江戸川コナンの正体
東京駅へ向かっている新幹線の中で、朔は江戸川コナンから送られてきたメールを眺める。それには住所が記されていた。
【東京都米花市米花区米花町2丁目21番地】
地図アプリで調べたら住宅街のようだ。毛利小五郎の事務所の位置とは違う。そこに行けば江戸川コナンはいるのだろうか。朔は警視庁へ赴く前に記された住所へと向かった。
「工藤…」
その表札の名にまさか…と確認するように豪邸を見上げる。ここはあの工藤新一の家なのだろうか。睨むようにまた視線を表札へと戻す。
躊躇いがちに鳴らしたチャイムに出たのは聞き覚えのない男性の声。
《はい》
「あ、の…突然すみません。わたくし…」
てっきり坊やが出るとばかり思っていた。知らない男の声に口が変にもたついてしまう。
《セールスなら結構です》
「いえ、セールスでは…」
《ブツーー…》
名乗る前に切られてしまった。どうしよう。もう一度チャイムを鳴らして坊やがいるかどうか訊くか?しかし彼が本当に中にいるかもわからない。だからといってここにいても不審者扱いされてしまう。
坊やに連絡を取るべきか。いや、もしかしたら送られてきた住所はそのままの意味ではなく、何らかの謎を解かないと真の住所に辿り着けないという…
《成瀬刑事ごめんね!入って入って!》
危うく早とちりして違う場所へ行こうとしていた朔はインターホンから聴こえる江戸川コナンの声に足を止める。玄関のドアからひょこりと顔を出した坊やにホッと胸を撫で下ろす。
ガラガラとキャリーケースを引きながら工藤邸に足を踏み入れた。
「いらっしゃい!成瀬刑事」
「お邪魔します」
キャリーケースを玄関先に置かせてもらい、用意されたスリッパに足を通す。まだ玄関だが、日本洋館な造りと所々置かれているアンティークに目を奪われる。すごい家…
ゾクッー…
背筋が凍る。ヒュッと浅くなる呼吸。どこかで見られている感覚。坊やではない。射抜くようなその視線に体は硬直する。ふと視界に入った階段に人影を感じた。すぐ様視線をやるがそこには誰もいなかった。
「…っ…」
気のせいーー?
「成瀬刑事?」
大丈夫?と心配する坊やに朔は、なんでもないわ、と確認するように再度階段に目を向ける。階段上は暗くてよく見えないが、もうあの凍るような視線は感じられず、不気味さを覚えながら彼の後ろをついていく。
影に潜むようにいた男性は朔の目に触れることはなかったーー…
「最初にインターホンに出た男性は?」
「あの人はここに居候してる沖矢昴さん。ごめんね、成瀬刑事が来ること伝えてなくて」
大事な話があるから二階に行ってもらってる、と彼は言った。ならあの、人を射殺すような視線は彼のものだったのだろうか。
「私をここに呼んでよかったの?」
「うん!ここの方が話しやすいから」
「・・・・」
「さ、そこのソファーに座って」
それはこの家が坊やにとって都合がよいということ。相手のテリトリー内に踏み込んだと、一瞬にして思わせる台詞であった。コナンは用意していたお茶を朔の前に出し、自分と向かい合わせにソファーに座った。
「成瀬刑事は僕に何か訊きたいことがあるの?」
軽く釘を刺してからあえて本題へと入る彼に朔は落ち着け、と胸の内で一度息を吐く。ペースを乱されるな。折角のチャンスを逃してはいけない。
「私ね、ここへ来る前に調べ物をしてきたの」
鞄からA3サイズの茶封筒を取り出し、目の前に座るコナンに見せるよう、テーブルの上へ置く。
「君のことよ」
朔の言葉にコナンの目の色が変わる。
「WここWで話して本当にいいのね?」
「・・・・」
すぐには応えないコナン。ジッとこちらを見つめるその瞳は朔を敵か味方かを判断しているようだった。
「もし、君が私の出す条件を受け入れてくれるならこの資料もデータも全て君に渡す」
「その条件を先に訊くことは?」
「君についての話しが先」
真っ直ぐに見つめてくる彼の瞳を見据える。交錯する視線の中、先に折れたのは坊やだった。
「わかった」
彼は一度息を吐き出し、受け入れるように頷いた。朔はもう一度胸の内で大きく深呼吸をした。
「まず先に話さなければならないのが、今回長野県警で追っているこの男…」
茶封筒からその男の写真と、捜査資料を坊やに手渡す。
「僕が見てもいいわけ?」
「君なら構わないと、諸伏警部からも承諾は得てる」
彼は困ったように笑った後、次には真剣な表情で捜査資料に目を通し始めた。もう集中している。さすがだ。
「そもそも、その男はどうして長野から警備がより厳しくなる東京へと逃げたのか。それが疑問だった」
普通はもっと人の少ない奥地へと逃げるはず。
「わざわざ東京に来たのは自らの意思ではないと長野県警は見てる」
「連れ去られたってこと?」
「いや、一人で運転している彼の姿をNシステムで確認済み。その後の足取りを追っていくうちに興味深い別の車を後方で発見した」
「別の車?」
「君はこの車に見覚えはある?」
画像が少々粗いのは限界まで解析を試みた結果だった。彼はその写真を見た瞬間、息を呑んだように固まった。
「ポルシェ、356A…」
「解析できたのはこの一枚のみ。私もこの車に見覚えがあってね。ちょうど半年前の事件を個人的に調査していて…」
「半年前…?」
「工藤新一がいなくなった日」
「っ!?」
「時々彼に捜査協力を依頼していた目暮警部に話を聞いたわ。彼が表舞台に立つことを控えるようになったのはいつだ、と」
「…っ…」
「警部もあまりはっきりとは覚えていらっしゃらなかったけれど、トロピカルランドで起こった事件が最後だったと思う、と…」
彼の空気がだんだんとピリついてきたのがわかった。
「その日、事情聴取を受けずに帰ってしまった人物が工藤新一以外に二名いたそうよ」
朔はそのジェットコースターの施設内にある防犯カメラでまずその二人組を探し出すことにした。さらに範囲を広げ遊園地内すべての防犯カメラの録画記録を隈なく調べた。所々カメラの死角を縫うように移動を繰り返す彼らの顔は結局確認出来なかったが服や背格好の特徴は把握できた。
「その時たまたま駐車場の警備をしている人たちが休憩で近くにいて、当時のことを訊いてみたの」
半年も前のこと。ダメ元で話しを窺ってみた。するとそのうちの一人がその日、警察の車も案内したからよく覚えている、と証言してくれた。
「わざわざ駐車場を使わず路肩に車を停めている迷惑な外車が一台あった、と。流石に防犯カメラに映っていなかったけれど…」
朔は茶封筒からもう一枚写真を出す。カーブミラー越しに写っているその写真を見て彼は顔を顰めた。
「そのミラーに反射して映ってる外車。それに乗り込もうとしている二人組…」
その写真は黒ずくめの服を着た男二人がその車に乗り込むところを見事映し出しているものだった。
「でもね、私が驚いたのはその車が去った後…」
最後の一枚を坊やの目の前に掲げる。
朔が追っていた人物はその二人組だけではない。工藤新一の行方もまた徹底的に調べていた。
「これは違うミラーに映ったものだけど、このぶかぶかな服を着ている子供…」
江戸川コナンはそれに目を見開いた。
「君だよね?服は工藤新一がその日着ていた服と一緒だ」
朔はさらに追い討ちを掛ける。
「そして翌日から彼は学校に登校していない」
文化祭や修学旅行には顔を出していたみたいだが、その時に起こった事件も自分の存在を隠すよう念を押されたと警部から聞いている。
「君の戸籍もね、一応調べさせてもらった。江戸川コナンという人間は存在しなかった」
出生届が出されていない可能性もあるけれど…朔はこの事件を調べて、その線は低いと考えている。
「工藤新一が居なくなった時期と、君が毛利家に居候した時期は一緒だ」
突きつけるようにして目の前に掲げていた写真をゆっくりとテーブルの上に下ろす。
「君は、工藤新一君だね…?」
瞠目している彼の瞳に映る自分は悪魔のように見えた。
next
2020.1.30
いいね♡
back