生き返った女
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血塗れの手が頬に触れる。
綺麗な青い瞳が徐々に閉じていく。
バーボンは亡骸を抱きしめ、おやすみと耳元で囁いたーー…
彼女の亡骸は組織で預かることになった。研究所に持ち帰ると組織に言われた時から嫌な予感はしていた。
見せたいものがある。そうベルモットから連絡を受け、バーボンは彼女につれられ研究所へと足を踏み入れる。ここへ呼ばれたのは今回が初で、少しでも組織への信頼が厚くなってきていることを示していた。コツコツと靴音が響く廊下は薄暗く、蛍光灯がチカチカと点滅していた。不気味さを孕んだその佇まいに加え、ベルモットから漂うピリついた空気が、緊張感を増す。暑くもないのに顔の輪郭を僅かな汗が伝った。
遠目から見えた男にバーボンは嫌そうに目を細める。
「まさか貴方も呼ばれていたとは」
ドア横の壁に寄りかかり、おそらくこちらが来るのを待っていたであろう長髪の男にバーボンはそう声を掛ける。男、ライはこちらの嫌味な言い方など気にする風もなく壁に預けていた体を起こす。
バーボンの声は届いている筈なのにライはなんの反応も示さずにベルモットの方に体を向ける。言い返すよりも気にしていない態度を取られるのが遥かに人を苛つかせるというのをこの男はよく知っている。そんな男の性格も含めバーボンはこの男が心底気に入らなかった。
「さぁ、入って」
バーボンの気などまるで知る由もなく、ベルモットは扉を開ける。
開けてはいけない、と頭の中で警報が鳴っている気がした。それほど、何か嫌な予感が背筋を這っていく。
手術室のような作りのその部屋は入った途端に充満している薬品の臭いが鼻をつく。足元がやけに冷える。中央にある寝台に誰かが寝ている。知った女にバーボンは息を呑む。
先日バーボンが看取った組織の女だ。コードネームはアマレット。どうしてここにいる?
その死体に何の用があるというのだ。
ぴくりと動いたその指に反応したのはライも同様で、自分と同じように目を見開いていた。
ゆっくり上がっていく目蓋。
無影灯に眩しく目を細め、アマレットはゆっくり体を起こす。一矢纏わない自分の姿を見て彼女は大きく目を見開いた。
「な…んだ…?」
「気づいたかい?」
研究者の一人がアマレットに声をかける。彼女は顔を歪ませ、その男の胸ぐらを掴んで睨みつけた。
「俺の体に何をしたっ!?」
「まぁ、まぁ、落ち着きたまえ」
「なんなんだ!この体はっ!まるで…これじゃあ…」
彼女はバーボンが知る喋り方ではなかった。
「女みたいじゃないかっ…!」
震える声で彼女は、そう言った。
「とりあえず彼女の面倒を見てほしいわけ。見ての通り記憶はないの。錯乱しているみたいで」
「そんな状態の女を次の任務につれていけと?」
「ライ、私に噛みつくのはやめて。今まで通り4人で行動してちょうだい」
それだけ言ってベルモットは出て行ってしまった。部屋から出てきた彼女は中にいる研究者に渡されたのか手術着を着ていた。
「おい、ベルモットが置いてった服がある。そこのトイレで着替えてこい」
ライは袋を彼女に押し付け、行け、とでも言うように女性用トイレを顎で示す。彼女は嫌そうに目を細め、スリッパを引きずるようにして気怠げにそこへ向かった。
「バーボン見張ってろ。タバコ吸ってくる」
はぁ?と面倒ごとを押し付けるライに片眉をあげる。こちらの返答などお構いなしにライは喫煙所へと向かった。
トイレ前で腕を組んで待っていると扉が少し開き、彼女は隙間から覗くように顔を出す。
「な、なぁ…今あんたしかいないのか?」
その質問にバーボンは目を細める。ますますこの喋り方に違和感を感じる。見張りが自分だけならなんだというのだろう。まさか逃げようとしているのか?
「だったらなんです?」
「あっ、いや…その…」
口籠り、視線をバーボンから逸らす。
なんだ?
訝しげに彼女を見ると「女、の人の方が…いい、気がする」と彼女は言った。
血が…と声を窄めていう彼女にバーボンを細めていた目を見開く。
「わかりました。今連れてきます」
「スコッチ、俺だ。開けろ」
セーフハウスへと彼女を連れて行き、部屋で待機していたスコッチはドアを開けた瞬間、ひどく驚いた顔をした。
「生きて、いたのか…?」
彼女を見てそう呟く。ライは面倒くさそうに溜息を吐き出し、そんな彼をバーボンは嫌そうに見た。説明する気がないのが態度でわかる。つまりお前がしろと上から目線で言われているのだ。
険悪な空気を出す二人に彼女は不機嫌そうに下唇を出した。何も説明されずに車に乗せられ、口を開こうとすれば「喋るな」とライに釘を刺された挙句、ひたすらに重い沈黙の続くドライブを今しがた楽しんできたばかりなのだ。こんな顔にもなろう。
喋る気のない二人を見かねて彼女が代わりに口を開く。
「長髪のあんたがライで金髪の兄ちゃんがバーボン?で、あんたは?」
人差し指でスコッチを差す。スコッチは戸惑いの表情を浮かべる。言動もそうだがアマレットらしからぬ言い方に戸惑った。いったいどうなっているのかとバーボンとライを交互に見た。
「記憶がないんだそうだ」
やれやれと頭を横に振り、ライはタバコに火をつけた。
彼女は腕を組んでスコッチを見上げた。視線に気づいた彼は、口角を少し上げて手を差し出した。
「スコッチだ」
それに彼女は満足そうにその手を握った。
「あんたはいい人そうだ」
片方の口角を斜めに上げて笑う彼女の表情は以前のアマレットでは見られなかった笑い方だった。
2020.5.1
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