三話


「知り合いが今到着したっていうからハロの散歩がてら受け取ってくる」

「あっ、お金…」

「それを言うのはなし。分かるよね?」

「でも…」

「もし君がどうしてもお金を払うというのならあの時お世話になったお金を全て返すけど?」

うっ、と彼女は口を噤んだ。彼女の性格を考えたら絶対に受け取ったりしないだろう。

「ならせめて私も一緒に…」

ついてこようとするナノカ。あの時とは逆に自分を見上げる彼女の頭を優しく撫でる。

「靴もないし、君はここで待ってて」

撫でられた頭を恥ずかしそうに押さえ、申し訳なさそうに下がっている眉で肯くナノカに安室も困ったように眉を下げる。そんな顔をされると君を連れて行きたくなる。

「僕が…」

パッ、と彼女が顔を上げる。期待いっぱいの目で安室を見た。

「君を抱き抱えていいのなら」

「うん、ここで大人しく待ってる」

よろしくお伝えください、と潔く身を引いた彼女に安室は苦笑いを浮かべた。





「あの、降谷さん」

「なんだ」

「女性類の服一式、言われた通りフリーサイズを買ってきましたが…これはいったい何の捜査なのでしょうか」

「あー…君は知らない方がいいな」

少し考え、途端深刻そうな表情をする上司。風見は不意に頭に過ってしまった恐ろしい考えに身震いする。

降谷さん、まさか貴方がこれを…!

「風見、君が思ってることは100%違うことだから、出来れば僕をそんな目で見ないで欲しい」

この人は超能力か何か使えるのだろうか。バレている思考に風見は慌てて咳払いをして誤魔化した。

そんな風見をジト目で睨みつつも見て見ぬふりをして降谷はハロと共にその場を後にした。

帰路に着きながら降谷は考える。彼女が来て三時間弱。先ほど頭を撫でる際に前髪を掻き分け額を確認したのだが、手術帽子の痕は未だくっきりと残っていた。浮腫んでいたとしてもそろそろ消えていい筈だ。

「・・・・」

いや、まさかな。

降谷は鼻で笑いながら顔を横に振り、頭に浮かんだ一つの仮説を取り払った。





「服のサイズ、どうかな」

「うん!フリーサイズのワンピースだし余裕だよ!」

「よかった。靴の方は?」

「こっちも大丈夫そう。サボサンダルにしてくれたから楽に履ける」

「君が大丈夫ならこのまま車で日用品類を買いに行こうと思うんだけど…」

「ぜひ、よろしくお願いします!」

外の世界に少し興味があるのか彼女の表情は嬉しそうだった。

「外出する前に幾つか君にお願いしたい事があるんだけど…」

「お願いしたい事?」

「うん。僕は訳あって身分を隠してる。探偵の職業は時には相手から逆恨みされやすいから」

「え、そうなの?」

目を開き、驚いている彼女に安室はこくん、と肯く。

「だから僕と一緒に住んでいることは周りには秘密。もし僕の知り合いに会った場合は君は僕のクライアント、ということにしてもらいたいんだけど…」

「了解!任せて!」

「ありがとう。君には不自由かけるけど…」

「全然不自由なんかじゃないよ!十分よくしてもらってる。それにここは透くんの世界。君の生活に支障が出ないようにしてほしいな」

「ありがとう」

彼女の頭に触れる。少し気恥ずかしそうに肩を上げ首をしまう彼女を安室は愛おしそうに見つめたーー…。





ナノカは流れる景色に目を向ける。ここが彼の住んでいる米花町。この世界では東都タワーや、トロピカルランドなどが有名らしい。ナノカの世界と殆ど変わらないように見えるのに時々目にする建物の名前が微妙に違っていたりする。興味津々に車の窓から街中を見上げている自分は完全に御上りさんだ。

ちらりと運転席を見る。あの小さかった彼が車を運転している。いつも自分がその席にいたから助手席に座るのは少々違和感だ。

W透くんは車好き?W

W好きです。でもどちらかといえば運転する方が…W

以前彼とした会話を思い出し、思わず苦い笑みが溢れる。

なるほど。今思えばだが、ちょいちょい可笑しなことを言っていたわけだ。

いやそれよりも、だ。もっと重大な問題が…

「疲れた?」

「え?」

「米花デパート着いたけど、少し休んでからにする?」

その言葉に慌てて首を横に振り、大丈夫だと笑顔を作る。いかんいかん、余計な心配を掛けさせるところだった。

「倒れた僕がいうのもなんだけど、具合が悪かったらすぐに言って」

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから」

「ならいいけど…」

まだ疑っていた彼だったが、笑うナノカにしぶしぶシートベルトを外す。そして財布ごと渡してくる彼にナノカはギョッとする。

「好きなだけ使っていいから」

「そんな財布ごとなんて…!」

「僕は僕でちゃんと持ってるから、地下の食材売り場で僕が買い物している間に君も必要なものを」

手首を掴まれ、ぽんっ、と無理矢理手の平に置かれる財布。開いた口が塞がらなかった。

逆に使いづらいよ、透さん

「一緒に服とか選びたかったけど、僕がいて困ることもあるでしょう?」

車内で誰も聞いてなどいないのに内緒話でもするかのように彼はスッと唇をナノカの耳に寄せた。

「下着…とか」

ボッ、と顔が熱くなる。耳を押さえ、信じられない、といった顔で彼を見る。したり顔の彼がそこにいた。インナーって言えばいいのに絶対ワザとだ。

「有り難く…遣わせて、貰います!」

漸く大人しく財布を受け取ったナノカに彼は嬉しそうに頷く。こうして掌の上で転がされている事実に彼女が気づくことはなかった。




一時間後、待ち合わせた場所に行くと買い物袋を下げているにも関わらず、周りの視線を一身に浴びている彼を見つける。あの視線の中をくぐり抜けていくのか。

「お、お待たせ透くん」

「僕も今来たところだから気にしないで。無事必要なものは買えた?」 

「うん、お陰様で」

すると彼の手が伸び、ナノカが持っている袋をひょいっと奪い取る。驚いているナノカを他所に彼はスタスタと歩き出してしまった。

「と、透くん!自分で買ったものだから…」

と言っても彼に貰ったお金だが…

「女性に荷物を持たせるわけにはいかない」

「お、男に全部持たせる女も頂けない…かなと」

その言葉にピタリ、と足を止める彼。あっ、しまった。ここは彼を立て、素直に甘えるべきだったかもしれない。しかし逆に手ぶらは無力感を感じてしまうのだ。こんな女でごめんよ透くん…。

しかし彼は嫌な顔をするわけではなく何故か小さく笑った。そして持っている袋の中で一際軽い荷物を渡してくれた。

「あ、ありがとう…?」

「どういたしまして…?」

何故か疑問形で礼を言うナノカに同じく疑問形で返した安室。それが少し可笑しくて二人で吹き出して笑った。







家に着く頃にはもう外は暗かった。夕飯を一緒に食べ、先に風呂に入らせてもらう。ファストファッション店で粗方揃えたが何日いるか分からないため、パジャマだけは彼の白いスウェットを借りることにした。

今は彼が風呂に入っている。その間ハロくんに構ってもらっているがやはり一人になると色々と考えてしまう。

彼は一週間だった。自分は何日ここに居られるのだろう。元の世界に戻ったら二度ともう彼には会えないのだろうか。

ズキッ、と心臓に痛みが走る。

ブンブンと顔を左右に振る。暗くなるな。まだわからないじゃないか。取り敢えず数日は様子を見て…

チラッと視界に入ったベッドにナノカは固まる。

あれ、失念してたけど布団ってどうなってるの?透くん何も言ってなかったけどお客さん用のがあるのだろうか。

そこで連鎖式に思い出してしまう。あまり気づかないフリをしていたが、ナノカの世界で彼とは一緒の布団で寝たこともあるし、露天風呂も入った。ついでにおでこにチューもした。

あー!と頭を抱え心の中で叫ぶ。

いや、全部ナノカが勝手にしたことで彼に非は全くない。むしろ紳士な対応をしてくれていたのだと今ならわかる。思い出したらまた羞恥心がぶり返してきた。床を転げ回りたくなる。

あー、もう…だれか私を穴に埋めて。

「やっぱりどこか具合悪い?」

いつの間にか風呂から出ていた安室は下を向いて深刻な顔をしているナノカに気づいて心配そうに覗き込んできた。濡れた髪が艶かしく…じゃない!!慌てて大丈夫だと手を振る。

「とても大丈夫なように見えない」

顔だって赤いし、と心配した顔で言われてしまえばもう隠すことなどできない。

「ち、違うの。色々自分の行動を思い出してたら恥ずかしくなって…」

あはは、と誤魔化すように笑う。もう、本当に恥ずかしい。彼も気まずいのか苦笑いを浮かべていた。

「あ、あのね。その…嫌だった、よね。無理矢理…その露天風呂…とか」

語尾が小さくなる。あぁ、ダメだ。こんなこと言ったら彼は否定の言葉を言い辛くなるじゃないか。

「い、今のはやっぱりなしで…」

「僕が嫌だったのは…」

その言葉にナノカは身構える。やはり相当鬱陶しかったのだとズシリと心が重くなる。

すると彼の両手が伸びてきてナノカの顔を包み込む。そして下を向くナノカの顔を無理矢理上げた。

「子供の姿を利用して純粋な君の優しさを汚すことに抵抗があったからだ」

目を見開く。彼は…少し、悲しそうに目を伏せた。

「君の行動はいつも僕を思っての行動だった」

「透くん」

「確かに困ったことはあったけど、嫌だったことは一つもない」

「ほ、ほんとに?」

「本当だ。逆に君は?」

「わたし?」

「僕に対する嫌悪感はない?」

「えっ、どうして?」

「子供だと思っていた人間が実はとっくに成人を迎えてる男で、その男と一緒の布団で寝たり、風呂に入ったり、額にキスまで…」

「わー!待って!待って!待って!!!」

あわあわと彼の口を両手で押さえる。途端に彼の眉は寂しげに下がった。

「単純に自分の行動を省みて恥ずかしくなっただけだから!だから嫌悪感なんてそんな…!」

「なら、君がここにいる間は一つの布団で一緒に寝ても問題はない?」

こくん、と頷きそうになって慌てて首を横に振る。

いやいやいや!

「あるよね!問題!話の流れで頷くと思ったら大間違いだよ透くん!」

「・・・・」

「どうして不機嫌な顔になるの!」

片眉を上げ納得していない顔の彼にナノカは赤い顔で突っ込んだ。



2020.11.22
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