番外編


洗濯物を干し、晴れた空を見上げる。今日は天気がいい。春の暖かさを含んだ風が心地よい。

「じゃあナノカ、行ってくるよ」

玄関に向かう彼を見送るべくナノカは部屋の中へと戻る。

「今日はポアロだよね」

「うん。昼時、来る?」

「うん!テイクアウトって出来る?」

「出来る…けど、店で食べていけばいいじゃないか」

拗ねた顔をする彼にナノカは小さく眉を落とし困ったように笑う。

「今日は天気もいいし、ハロの散歩がてら公園で食べたいなって」

散歩に反応したハロが尻尾をぴん、と立てナノカにワンと吠える。ごめんね。まだなんだと伝えれば彼は寂しそうに尻尾を下げる。たまらずハロを抱き上げ、ご機嫌を取る。

「わかった。寄るとき連絡して。用意しておくから」

「ありがとう零くん」

いってらっしゃい、と手を振れば彼も「いってきます」と小さく振り返してくれた。

一通りの家事を終え、ナノカはリードを手に持つ。待ちに待ったそれにハロは大喜びでナノカの足元に寄ってくる。

「ハロ、お待たせ!行こうか!」

彼に今から家を出ると連絡をして、ナノカはポアロへと向かった。






「アイスコーヒーも入れておいた」

「わー!ありがとう」

「今日は定時で上がれると思うから」

「わかった」

店先でハロを連れてきたナノカにコーヒーとサンドイッチが入った紙袋を手渡す。視界に入る親子に気付きながらも嬉しそうに公園に向かっていくナノカの背中を見送る。

「えーと…毛利先生、それに蘭さん。そこで何をしているんです?」

事務所の階段から顔だけ出して、わかりやすくにんまりと目尻を下げている親子に安室は苦笑いを浮かべる。

「なんだ、今のは…?お前のコレか?」

小指を立てる小五郎に安室は困ったように眉尻を下げる。

「えぇ…実は…そう、でして…」

照れ臭そうに応えると小五郎と蘭は口をぱかん、と開けた。さすが親子だ。先程からリアクションがシンクロしている。

「えー!!そうなんですか⁉」

「え、えぇ。あの、ですが…」

「お前あんまり興味なさそうだったじゃねぇか。黒うさぎ亭に行っても!」

「毛利先生、彼女の前でその話しはしないでくださいね?」

やましい事は一切ないが誤解を生みかねない小五郎の言い方に釘を刺す。今度二人で挨拶に伺います、なんてまるで結婚前の挨拶のようなことを言えば毛利親子もそう思ったのか二人は顔を赤くしていた。






「はー!良い天気だね、ハロ!君のごはんも持ってきてるからね!」

昼用のボーンを渡し、自分も紙袋からハムサンドを取り出す。

やば、超幸せ。なんて思いながら口いっぱいに頬張る。公園では子供たちが長閑にサッカーをしている。アイスコーヒーを啜りながら元気だなぁ、なんて呑気に眺めていると髪飾りを付けた女の子が派手に転んでしまった。

駆け寄る大人がいないところを見ると子供たちだけで遊んでいたようだ。

友達が心配そうに女の子の周りに寄ってくる。遠目から見ても擦りむいた傷は深そうだった。

ナノカは持っているアイスコーヒーをベンチの上へと置き、席をたった。




「歩美ちゃん!大丈夫ですか⁉」

「派手に転んだなぁ歩美」

「吉田さん、傷見せて」

「うぅっ…あ、哀ちゃん…!」

「泣かないの。急いで消毒すれば大丈夫だから」

「歩美ちゃん、立てる?」

コナンが歩美に手を貸そうとする。すると光彦の顔が何故か青ざめている。

「僕…昨日テレビで見ました。細菌が傷口に入って死に至ることもあるって…」

光彦の言葉に元太は驚く声を上げる。

「マジかよ!死ぬのか歩美!」

おいおいおい、と不安を煽る光彦と元太にコナンは突っ込みを入れる。

「破傷風のことを言ってんなら、それは…」

「うっ…うぅ…」

え?歩美ちゃん?と男性陣の口隅はヒクつく。「うわぁぁん!」と泣いてしまった彼女にコナンは二人を咎める。

「ほらみろ泣いちまったじゃねぇか!」

「ぼ、僕は歩美ちゃんが心配で…!」

「歩美!うな重でも食えば大丈夫だって!」

「あんた達、いい加減にしなさいよ!」

当たり前だが灰原が激怒している。しかし何故自分まで…とコナンは肩を竦める。

「こんにちは!」

突然自分たちの目の前に現れた女性に少年探偵団達は固まる。歩美は泣いていた目を開け、視界一杯に広がる白いもふもふしたものに目を丸くした。そこから女の人が横から顔を出す。

「お嬢ちゃんのお名前は?」

「あ…あゆみ…」

コナンだけは見覚えのあるその女性に、げっ、とあからさまに嫌な顔をする。

「歩美ちゃんね!少しだけ傷を見せてもらえる?」

「う、うん…」

「あー、結構深く擦っちゃったんだね」

「歩美…しんじゃう…?」

「大丈夫。死んだりしないよ」

でも念のためちゃんと手当てしておこうね、と彼女は腕に下げているビニール袋から水を取り出す。

「それ、どうしたの?」

コナンが怪訝そうな顔で聞いてくる。そこで彼女は初めてコナンに気づいた。

「あれ?君この間の…」

余計なことを話される前にコナンはわざと大声を上げる。

「わー!っと!その話はいいから!」

その袋どうしたの!と袋を指さす。

「さっきそこの薬局で買ってきたの。ここの公園にはお水、設置してないみたいだし…」

「わざわざ?」

「まぁ、家に帰ればいろいろ取り揃えてあるけど…今のご時世君たちは知らない人のうちには上がらないし、招かないでしょ?」

確かにそうだ。しかしまだ心を許したわけではないとコナンの顔は未だ訝しげにナノカを見つめている。そんな彼をよそにナノカは歩美をベンチまで運んでいく。

「…消毒、痛い?」

水を持つナノカを不安そうな顔で見つめる歩美にナノカは一度手を止める。

「歩美ちゃん、この子抱っこしてもらってもいい?」

先程の白い犬を歩美に抱かせる。

「名前はねぇハロくんっていうんだよ」

ワン!と返事をするハロに歩美はお利口さんなんだね!と笑顔になる。やっと明るくなってきた彼女にナノカも表情を緩ませる。

「歩美ちゃん、ハロはすごく頭が良くてね。たくさん芸が出来るんだよ?」

ナノカが何か指示をすれば、すぐに芸をするハロ。歩美が興味津々に見ている間にナノカは水で傷口を綺麗に流していく。慣れた手つきにコナンは目を見張る。最後に消毒をし、被覆材を張って、彼女は「はい、終わり!」と笑顔を向ける。

「どう?痛くなかったでしょ?」

「え?わー!本当だ!もう終わってる!お姉さんありがとう!」

「貴女すごい子供の扱い慣れてるみたいだったけど…保育士か何か?」

「ううん。元看護師だよ」

「元?今は?」

「い、いまは…」

「いまは?」

「自宅…警備…かな」

「なんだ?家守ってどうすんだ?」

「違いますよ元太くん。自宅警備とは働いていない、いい年した大人がよく使う言葉なんです」

「なんだ、姉ちゃん働いてねぇのかよ」

「ニートってやつですね」

「お、大人には…色々あるんだよ…」

「お礼に歩美たちが働き口、探してあげようか?」

「小五郎のおっちゃんに頼んでみたらどーだ?」

「元太君!あのおじさんは迷子猫は探してくれても職までは探してくれませんよ」

「なるほど…貴女、人生の道に迷っちゃってるってわけね…」

「お前ら…そのへんにしてやれ」

グサグサと刺さる子供たちの言葉にナノカは膝を抱える。

「まぁ、そりゃそうだよね。私今資格ないし、戸籍もないから働けないし、日に日にまずいなーとは私も思ってきたわけで…」

ぶつぶつ地面と会話をしているナノカにコナンはポンっと肩を叩いた。

「まっ!あんま気にしない方がいいよ!」

子どもらしいキラキラした笑顔のコナンにナノカは最後とどめを刺され、その夜、泣きながら零に働かせてくださいとせがんだ彼女がいたとかいなかったとか…



おわり!
2021.2.16
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