鈴木次郎吉相談役



W私も同席させて頂きたいのですW

朔の言葉に高明は真意を確かめるべくジッと彼女を見つめる。負けじと朔も高明の目を見た。ゆらゆらと揺れている瞳。ごく、と緊張したように彼女は喉を鳴らした。

「…何故、と訊きたいところですがその封筒を所持していたという警視庁の刑事と面識があるんですね?」

「はい」

「その封筒には貴女もW心当たりWがある、といったところでしょうか」

「……そうです」

フム、と顎に手を当て思案する。見せてもらった封筒の写真。滲んでいて読みづらかったが確かに自分の名にも見えた。

いいでしょう、と高明はゆっくり肯く。それに彼女は安心したように肩の力を抜いた。

三日後、二人は東京行きの新幹線に乗ったーー…




「来ませんね」

案内された部屋で出されたお茶を啜る。佐藤を呼んでくると出て行ったその人も、佐藤も来る気配がなかった。

「何かあったのかもしれませんね。先程から外が騒がしい」

「少し様子を見てきます」

パタン、と閉まったドアを高明は見つめる。茶を啜り、「あっ」と声を漏らした。

「お茶のおかわりも頼んでおくべきでした…」

静かな部屋に高明の声がポツリと寂しく響いた。

「ダメじゃダメじゃ!!」

突如隣の部屋から壁を通して聴こえてきた男性の大声に高明は湯呑みをテーブルの上に置く。

「こんな警備体制ではまたあの月下の奇術師にまんまと盗まれて…楽々と逃げられてしまうわい!!」

暇つぶしに丁度いい。にやりと口隅を上げ、高明は耳を澄ましたーー…






「おや、成瀬さん。警視庁にいるなんて珍しいですね」

「久しぶり白鳥君。あっ、警部にタメ口はまずいわね」

「佐藤さんも由美さんも以前と変わらずに話してますので普段通りでお願いします」

「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて。佐藤を探してるんだけど…連絡もつかなくて」

「佐藤さんでしたら今事件の捜査で出払ってますよ?」

「やっぱりそうなのね。困ったな」

「佐藤さんがどうされました?」

「実は佐藤から長野県警の諸伏警部に確認してもらいたいブツがあるってことでそれで今日、その警部と一緒に上京してきたんだけど…」

「そうでしたか。しかし佐藤さんこっちに戻ってくるのだいぶ遅い時間だと思います。実は今朝、警視庁交通部交通執行課の巡査部長が何者かに殺害されまして…」

警察官が殺されたと訊いて朔は眉を寄せる。

「難航してるの?」

「みたいです。僕もこの後千葉君と警邏しに行きます」

「あの坊やは?いるの?」

「坊や?」

「毛利さんとこの…」

「あぁ、コナン君ですか。どこで嗅ぎつけたのか機動捜査隊より先に現着していたそうですよ」

「ふふっ、坊やらしいわね」

彼がいるならいずれ解決するであろう。それよりも高明の耳に入れないようにしなくては。

「仕方ない。日を改めるか…」

「え?帰ってしまうんですか?」

「うん。新幹線の時間もあるし、私はともかく諸伏警部は明朝には県警本部に戻ってないといけなくて…」

「残念です。手伝っていただけると助かるんですが」

「協力したいのも山々なんだけど表向きは諸伏警部が他県の事件に首を突っ込まないよう見張り役として今日来てて…」

署が違うけれどそれでなら、と大和警部から念を押されて同行を許可して頂いたのだ。

「どこの県にも似たような人がいるんですね」

コナンのことを指しているのだろう。それに朔はクスッと小さく笑った。

「じゃあ私、警部待たせてるから行くわね。佐藤のこと教えてくれてありがとう」

白鳥に礼をいい踵を返す。高明が待っている部屋へ急いで向かう。大人しく待っていてくれてるといいが…。

「わざわざ警視庁まで来たというのにとんだ無駄足じゃったわい!」

「しかし相談役、中森警部の言う事ももっともです!もっと宝石の警備を固めた方がいいのでは?」

前から歩いてくる新聞でよく見かける人物に朔は思わず歩みを止める。

「たとえば宝石の展示ケース自体を鋼鉄の柵で囲ってしまうとか…」

あの顔は確か鈴木財閥の鈴木次郎吉相談役。彼の周りにいるのはSPだろうか。数名連れている彼らと何やら揉めていた。

「そんなことをしてもどーせ盗られてしまうわい!さっきも言ったが守りよりも攻めじゃ!何としても彼奴を逃さぬ策を考えねば…」

「外部の守りを固めずに…外部を攻めるのは…愚策である」

ん?と朔は聞き覚えのある声に思わず目を細める。次郎吉達は背後からの声に振り返る。

ヒクリ、と朔の口隅は引きつった。

「その昔…中国で名を馳せたある軍師がそう言ったそうですよ?」

「あんた警察の方か?」

「ええ…警視庁ではありませんが…」

あぁ、しまった…!と朔は額を手で覆い頭を垂れる。あんなに大和警部からよく見張っているよう言われたのに…!

「しかし守りを固めろと言ってもどうすれば…?展示物を客に見せる気があるのかと毎回批判されておるし…」

「フム…では、こうすればいかがかな?その宝石を氷の中に入れてしまうのです」

「こ、氷じゃと⁉」

ピクリ、と朔もその案を聞いて興味を持ってしまう。どうやって氷で宝石を守るというのだろう。

「氷を使えば来場した方々も爽涼な気分が味わえるのでは?」

「確かに氷なら全方向からの展示は可能じゃ。しかし熱を加えたら溶けてしまうし…」

確かに…といつの間にか朔も高明の奇想に引き込まれていた。

「大きな氷であれば溶かすには例えガスバーナーを使用したとしても長時間掛かかります」

「ドリルで穴を開けられたらどうする?」

「宝石に傷を付けずに取り出すのは不可能です」

「ですが、どうやって氷を維持するのですか?」

あっ、つい気になって質問してしまった。止めなきゃいけないのに。

「宝石の展示スペースだけ硬質ガラスで囲み、中の室温を他の部屋より下げれば氷は溶けにくい」

「うむ。警備をガラスの外にすれば威圧感を感じることなく宝石を観賞できる…というわけじゃな?」

「はい」

まだ少し悩んでいる相談役に高明がトドメの一言を添える。

「W兵は神速を尊ぶWと三国志の武将も言ってます」

作戦に多少の不備があっても、すばやく戦いを起こすことが大切。つまり思い立ったのなら早く行動に移した方が賢明だと言いたいんですね。

「あんた…」

あ、やばい。この流れはまずい。と漸く己の使命を思い出した朔は慌てて高明の名を呼ぶ。

「諸伏警部!そろそろ…」

「一週間後も来てくれんか」

えぇ⁉

「いいですよ」

えぇー⁉

朔は脳内で四つん這いに倒れた。

あれよあれよという間に話が進み帰ろうとする高明の背中を朔は慌てて追いかけ腕を掴む。

「諸伏警部…!」

どこへ行くんですか。勝手なことをされては困ります。と言いたいことは山ほどあるが彼が歩みを止め、ジッと景光と同じ目で朔を見る。逸らすタイミングを逃し朔もその目を真っ直ぐに見つめてしまう。

「あ…の…」

コホン、と咳払いをしてからスッと彼は顔を逸らしまた前を向く。

「貴女がその担当刑事を連れていないところを見ると何かの事件で出払っているのでしょう?」

何事もなくスタスタと歩き出し、掴んでいた朔の手はするりと彼から離れていく。

「さらに貴女のその様子からして恐らく今日会うことは不可能に近い」

うぐ、と鋭い高明の指摘に言葉を詰まらす。

「どちらにしてもまた赴かなければならないのなら一週間後も二週間後も同じことです」

「そ、そうですけど…」

ブー!!とスマホが震える。掛かってきた名を見ていつもと変わらない振動なのに若干怒ってるような力強さを感じる。

ブー!!ブー!!

「出ないのですか」

「出ます…」

絶対に怒られる…







《なーにやってんだてめぇは!》

見張ってろっつったろ!と案の定の怒号に朔はスマホを耳から少し遠ざける。

《で?コウメイは何の事件に首を突っ込んだんだ》

「鈴木次郎吉相談役が展示する宝石を怪盗キッドから守りかつ彼を捕まえるという…」

《あ?怪盗キッド?なんだそりゃ?》

するとその名を近くで聞いていた由衣が受話器越しで明るい声を上げる

《敢ちゃん知らないの?月下の奇術師なんて呼ばれてて、巷を騒がせてる…》

《あ?おらぁそんなチャラついたもんに興味ねぇ》

チャラついてるのだろうか。まぁ、確かにあの格好はチャラついているようにも見えるが…

《ね、ね?朔ちゃん。つまり諸伏警部はその怪盗キッドと直接対決するってわけね?》

「まぁ、言い方によってはそうですね。相当頭の切れる人物のようで…」

《……コウメイよりもか?》

「へ?」

《…コウメイよりも凄いのかって訊いてんだ》

「ど、どうでしょう…。あっ、でもあの毛利さんところの坊やも毎回頭を悩ませてると聞きます」

《・・・・》

黙ってしまった敢助に朔は意味もなくスマホを訝しげに見て、また耳に当てる。

「あの、大和警部?」

《仕方ねぇ!詳しい話は明日コウメイに訊くが、絶対そんな怪盗なんちゃらなんかに負けんじゃねぇ!って伝えとけ!》

ブツッ!!と切り方までワイルドな彼。最後の言動に思わず苦笑いしてしまう。

親友ではないとか互いに言い張っているがなんだかんだ言って諸伏警部のこと好きですよね、なんて心の中で呟く。そんなことを本人の前で口が裂けても言えないが。

「終わりましたか?」

「はい。案の定怒られました」

「だと思いましたので、一週間後も同行できるよう貴女の上司には私から連絡しておきました」

「け、警部…!」

キラキラと尊敬の眼差しをこれでもかと向けると高明はフッとしたり顔で笑った。

「では長野に帰りますか」

「あっ、私実家に一泊してから明日帰りますので、警部は先にお一人で長野にお戻りください」

車で駅まで送りますね、と朗らかな笑顔で鞄から鍵を取り出したら何故かジト目で睨まれた。



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2020.9.10
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