真実


※ちょっとだけ表現注意です



暗い、暗い闇の中にいる。

夢の中にいるような浮遊感。気を抜くと落ちてしまいそうな不安定な感覚。

どれぐらい彷徨い歩いたか…。辿り着いた先には幾つものドアがあった。鍵は掛かっておらずドアノブを回せば簡単に開く。ワンピースやスパンコールが着いたドレスなど…ひらひらした煌びやかな服が溢れるほどに吊るされている。扉を閉め、次のドアを開く。先程の明るい部屋と打って変わり、この部屋は鉛のような暗く重い。銃やナイフといった物騒な物が置かれ、まるで武器庫のようだ。

各部屋は何かに区分されているようだった。スコーンや、ジャムといった甘いお菓子が置いてある部屋もあれば、マニキュアや白粉類が置いてある化粧部屋なんかもある。

一部屋だけヴァイオリンが一挺…ポツン、と寂しそうに置いてある部屋を見つけた。引き寄せられるようにそのヴァイオリンの弦に指を滑らせる。

Wね、アマレットW

誰かが、呼んでいる。

Wもう一度、弾いてアマレットW

私の手を引き、優しい声でそう求めたのは誰だったか。

口元が嬉しそうに上がっている顔の見えないその人は誰であったかーー…




ベルモットはPCを開き、とあるファイルをクリックする。一番上の項目を選択すれば勝手に流れ始める動画。喉を潤すように赤ワインを流し込む。

場面は射撃場。銃を手に構えている少年が写っていた。連続で聞こえる銃声。落ちる空薬莢が床を弾いている。硝煙が立ち込める中、ズームされる人型の標的物。何発も撃ち込まれた銃弾は一発も外すことなく全て急所に撃ち込まれていた。

《OKルシアン!合格よ》

イヤーマフを外した彼に撮影者である自分がそう声を掛けると彼は振り返り、嬉しそうに笑った。それは彼が初めて見せた少年のような笑顔だった。

パタンー…とベルモットは静かにPCを閉じる。舌の上に残るワインの微かな渋みがやけに苦く感じたーー…。



ベルモットが最初に彼に会ったのは彼が十歳の時である。組織の組員同士の間に生まれたとされるその子供はまだこの世に生を受けて十年しか経っていないにも関わらず殺しの才能が既にあった。

ロシアで生まれ育ったという彼を何の捻りもなくルシアン、と名付けた。名などつけるべきではなかった。いつの間にか巣食うていた微かな情。それに気づいたのは手痛い仕打ちを受けてからだった。

とあるロシア人が暗殺者を雇いたがっていた。政界の裏で暗躍し、のし上がる機会を窺っていたその男はルシアンを欲しがった。表向きは養子として迎え入れたかったのだろう。まさかその子供が暗殺者だとは誰も思うまい。ロシア語が堪能な彼だから選んだ、というのもあるかもしれないが。彼はルシアンを使い、不利益となる人間を次々と消していく。

今回組織の人間を潜入させたのは組織の中にも消しておきたい人間がその中に何人かいたからだ。足がつくようなことがあっても警察が疑うのは繋がりのあるそのロシア人だろう。


半年程経ったある日。ルシアンから突然連絡が入る。

《悪いベル…妹を、よろしく頼む》

それだけ言い残し、次に聴こえてきたのは銃声と、くぐもった声。兄さん!と電話口で叫んだ声は恐らく妹だろう。

《おい!何やってる!そんな子供置いていけ!》

車で走り去るような音。入ってきたその声の持ち主は今回ターゲットだった人間だ。始末するよう別の組織の人間に連絡を入れ、ベルモットはルシアンに付けていたGPSを頼りに急いでその場所に向かう。

「…っ…」

横たわる血濡れた彼。その傍らには全く同じ顔をした人間が佇んでいた。ルシアンだと疑いたくなるほどに彼女はそっくりだった。佇まい。纏う空気、背格好…

それ故に気づかなかった。彼らは双子で、二人で一人の人間を演じていたことに。女優業をしている自分でさえ気づかなかった程にそれは完璧だった。

「あなた、名前は?」

「は?ルシアンって名付けたのはお前だろ?ベル」

驚いた。話し方や声までそっくりだ。本当に彼女は妹なのだろうか。

「WそれWは兄ではないの?」

「え?」

ベルモットの指差す先を見る。恐らく、もう息をしていない。屍となってしまった彼。しかし彼女は首を傾げ不思議そうな顔をする。

「何かあるのか?」

見えていない。視界に入っているのにW見えていないW。

「それでさ、ベル…」

妹はどこかな?

ルシアンがよく見せていた表情で、まるで日常会話をするかの如く自然に話しかけてきた。その問いかけにベルモットは息を飲む。完全に自分を兄だと思い込んでいる。

「知らないわ。無事逃げたのかもしれないわね」

帰りましょう、とベルモットはルシアンと名乗る彼(彼女)を連れて帰る。しかし彼はその一年後…ちょうど十三の歳を迎えた時に深い眠りについてしまう。








篠突く雨が窓を叩く。それが不協和音のように心を掻き乱す。

「君はアマレットのお兄さん、だね?」

流石探り屋のバーボンだ。まさかそこまで辿り着くとは思わなかった。その名前を知っているのはベルモットしかない。口を滑らせたな。

バーボンから目を逸らし、だらりと太腿に乗せられただけの手の平を見つめる。

俺はこの女の本当の兄ではない。アマレットが作り出した虚像。
俺の妹なんてどこにもいやしない。

不思議だろ。
目は見えて、体は自由に動かせて、思ったことは声として出せるのに…

心だけ…違うんだ。

信じられるか?この体が違う人間のものだなんて。普通の人間はそこに疑問なんて抱かない。誰かがもう一人、心の中にいるなんて。本体は別にいるなんてこと…。普通…考えないだろ。

俺の存在は…どこから生まれてきたのだろう。この感情などこから生まれてくるものなのだろう。

今だって、考えたり悩んだり怒ったり出来る。楽しい、と感じることさえ出来るのに…この体は俺のものではなかった…。

深く、永い眠りについたのは女性としての体の特徴が出る前だった。筋肉がつく年頃なのに、体は丸みを帯びていくのに疑問を抱いた。気づきたくないと、気づいてはいけないと薄らと思っていた。

だから記憶は十三の時で止まっている。

スコッチに本当の年齢を言おうとしてやめた。言えば仕事や仲間関係に影響が出ると思ったからだ。十八であの反応だったのだ。十三なんていったら仕事をさせてもらえない。かといってそれ以上の年齢は嘘だとどこかでバレる。

両親から組織のことは伏せられていた為にベルモットに聞くまではつい最近まで暗殺家業を営んでいる一家だと本気で思い込んでいた。

こいつの本当の兄は知っていたのだろうか。

この女を守る為に、汚れ仕事を一身に背負い込んだあの兄は全てを理解していたんだろうか…。

ラボで目覚める直前は、暗闇の中にいた。何もない、ただの闇を延々と彷徨い歩く。

はて自分は何をしていたんだったか。
何故こんなところにいるのだろうか。

突然目の前にスポットライトを浴びた椅子が現れる。座れ、とでもいうように体全体がそれに引き寄せられた。

座ると同時にカチリ、と何かがハマる音。

明るくなる世界に目を細める。夢見心地であった体は急に現実味を帯びたように鉛のように重い。目一杯吸う空気が新鮮だった。W息Wをしている、と変なことを思った。ゆっくり体を起こす。そこで一矢纏わない自分の体を見た。女の体をしていた。

「な…んだ…?」

「気づいたかい?」

白衣を着た男の胸ぐらを掴む。

「俺の体に何をしたっ!?」

女が仲裁に入る。ガラス玉のような目をしたその女には見覚えがあった。覚えているかと聞かれ、俺は何も思い出せない、と応えた。思い、出したくない。

「おい、ベルモットが置いてった服がある。そこのトイレで着替えてこい」

ライと呼ばれる長い黒髪の男に服を渡される。なるべく歩調をゆっくりにして歩く。考える時間が欲しかった。

手洗い場にある鏡で初めてこの女の顔をよく見た。髪が長くなっており気づかなかったが、それは成長した自分だった。

頭がガンガンと痛み出す。
つっ…と太ももに血が伝う。

女性特有のWそれWに絶句する。
あぁ、そうだった。
あの時も俺はWこれWが原因で気を失ったんだ。気付きたくなかった。

自分が女であることに。
兄ではなく、この女が作り出したもう一人の人格だということを。


俺はその時、理解したんだーー…




2020.12.12
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