02

 監督生とジェイドは約束の通り放課後に待ち合わせをし、オンボロ寮に向かう前に購買部に寄っていくことにした。道すがらに授業で出された課題について相談しているとあっという間にサムのショップに着く。
 扉を開けるといつもと同じようにサムに明るく迎え入れられ、監督生は同時にツナ缶に飛びつこうとするグリムを抑える。ジェイドはそんな二人の横をすり抜け、サムが立っているカウンターに歩み寄った。

「折り紙を探しているのですが」
「もちろん、あるよ!」

 サムは満面の笑みを浮かべながらカウンターに折り紙を並べていく。単色、柄がついたもの、光沢があるものなどいくつかのセットがあるようだった。
 監督生はその中から素早く単色セットを手に取る。さっさと決めなければまたジェイドがキノコ柄がどうのと言い始めるのではないかと心配だった。

「練習もかねますし、これにしておきましょう!」
「そうですね」

 特に不満を言われることもなく監督生はほっと胸をなでおろす。ジェイドがお金を出すのを見ながらお礼を伝え、そろそろ飽きてそうなグリムを連れてショップから出た。
 扉を出てすぐ、監督生は見知った顔に驚き目を見開いた。目の前にいるトレイも驚いた様子で足を止め、監督生とグリムに挨拶する。

「奇遇ですね。どうしたんですか?」
「何か簡単なケーキでも焼こうと思って材料を買いに来たんだ」
「オレ様もケーキ食べたいんだゾ!」

 監督生がそうだねとグリムの言葉に同意したその時、ジェイドがショップから出てきた。その手には折り紙セットが握られている。
 ジェイドもすぐにトレイの存在に気が付き、ぱっと表情を明るくさせた。しかもトレイも嬉しそうに笑ったのを監督生とグリムはしっかりと目撃する。

「トレイさんちょうど良かったです。これを」

 ジェイドは制服のポケットから手紙を取り出し、トレイへ差し出す。トレイはそれを当たり前のように受け取った。
 これがジェイドの言っていた文通かぁと監督生はぼんやり思いながら、この雰囲気なら告白さえすれば上手くいくと確信した。告白なんてしたこともなければされたこともないが、トレイとジェイドの表情からわかる。この二人は両想いだ。
 伝わることはないとわかっていてもジェイドを見つめながら「告白しろ〜」と念じてみる。ジェイドはトレイと話すのに忙しそうで監督生の視線には気がついてもいないみたいだった。

「それじゃあ、また返事待ってます」
「ああ。またな」

 話に区切りがついたらしく監督生はジェイドと一緒にショップへ入っていくトレイを見送った。

「僕の顔に何かついてましたか?」
「あっ、気づいてたんですね」

 ジェイドは微笑んでいるがその笑みから圧を感じで監督生は苦笑した。さすがに視線に気づかなかったわけでなく、トレイとの会話を優先していたようだ。監督生は小さくため息を吐き、オンボロ寮に向かって歩き出す。

「なんかもう手紙とか言わずに告白しちゃえばいいのにって思ったんです」
「それは……」
「面白みに欠けるんですよね。でもほんとにそれだけなんでしょうか?」

 ふと監督生は隣りにいたはずのジェイドがいないことに気づき、後ろを振り返った。ジェイドは少し離れたところで立ち止まっている。

「ジェイド先輩?あの、すみません。変なこと言って……」
「いえ……」
「告白が成功しないとかじゃなくて、どんな方法であれトレイ先輩もジェイド先輩のこと好きそうだからって言いたくて……」

 慌てて監督生はジェイドに近寄り、内容が内容だけに誰かに聞かれないよう小声でそう言った。ジェイドは焦る様子が面白かったのか小さく笑うと「大丈夫ですよ」と小声で返してくる。

「さあ早く行きましょう」

 立ち止まっていたのはジェイドだったが、監督生は何も言わずに歩き出した。


・・・


 監督生とジェイドはゲストルームでさっそく袋から折り紙を何枚か取り出し、何を折るか決めかねていた。グリムは折り紙に興味がないらしくどこかに遊びに行ってしまった。

「わかりやすいのはハートだと思いますが、ありきたりですかね」
「フラミンゴやハリネズミのような動物も折れるんでしょうか」
「ネットで探せばやり方も出てくると思いますけど……難しそうじゃないですか?」

 それに告白の手紙には向いていないだろう。だからと言ってハートは露骨だし、監督生には毎日顔にハートを描いてくる同級生の顔が浮かんでくる。
 監督生がうーんと頭を悩ませていると、ジェイドが何か閃いたのか小さくあっと声を漏らした。

「クローバーにします」
「三つ葉の?」
「はい」

 監督生はジェイドが折り紙の三つ葉をトレイに渡している場面を想像してみた。トレイの反応がいまいちわからず、なんとも言えない。トレイのことだから何を渡しても「ありがとうな」の一言で受け取りそうな気がした。
 だからと言って他の形が思いつくこともなく、トレイが喜びそうな歯関係の物を告白に使うのはちょっとな……という気持ちが勝る。監督生は他に良い案もないし、ジェイドがそうしたいならと頷いた。

「じゃあ三つ葉でやってみましょう!自分も折り方知らないので調べましょうか」

 スマホで検索してみるといくつかの検索結果が表示された。その中に解説動画付きの物を見つけ、それを見ながら折ることになった。監督生とジェイドはそぞれ好きな色の折り紙を手に取り、小さなスマホの画面を見つめる。

「待ってください。今のところ戻していいですか?」
「ん?あれ?違うとこ折った……?」
「監督生さん、ここわかりますか?」
「え、ジェイド先輩なんでそこわかるんですか?」

 元々折れるレパートリーが少なく久々に折り紙に触った監督生と、完全に折り紙初心者のジェイドのクローバーは一つ折るのにそこそこの労力が必要だった。どうにか出来上がったクローバーを二人で並べてみてもどこか歪でまだまだキレイな形とは言えない。

「ジェイド先輩、もう一回やりましょう」
「はい」

 監督生とジェイドは再び折り紙に手を伸ばす。こうして黙々とクローバーを折り続け、すっかり外が暗くなりグリムが寮に帰ってくるまで二人で折り紙に没頭していた。
 グリムの声にはっとした監督生は机の上に並べられたクローバーの数を見て、どうしてこんなに熱中してしまったのかと自分でも不思議だった。けれど作られたクローバーがだんだんと上手くなっているのがよくわかり達成感もある。それにジェイドと並んで折り紙をするなんて想像もしていなかったことをして楽しかった。

「ジェイド先輩の作ったやつめちゃくちゃキレイですね!」
「それならいいのですが」

 照れているのかはよくわからないが自信がなさそうなジェイドに監督生は力強く頷いて見せた。そしてジェイドが作ったクローバーを手に取り、グリムの目の前に差し出して見せつけた。

「ね、グリムもキレイだと思うでしょ?」
「そんなことよりオレ様は腹が減ったんだゾ」
「も〜ちゃんと見てよ」

 どこまでも折り紙に興味がなさそうなグリムに監督生は肩を落とす。それを見かねたのか、オンボロ寮に住み着いているゴーストたちがどこからか現れ、出来栄えを口々に褒めてくれた。
 ほらね!という気持ちを込めてジェイドを振り返ると、ジェイドは何か言いたげに監督生たちを見ていた。しかしジェイドは折り紙については何も言わずに「遅くまですみませんでした」と言って帰り支度を始める。それを見て監督生も折り紙をゲストルームに置かれている棚の空いている場所にしまった。

「監督生さん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったですよ!ありがとうございます!」
「それではお邪魔いたしました」

 それだけ言ってドアから出て行こうとするジェイドを監督生は慌てて呼び止めた。ジェイドは不思議そうにしながらも足を止めた。

「なんて書くのか決めてくださいね。ジェイド先輩が嫌でなければ自分が相談にのりますし」

 ジェイドは肝心のメッセージについて忘れていたらしく監督生の言葉に軽く目を見開いた。もしかしたら余計なお世話なことを言ったからそれに驚かれているのかもしれない。それに思い至った監督生はすぐに謝った。

「内容を見せろとかって訳じゃなくて・・・・・・!」
「わかっていますよ。ただ手紙を書くことを失念していて」

 照れたように笑ったジェイドは「考えておきます」と言って今度こそオンボロ寮から帰っていった。

「ジェイドやつ、なんか元気なかったんだゾ」

 いつの間にか監督生の足下にいたグリムがぼやく。そうだっただろうかと監督生は思い返してみてもよくわからない。

「明日話してみよっか。それよりグリム、まだ課題終わってないけど」
「げっ」

 監督生は嫌がるグリムを抱え上げ、部屋に戻った。


・・・


「監督生さん、グリムくん」

 廊下で呼び止められた監督生とグリムは足を止めた。二人を呼び止めたのはジェイドだ。一年の教室が並ぶ廊下、しかも良くも悪くも学園内で有名なジェイドは目立っている。
 監督生と並んで歩いていたエースとデュースはジェイドの姿を確認するとそそくさと行ってしまい、仕方なく監督生は小走りで廊下の隅に立つジェイドに近寄った。ジェイドは眉をさげ、滅多にみないような不安げな表情をしている。

「どうしたんですか?」
「オレ様たちこれから昼飯なんだゾ」
「すみません、すぐ済みますので。これを見ていただけますか?」

 ジェイドが差し出してきたのは綺麗な深緑色の折り紙で折られた三つ葉のクローバーだった。昨日練習で折った物のどれよりも上手く出来ている。

「これもしかして中にメッセージ書いたんですか?」

 思わず感嘆の声を上げそうになったのを抑え、監督生は周りに話が聞こえないよう小声で確認する。ジェイドは眉を下げたまま黙って頷いた。

「すごくいいと思います!後は渡すだけですね」
「中も見てください」
「え、せっかくキレイに折れてるのに開くなんてもったいないです」
「昨日相談に乗ると言ってくださいましたよね?」

 すっと真顔になったジェイドに監督生は怯んだ。つまらなそうにしていたグリムもこれには監督生の足に抱きついてくる。

「いやでも、やっぱり中身を見るわけにはいきませんよ。それはトレイ先輩に見せないと」

 ジェイドは悲壮感溢れる表情で肩を落とした。あのオクタヴィネル副寮長もこんな表情をするのか。監督生は内心かなり驚きつつも、手元のクローバーに目を落としたまま動かなくなってしまったジェイドを見つめる。

「・・・・・・渡すときに見守るくらいなら自分にも出来ると思います」

 悲しげなジェイドを見ていられず監督生はそう言った。ゆっくりと視線を監督生に向けたジェイドの表情はまだ晴れない。

「わかりました。では放課後、また来ます」
「は、はい」

 嫌とは言わせないと言わんばかりの眼力に監督生は何度も頷き、グリムは監督生にしがみ付く力を強める。こうして監督生たちは今日の放課後もジェイドと会う約束を取り付けられた。