落ちた針を探す思いで細心の注意を払う。
だが、見つからない。
行かねば、何処へ?何処であろうとだ!

緑に覆われた機械の平野を行く。
表面上は見慣れた緑に見えるが、まがい物の群ればかりだ。
道をふさぐ者たちを切り伏せるのにためらいを持つ必要すら感じない。
視界に、忌々しいあの足が目に入る。
五本のうち、その一つがこの近くに突き立っていた。
私の目的はあくまでも、シュリルを守ることだ。
しかし、彼女を守る、というのは彼女の世界を守ることをも内包する。
たとえ彼女が無事であろうと、彼女の日常を脅かすものを許す理由はない。
ならば
「…斬るのみだ」
言葉をただ現実のものにしていく。
機械と一体化を果たしてしまった哀れなウィスピーウッズの猛攻をねじ伏せ、そのまま足の一つを切り落とす。
轟音と爆炎を伴って崩れていくそれを見下せば、あたり一帯の機能が止まっていくのが見て取れた。
「…狼煙は上げた。おのずとねずみも炙りだされるだろう」
ここにもシュリルはいなかった。先を急ぐべきだ。
次の火を放とう。幸い、狙う先は明確だ。

二つ目の足の元を行く。豪奢な見てくれの建造物が立ち並ぶ、賭博にまみれた街だ。
見かけの美しさに意味などない。
彼女はそれを好むまい。望むはずもない。
行く手を阻む電子の幻影の群れを切り伏せる。
形ばかりを模造した出来損ないなど、私の敵にすら成りえない。
「…これで二つ」
足を切り落とせば、この街も息を止めた。この街にも彼女はいなかった。

三つ目、海辺の施設。この星の水資源を搾取しているようだ。
彼女は海が好きだった。
その景色を奪うのならば容赦はしない。たとえ一滴であろうとだ。
「そこまでにしていただきましょうか。ゲンジュウ民はやはりヤバンですわね」
飽きれるような女の声が聞こえた。
「現れたな、ねずみ」
「人聞きの悪い言い方はやめてくださいます?
 私は、ハルトマンワークスカンパニー秘書、スージー。以後お見知りおきを」
「断る。答えろシュリルは何処だ」
「シュリル?さて、どこかで聞いたような聞かないような…ふふ」
「すぐに話したくしてやる」
「まるでケモノですわね。では、ケモノらしく、駆除されてくださいな…!」
やっと指先がシュリルに届いた。彼女を害する者に切っ先が届いた。
目前に、スージーと名乗った女の呼び出した機械が備えた鉄腕が迫っているというのに、
私の心は、反して静かに暗く沈んでいく。
懐かしいとさえ思う感触。それが刃に雷となって宿っていくのを確かに感じた。
殺意が、一閃の黒い雷光となって放たれる。
「キャアアア!」
悲鳴と共に機体が黒煙を上げ、横一文字に寸断されて崩れ落ちるのをひどく冷め切った感情のまま私は見ていた。
「笑止」
「くぅっ、その力…ゲンジュウ民のモノではありませんわね…?!」
「聞いているのは私だ。答えろ」
倒れ伏す女に刃を突きつけると、自ら出た声にひどく淀んだものを感じる。
「…知りませんわね」
「ではここで死ね」
振りかざすその瞬間、脳裏に彼女の姿がよぎり、手が、止まる。
「詰めが甘いようですわね」
降ってきた笑い声に、は、と気づいたとき、女は空へと逃げた後だった。
「あなたのその力、興味が湧きましたわ。いいものが見れた謝礼に一つだけ教えて差し上げましょう。社長が目をかけ連れ込んだた女が…そんな名前だったかもしれませんわね。では、ごきげんよう」
笑い声のみを残して飛びさった女を、追うこともできた。
しかし、私がそれをしなかったのは、よぎった彼女の姿ゆえだ。
止められた、と、そう感じたのだ。
彼女は…、今の私の姿を、望みはしない、だろうか。
だとしても、私は、私は…行く。行かねば…。

4つ目、渇いた海、砂漠を行く。
ひどく乾く。肌や空気、がではない。
渇望だ。飽くなき渇望が、今私を蝕んでいる。
そうだ、彼女を、救い出せばすべてが潤う。満たされるはずだ。
そうして来たのだ。ならばそうして行くために、剣をふるうのは間違いではないはずだ。
心のない刃を振りかざし、邪魔する者をただことごとく切り崩した。
気づけば工場の中へと差し掛かる。
ここを破壊すれば、奴らの喉元へとまた一歩近づくことができるだろう。
動く者は斬る。形ある物は破壊する。
最奥、たどり着いたそこで待つものがいた。
「…騎士卿」
漏れた声に、物のように置かれうなだれていた彼に、怪しい光が宿る。
否、彼の意思ではない。あれもまた機械に生み出された者だ。
「このような形で剣を交えたくはなかったな」
剣戟、刃と刃の擦れ、打ち合う無機質な音が、何度となく交わされる。
苦し紛れに合間を縫って打ち出される誘導弾を切り払い、爆炎の向こうにその姿を見る。
誇り高き騎士の姿はそこにはなく、ただ動くだけの人形がいた。
ああ、そうか、私も、同じではないか。
刹那を見切り、3連撃を見舞う。
仮面、そして両翼。彼を縛っているであろう愚かな機械のくびきのみを切り落とす。
動かなくなった彼が目を覚ますのも待たず、ただ私は行く。
足を斬り潰した私の口からは、渇いた自嘲がかすれて漏れた。

5つ目、まがい物の大都市、光すら偽物の街を行く。
夜の街並みが下卑た電飾で着ぶくれている。
でたらめにそびえたビル群の向こうで彼女が私を待っている。
待っていてくれているはずだ。
立ち並ぶ鉄壁の群れ、やかましく音を立てる機械、こちらを照らし出そうとする証明。
その全てを斬り、壊し、砕き、闇色へと還しながら私は進む。
感覚を狂わせるこの街の何もかもが煩わしい。
憎悪にすら近い感情を振り回しながら行けば、この街に似合いの者が道を塞いできた。
大王、その複製だ。
数は3。歪に揺れ、ただ敵意だけをこちらに向けてくる。
ああ、もうたくさんだ。
心が黒く染まっていく。思い出を塗りつぶすように。
どこまでも黒く、暗く、深く。
悲鳴のように降り下される剣の一撃一撃が、湿り、裂く音を生み出し、己が敵を、ただの蠢く水たまりへと変えていく。
私はそれを、どこか遠くから、ただ見つめていた。
5つ目。街に横たわるように落ちていくそれをさした興味もなく見捨て、私は行った。
…ただ倒すべき敵を探して。


暗黒の帰還



2020.10.25 次人推敲作成

/lain0x2/novel/1/?index=1
since,2011.01.01~2020.01.01 / 野箱