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蝮は夜明けの夢を視るか

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ドオオオオオン―――

『おやおや早速だなあ…広津さんも相当派手好きだねえ』

探偵社を出て30分程だろうか。買い物を済ませていると比較的近くで、爆発音。

『さて…中島君はどんな行動に出るかな?』

野菜売り場で両手に真っ赤なトマトを持ちのんびりと品定めをしている黒岩は、非常に愉快だとばかりに口の端をつり上げながら呟いた。



――――――



カツン、カツン、カツン…
鉄の階段を下りる音がする。

両手にギリギリ抱えられるほど積み重なった書類を運ぶ国木田は、探偵社脇の鉄階段で何故か風呂敷を背負う中島敦に出会う。

「こんな所に居ったか小僧。お前の所為で大わらわだ」

そう声をかけるものの中島は俯いたまま答えようとしない。

「手を貸せ、こいつを――――おい?」

眉を寄せ畳み掛けるも中島は沈黙を保ったまま、国木田を通り過ぎ……ピタ、と立ち止まる。瞬間、振り返った中島は涙を耐えるような、なんとも言えない表情で言った。

「…………心配いりません。これでもう探偵社は安全です」
「………はあ?」

然も馬鹿馬鹿しいと言った表情で国木田は答えたが、中島は振りきるように急に走り出し――国木田の視界から消えた。

「何だって言うんだ…黒岩と言い小僧と言い…」

先程黒岩に言われた"理想に固執するな"という言葉が過り、怪訝な顔をどうにも戻すことができず、国木田はひとつ嘆息してから手元の荷物を運ぶため動き出す。

「はぁ、」
「あ!お疲れ様です、国木田さん」
「捗ったかい」
「ああ…賢治、乱歩さん」

作業が終わり事務所に戻れば、呑気に駄菓子を貪る乱歩と、花畑でも作り出しそうな笑顔で過ごす賢治。

「おや終わったのかい?じゃあ新しく茶でも淹れてやろうじゃないの」

トレーにお茶を三個乗せて現れた与謝野は、国木田を見るなりそう言った。

「いえ、お構い無く、与謝野先生」

こんな普段のやり取りが続くかに思えたのも束の間。突如――――

バンッ―――――――

「「!!?」」

探偵社事務所の扉が破壊され、黒装束にサングラスの男達……そして、

「何ッ……」
「失礼。探偵社なのに事前予約を忘れていたな。…それから、ノックも」

―――ポートマフィア武闘組織「黒蜥蜴」

「大目に見てくれ。用事はすぐ済む」

広津の愉しげな声が響く。そして―――
――――成る程確かに。これまた確かにすぐ済んだのであった。


やめろ!と、大きな音をたてて、悲愴な顔をした中島が探偵者事務所の扉を開いたときには既に、最後まで立ち上がっていた広津を、国木田が華麗なる投げ技にて成敗しているところであったのだ。

そしてけろりと。

「おお、帰ったか」

国木田は広津を抑え込みつつ振り返り、未だ状況を呑み込めていない中島を視界に入れた。途端、

「勝手にいなくなる奴があるか!見ての通りの散らかり様だ!片付け手伝え!」

ゴキッ、などと物騒な音が鳴り今にも干からびそうな蛙…と言うか広津の叫びが響けば、その手首は国木田の手によって理解し難い方向に曲がっていた。

「国木田さーん、こいつらどうします?」
「窓から棄てとけ」

軽やかな宮澤の言葉に国木田がピシャリと返答すれば、積み重なった死屍累累は、紙飛行機のように…とは行かず、外に投げ出されていった。
こうなってくると最早中島の脳内には疑問符しか残らず………

――え…?マフィアの武闘派は?え?特殊部隊なみの……あれ?

中島の思考回路は瞬間的に宇宙を見ることとなった。

「これだから襲撃は厭なのだ。備品の始末に再購入。どうせ階下から苦情も来る。業務予定がまた狂う……、扨は黒岩の奴は此れを読んでいたな…?
しかしまあ、この程度いつものことだがな。」

"理想"の手帳を捲りながら国木田は独りごちる。

――――ま、マフィアより…探偵社の方がぶっちぎりで物騒じゃん……

漸く思考が現在地に戻ってきた中島は、茄子も吃驚な顔色でもっとも正しいらしい結論を導き出したようだった。



「おい、呆けてないで準備しろ。仕事は山積みだ!」
「は、………はは、」
「何だお前泣いてるのか?」
「泣いてません」
「泣いてないのか」
「泣いてません」
「泣いてるのか?」
「泣いてます!!!」


『っふふ…』
こんな国木田と中島のやり取りを異能によって聞き出し、小さく噴き出す男が一人。黒岩涙香は、無事パスタの材料を手に入れて帰路についていたのだった。

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