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蝮は夜明けの夢を視るか

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「――――さて涙香君、状況を説明してくれるかな?」

ニッコリ、そんな表情で黒岩を見詰めるのは、少しばかり草臥れた白衣を羽織り、長めの黒髪を無造作に流し………絶妙な不精髭が印象的なポートマフィアが首領、

『説明もなにも…貴方が僕を呼んだのでしょう森さん…、ああ、ほらエリス嬢…』

……そう、泣く子も?黙る……はずの、森鴎外である。

「ん〜、涙香が拭いて!」
『ふふ…承知しました、プリンセス』

あんぐりと口を開け、此方を見詰める森を他所に。
確かに一般的にもおやつ時である。山程のケーキに埋もれ美味しそうに口に運びつつ。ふくふくで桃色の頬を突き出す少女に微笑み、黒岩はナプキンを持ち、こしこし、と指先で優しくホイップクリームを拭った。

「きゃーっ!ふふふ!すてき!」
「……、…………、ははは…私の愛しのエリスちゃん…」

黒岩にベッタリでハートの光線を投げ掛け続けるエリスをみる森の顔は、首領とは?と言うレベルで情けないものである。

『エリス嬢、首領のご機嫌を損ねてしまいますよ』
「えー?そんなのいいのに!涙香はリンタロウに優しすぎ!」
『そんなことは……』

エリスはビシッ、と人さし指を黒岩に向けてプリプリした様子を隠さず指摘する。蚊帳の外にされている森をチラリと盗み見て黒岩が困った風に微笑んだ。

「んーっ!でもそんな困った顔もキレイで大好きよ!ふふふ!」
『光栄です、プリンセス』

エリスが堪らない!とばかりに黒岩に抱き付けば黒岩は優しく少女を受け止める。そして其れを目の前で見ていることしかできない森は、

「あああああ…私の………えりしゅ…ちゃ………」

目で滝を表現し、足元には湖を作らざるを得ないと言うのがこの森の、そして三者の会合の……最早通例であった。




――――――――




「其れで、涙香君。最近此方には余り来なくなったね」

先程までの情けない姿はみる影もなく。森は、エリスを別室で遊ばせる事として退室させた。空間が黒岩と二人きりになった後、穏やかな口調で切り出す。

『そんな積もりはないのですが…』
「他の依頼が忙しい……かな?」

黒岩は、テーブルを挟んで腰掛ける森の瞳に鋭利な光を僅かに見つけた。

『確かに虎の一件もあり彼方方面の依頼が続きましたが……森さんに直接ご返答をする依頼が此処のところ無かった事も一因かと、』
「ふうん……」

余り良い方向に話が向かっていないことを犇々と体感し、黒岩は手元の珈琲入りのカップアンドソーサーを指先で何度か撫でる。思考を落ち着かせるため一口、珈琲を口に運んだ。扨、どうしたものか。僅かな沈黙の中、逡巡する、が。

「ま!それもそうだよねえ。あーんまり此処に出入りすると他の仕事遣りにくくなっちゃうもんね?」

森は、恐ろしい程快活にそう切り返したのだった。

『え……ええ、』
「哀しいことに涙香君は私の部下じゃあないし、ね」

森は、そう言うと静かに立ち上がる。テーブルを向こう岸からゆっくりと黒岩側へと歩みを進めている。

「ねえ、涙香君。私はね、いつでも君をこのポートマフィアに縛り付けることが出来ると思うんだ。例えば―――内輪揉めの内情を掴め、とか、将又エリスちゃんのシッターをしろとかね?」

僅かに棘を仕込ませた言葉や視線を、黒岩は如何にした物かと思いつつ、気を緩ませるために小さく息を吐く。

「方法はたくさんあるね……、そうすれば私だけでなくうちの部下の大半の喜ぶ顔が見られる。エリスちゃんは勿論―――ほら、中原くんとか、ね?」

ピクリ、黒岩は自身の指先が嗤ったのを感じた。恐らくは、知られているのだと理解に直結したからである。中原との遊戯のような関係を。

「ん?何か思うところがあったかな?」

森は、直ぐ隣まで来ると、そのヒヤリとした手で黒岩の顎に触れ持ち上げる。黒岩は怪訝な表情を浮かべながら、森に視線を向けた。

『森、さ……』

言葉は続けられること叶わず、森の薄い唇に覆われてしまう。性急な口付けと共に慣れた手付きでソファに倒され縫い止められるとシャツを掴み胸元を開かれた。

「相変わらず美しいね」

森と触れ合うのは初めてではない。行為自体は嫌いでない黒岩は、嫌とも思っていないが、仕事の関係上断れないこともあり頻度は低いながらも二人の付き合いは長いため、幾度となく繰り返されている。森は、かなりの時間をかけて黒岩の素肌をゆっくりと撫でたり口づけたりするため翌日身体が使い物にならなくなり勝ちなのが難点である。

「美しいね」
『……っ、ぁ先生』
「はは、良い子だね」

愉悦至極と森は笑い、黒岩の身体は暴かれていった。




――――――

気を失い、そのままソファで眠りについた黒岩。森は、その黒髪をゆるりとかき混ぜる。中原に嫉妬したとでも云うのか、と自嘲する。元より黒岩が未だ思い続けているのはあの未来を読んだ元ポートマフィア構成員であることは知っていたのに。
細い体躯を抱き上げ、自室のベッドへ運ぼうかと思い至った瞬間、

「ああ……、私としたことが、大人げなかったなあ…」

まあ先手と云うことで、等と小さく吐き出された言葉は、首領室の扉をノックする音と、ポートマフィア一の戦力とも言える黒衣の青年の声に掻き消された。

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