進み出す
W君は、工藤新一君だね…?W
彼女のことを見縊っていた。ここまで徹底的に自分のことを調べてくるとは…。予想を遥かに上回っていた。そうだ。思い返せば成瀬は一度も自分のことをWコナンWと呼んだことがなかった。その時点で気づくべきだった。ずっと疑われていたのだ。
しかし黒ずくめの奴らのことまで掴んでいたとは…。まだ氷山の一角に過ぎないが車を特定していたのには驚いた。どうする?真実を打ち明けるか?それとも…
「応えなくていいわ」
彼女は出した資料を茶封筒に仕舞いながらそう口にする。コナンは耳を疑った。
「え?」
「君の正体に興味がないと言ったら嘘になる。また子供の君を巻き込むことに抵抗もある。だけど…」
トントン。茶封筒を優しくテーブルの上で叩き、中の資料を整えた後、彼女はそれをコナンに手渡した。
「私の頭ではここまでが限界」
君の力を貸して欲しいの、と困ったように眉を落とし、彼女は弱々しく笑った。化粧で隠しているが下瞼には薄らと寝不足の痕があった。
「子供の姿で自由のきかない君は警察の私を好きに使ってくれていい。利用してくれて構わない。その代わり安室透の情報を教えて欲しいの」
「成瀬刑事の条件っていうのはそれなの?」
「えぇ」
コナンは一度天井を仰ぐ。きっと彼女は自分がこの条件を受け入れなくても工藤新一が江戸川コナンだという情報を流したりはしない。その優しさに漬け込んで、彼女を利用することも可能だろう。
しかしどうしてだろう。躊躇う自分がいる。
自分が情報を与えなければ彼女は自力で調べにいくだろう。だが、そこまでして安室透に執着する理由は何なのだろうか。
「どうして僕が安室さんの情報を知っていると思うの?」
「彼が君たちのそばにいるからよ」
彼女は安室透…いや、降谷零という男をよく知っているようだった。
「加え、以前彼は長野の教会で起こった事件の時、君をペアに選んだでしょ?」
「そうだね」
「毛利小五郎の弟子なのに、彼は君を選んだ。調書によると君たちはその後トイレに行ってるね。その間、第二の殺人が起きた…」
「・・・・」
「遺体のある現場をもう一度捜査したかったのなら、あの状況下で子供の君を引き連れていくとは思えない」
「…っ…」
「君もまた、その体で安室透のそばにいるということは少なからず彼の本当の職業を知っているんじゃない?」
つまり、と彼女はそこで大きく深呼吸をした。ゆっくりと下がる肩。合わさる瞳。
「元の姿に戻る手掛かりとなるものが彼側にあるということ」
ちがう?と彼女は目を三日月型に細める。応えなくていい、と言ったのは応える必要はないということか。彼女の中で江戸川コナンが工藤新一だというのは既に断定していることなのだ。
「成瀬刑事は、安室さんの正体を知ってるんだね…?」
彼女の瞼に哀愁がこもる。下を向く睫毛は頬に影を作った。そのままゆっくりと伏せ、静かに肯いた。
「成瀬刑事の家族にも危険が及ぶかもしれないんだよ?」
「親とは離縁してきた」
「は…?」
絶句しているコナンとは対照的に彼女は少し影を残して笑う。
「まぁ、久々に一発…キツイのを貰ったけどね」
「どうしてそこまで…!」
「まぁ、離縁をしたところで私の素性を調べられてしまえば意味はないんでしょうけど…」
「理由を訊いてもいい?」
彼女は手首に付いているブレスレットを手で覆った。
「もう、誰も死んで欲しくないのよ」
ギリギリと…皮膚の形が変わるほどに彼女は腕を強く握り締めた。
「死なせたくないの」
震えた声は微かな怒気を含んでいるように感じた。コナンはそれ以上なにも問うことは出来なかった。
「坊や、今日はありがとう」
脱いだスリッパの向きを揃え、彼女はキャリーケースを持つ。
「安室さんには言わないの?」
「彼には内緒にしておいてほしいの」
「どうして?何か企んでるってすぐ勘付かれるかもよ?」
「そうだとしても彼は決して私に助けなんて求めたりしないわ」
「そこまで断言する?」
「あの人はそういう人よ。君になら頼むでしょうけど」
「買い被りすぎじゃない?」
「そんなことないわ」
また連絡するわね、と扉に手をかけている彼女の背中にコナンは最後に言葉を掛ける。
「安室さん、普段はポアロで働いてるんだ。そこのハムサンド、すごく美味しいから今度食べてみて」
彼女の動きが止まる。向けられた横顔からは微かに上がった口元しか見えなかった。
「ありがとう。今度行ってみる」
それ以上は振り返らずに彼女は工藤邸を後にした。
「聞いてたんでしょ?」
「あぁ…」
音を立てずに階段を降りてくる男にコナンは態とらしく顔を顰めて振り向く。ポケットに手を入れて揚々と降りてくる彼をジト目で睨む。
「昴さん、さっき成瀬刑事のこと勝手に帰そうとしたでしょ」
「動揺していたのが声だけでわかったんでな。それでこれからこちらの領分に踏み入ろうとしているのなら引き返してもらったほうがいいと思ったんだ」
チョーカー型変声機の電源を切り、赤井秀一の声で彼は悪びれもせずにそう応えた。
「まぁ…中々よく調べたものだ。ボウヤの正体まで見破ったのは想定外だったがな」
「なんの話か僕よくわかんないや」
それに彼は鼻で笑った後、ポケットから手を出し、腕を組んだ。
「君ならもっと上手く誤魔化せただろうに。彼女に同情でも?」
「まさか。成瀬刑事が追っている容疑者に興味があっただけだよ」
「ヤツらが絡んでいると?」
「まだ何とも言えないけど僕はその可能性が高いと思ってる」
「ボウヤの判断を信じよう」
彼女が置いていった資料を見せてくれ、と脇に抱える資料に手を伸ばす。まだ自分の情報が入っているそれを渡すわけにいかずコナンは彼の手をひらりと避け、茶封筒を胸の前で抱える。
「おいおいボウヤ、俺は蚊帳の外か?」
「もう少し待って!また明日来るから!」
じゃあね、昴さん!と満面の笑みを赤井に向け、コナンも工藤邸を後にしたーー…。
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2020.1.31
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