03

 監督生は腕にグリムを抱え、草陰からジェイドとトレイを見守っていた。予定外のことに監督生は焦りと不安から動悸がする。腕の中にいるグリムもさすがにジェイドの様子が気になるのか息を殺してじっとしていた。
 本当はジェイドと合流し、ジェイドにトレイを呼び出してもらい、その間に監督生たちが物陰に隠れ、ジェイドがラブレターを渡すのを見守るはずだった。しかしジェイドと監督生たちの待ち合わせ場所にトレイが現れて、ジェイドを呼び止めた。それを見ていた監督生はとっさにグリムと一緒に草陰に隠れて今にいたる。

「すごい・・・・・・ジェイド先輩みるからに動揺してる」
「ふな・・・・・・あいつ焦りすぎなんだゾ」

 ジェイドとトレイの会話は聞こえてこない。トレイはしばらく会話した後、おもむろに封筒を取り出した。おそらく手紙の返事を渡すためにジェイドに声をかけたんだろう。
 トレイから差し出された手紙を受け取り、ジェイドは意を決したのかポケットからクローバー型の折り紙を取り出した。昼間に監督生たちに見せたものだ。

「あぁ〜!頑張れ・・・・・・!」
「ふなぁ・・・・・・」

 監督生とグリムは抱き合いジェイドの様子を見守る。ジェイドは少し離れた場所からでもわかるほど顔を真っ赤にしていた。
 ジェイドが差し出した三つ葉のクローバーをトレイは不思議そうに見つめた後、そっと受け取った。照れ笑いを見せるトレイにジェイドは心底ほっとしたように笑い、一言二言話して逃げるようにその場を離れる。トレイも少しだけ手元のクローバーを眺めた後、そこからいなくなった。
 トレイがいなくなって少し後、監督生とグリムも茂みから飛び出しジェイドが駆けていった方へ向かう。結局、ジェイドを探してたどり着いたのはオンボロ寮の前だった。

「監督生さん!グリムくん!」

 寮のドアの前で監督生たちの存在に気がついたジェイドは興奮した様子で監督生たちに駆け寄ってきた。

「よかった、ゴーストさんたちからまだお二人が帰ってきていないと聞いて・・・・・・待ち合わせに行かずすみませんでした」
「いえいえ!見てましたよ!トレイ先輩に渡せましたね!」

 監督生の言葉にジェイドはほんのり頬を染めて微笑んだ。グリムにあんな姿は見たことなかったと茶化されても照れくさそうに笑うだけだ。それだけ嬉しいのだろうと監督生まで嬉しくなってくる。

「あとは返事を待つだけですね!」

 何も考えていなかった。いや、ジェイドがトレイに振られることなんて考えもしなかった監督生の言葉にジェイドが固まる。嬉しそうだった笑顔がみるみるうちに悲壮感溢れる不安顔になった。

「返事・・・・・・」

 監督生とグリムは顔を見合わせた。

「前も言いましたけど大丈夫ですって!トレイ先輩が断るわけないですよ!」
「お前ずっとここにいるわけじゃねーだろうな?メイワクなんだゾ」
「ちょっとグリム!」

 慌てて監督生はグリムの口を塞ぎ、何の反応も示さないジェイドをどうにか励まそうとあれこれ言葉をかける。それでもジェイドはうつむき続け、ついにはみかねたオンボロ寮のゴーストたちも巻き込んでジェイドを勇気づけた。ジェイドが自寮へ帰る頃にはその場の全員が疲労困憊していた。


・・・


 ジェイドがトレイにラブレターを渡して数日後、オンボロ寮の前にジェイドが佇んでいた。

「あいつ何してるんだゾ?」
「なんだろう?約束とかしてないよね?」

 監督生はとにかく何事かと駆け寄る。今日は何も約束はしていなかったよなと確認するように記憶をたどったが、やはり会う約束をした記憶はない。

「ジェイド先輩どうしました?」
「ないんです」
「え?」
「トレイさんから返事がないんです」

 ひゅっと息を飲んだのは監督生だった。ジェイドは見るからに落ち込んでいて、グリムも心配するほどだった。
 トレイから返事がないことは監督生にとってかなり予想外のことだった。絶対に両想いだと思っていたし、どちらかが告白すれば絶対に付き合うだろうと思っていた。それなのに、トレイから告白への返事が来ない。自分の思い込みでジェイドを焚き付け、傷つけてしまったかと監督生は焦った。

「でも今日トレイと話してるのオレ様見たんだゾ。その時もらってねーのか?」
「いただいていません」
「返事はないけど、話はするってこと?どうして」
「わかりません」

 三人で途方にくれる。トレイが何を考えているのか想像もつかない。もしトレイがジェイドのことを好きではなくて告白を断るにしてもさすがに角が立たないように、でも期待を持たせないように断るんじゃないか。無視はしないだろう。
 仕方なく、監督生はもうこうするしかないと口を開いた。

「自分がそれとなくトレイ先輩に聞いてきましょうか。どこまで聞き出せるかわかりませんけど」
「本当ですか」

 ジェイドの目が輝いた。監督生は一瞬ためらい、ぎこちなくも頷く。そしてとっさに「グリムと一緒に」と付け加えた。グリムからは不満の声が上がったが無視する。

「明日聞いてきます」
「オレ様行くなんて言ってねーんだゾ!」
「よろしくお願いします」
「おい!聞くんだゾ!」

 監督生は少しだけ不安を感じながら、帰っていくジェイドを見送る。明日、どうやってトレイに話しかけようか。ふぅ、と無意識にため息を吐いていた。


・・・


 放課後を迎え、監督生はジェイドと約束した通りトレイから話を聞こうとトレイを探していた。監督生の腕の中にいるグリムはまだ文句を言っていたものの、それ以外は大人しくしている。

「トレイ先輩もう寮に戻っちゃったかな・・・・・・」
「だから最初からエースに頼めばよかったんだゾ」
「そりゃ頼もうとしたけどさぁ、すぐ断られたから・・・・・・」

 ハーツラビュル寮まで行くか、今からもう一度エースに頼んでトレイだけどこかに呼び出してもらうか。その前に最後に植物園に行ってみようと廊下を歩いていく。

「監督生!」
「あれ、トレイ先輩!」

 探していた人物が廊下の前方から現れ、監督生はつい手を振って応えた。トレイは小走りで監督生の前まで来ると「見つかってよかった」と胸をなでおろす。
 よくよく考えればトレイが監督生を探して理由がわからない。見つかってよかったと喜んだのも束の間で、疑問が膨らんだ。

「トレイ先輩どうしたんですか?自分のこと探してました?」
「ああ、探してた。その・・・・・・」

 言いにくいことなのかトレイは「あ〜」と言い淀んだ。監督生はよけいにわけがわからなくなり、首をかしげる。

「早く言うんだゾ」
「悪い悪い」

 グリムに急かされ、トレイは苦笑しながら頭をかいた。それからどこか照れくさそうに視線を監督生から外しながら話し始める。

「最近ジェイドとよく一緒にいるだろう?」
「そう、ですね」
「折り紙を監督生から教わったって聞いて」
「三つ葉のクローバーですよね!?」

 つい大声になってしまったが、トレイはそれだ!と言いたげに何度も頷く。監督生はどうやって聞き出すか悩んでいたが向こうから聞いてくれてよかったと歓喜していた。

「自分も一緒に練習したんですよ」
「オマエ、それジェイドからもらったんだゾ?」
「ああ、もらったよ。俺が聞きたかったのは手紙のことなんだ。ジェイドから何か聞いてないかと思ってな」
「文通しているっていう、その手紙ですか?」
「それだ」

 最初の照れはすでにトレイから無くなっており、どこか必死なようにも見える。監督生はトレイの勢いに押されタジタジになりながら頭をフル回転させた。
 監督生がトレイたちが文通していた姿を見たのは数日前が最後だ。ジェイドがラブレターを渡した日、先にトレイがジェイドに手紙を渡していた。それ以降文通の瞬間を見ていない。

「手紙がどうしたんですか?」
「その、ジェイドから返事がなくてな。何か気に触ることを書いたんじゃないかって思ったんだ」
「トレイ先輩が?」

 ジェイドからも返事が来ないと聞いている。お互いに返事がないと思っているなんて変な状況だなと監督生は眉を潜めた。

「オマエがジェイドに返事してねーんだゾ!」
「え?」

 グリムの不満げな声にトレイは驚いていたが、監督生はハッとした。あの折り紙がジェイドからの手紙だと思われていないならトレイはジェイドから手紙がないと思うだろう。逆にジェイドはすでにトレイに手紙を渡した気になっている。

「いや俺はもらってなんだが・・・・・・」
「トレイ先輩!あのクローバー、手紙なんです!」
「え?」

 再びトレイは驚き、目を見開いた。ジェイドがなんと言ってトレイに渡したか会話まで聞こえなかったが、見ていた様子からして言葉足らずになっていた可能性は大いにある。現にトレイはあれを手紙だとは思っていなかったらしい。

「あの、自分が折り紙を手紙にしたらどうかって言ったんです。すみません」
「いいや。教えてくれてありがとうな。あれを開くのはもったいないが確認してみるよ」

 トレイは監督生とグリムに礼を言い、廊下を走っていく。監督生はどうにか進展がありそうだと安心して足取り軽く寮へ戻った。

「また寮の前にジェイドがいるんだゾ・・・・・・」
「ほんとだね・・・・・・」

 遠目からでもわかるその姿に監督生は軽かった足がだんだん重くなっていく。トレイとのいざこざは解決したはずだが他に何かあったのだろうか。

「ジェイド先輩どうしました?」

 これ昨日も同じように質問したよな、と監督生は既視感を覚えた。ジェイドも昨日と同じように落ち込んだ様子だ。

「何かあったわけではないのですが・・・・・・トレイさんとお話はできましたか?」
「はい、ついさっき。解決すると思いますよ!」
「そうですか!ありがとうございます」
「返事が来るだけでなんて書いてくるかはわかんねーんだゾ」

 明るくなっていたジェイドの顔がわかりやすく陰る。監督生は慌ててグリムの口を塞いだ。

「ちょっとグリム!」
「・・・・・・グリムくんの言う通りです」
「いやいや、前向きに考えましょ!」

 これはまたゴーストたちの力を借りなきゃいけないのか?となんだか泣きたい気持ちに監督生がなり始めた時、誰かがオンボロ寮に走って来るのが視界の隅に見えた。
 そちらに向き直り、目を凝らす。鏡舎の方から駆けてきたのはしばらく前に学園で話したばかりのトレイだった。

「え・・・・・・トレイ先輩」
「トレイさん?」

 監督生の小さな声にもジェイドは素早く反応し、トレイの姿を捉えた。トレイは息を切らしながら監督生とジェイドに近寄ってくる。よくよくその姿を見れば、右手には深緑色の折り紙が握られていた。
 その折り紙はジェイドが三つ葉のクローバーを折ったそれに違いない。中になんと書いてあったのか監督生は知らないが、トレイが慌てて走ってきたからにはすごいラブレターだったんだろう。

「あの自分たちはもう中に入りますね!」

 監督生は抱えたままだったグリムと一緒に素早くオンボロ寮に入り、すぐ横の部屋に飛び込む。その部屋の窓にカーテンを引き、その隙間からジェイドたちを盗み見た。

「苦しいんだゾ!」
「ごめん〜!」

 ようやく監督生の腕から開放されたグリムから文句を言われ謝罪しようと、監督生は窓の外の二人から目を離せなかった。そんな監督生の様子にグリムも気になり始めたのか同じようにカーテンの隙間から外を見る。
 監督生たちが見守る中、トレイとジェイドは何かを話している。ジェイドは監督生たちに背を向けているため表情はわからない。逆にトレイの顔はよく見えた。
 トレイはニコニコと嬉しそうに笑っている。折り紙をジェイドに見せたかと思えば、次はジェイドの手を取り何か聞いている様子だった。

「あいつら何話してるんだゾ?」
「そんなの・・・・・・」

 後ろから見ていてもわかるほどジェイドの耳は赤い。トレイの顔も赤くなっている。
 監督生が固唾を飲んで見守っていると、ジェイドはゆっくりと頷き、トレイは心底幸せそうに笑ってジェイドを抱きしめた。

「・・・・・・告白してるに決まってるじゃん」