初めまして1
「なんか、店の雰囲気変わった?」
「え?」
カウンターに座る常連客の女性に声をかけられ、作業の手を止める。その女性はキョロキョロと辺りを見渡し、肩より少し長い黒髪が左右に揺れる。色めきたっている店の雰囲気に少々居心地が悪そうだ。
「客層、ずいぶん若くない?」
「あ、そうかも。かやさんここくるの久しぶりでしたよね」
会えなくて寂しかったです。と素直に思ったことを伝えれば彼女は優しく微笑んでくれた。
彼女は如月かやといい梓がここ喫茶ポアロに働き始める前から通う古い客である。
「仕事でなかなか来れなくてさぁ。ここのカラスミパスタが恋しかったよ」
「ふふ、ありがとうございます」
コトっと彼女の前にちょうど出来上がったパスタを目の前に置くと、目を輝かせて、いただきますと両手を合わせた。
「で?なんか映えるようなことでも始めたの?」
確かにここ最近SNSが主流になり、ネットで話題になった店は繁盛しているが、ふるふると梓は首を横に振る。
「実は新しいバイトさんが入って、それがかなりのイケメンさんなんです」
「なるほどね」
もぐもぐとパスタを頬張りながら彼女は納得したように頷いた。
「どんな感じの人なの?」
「仕事覚えも早くて、料理も上手で、物腰柔らかでしかも爽やか」
「へー、漫画のヒーローみたいだ」
「頭もすごく良いんです。探偵のお仕事もされていて、上に住む毛利さんのところに弟子入りしているそうですよ」
「え?毛利さんとこに?」
「そうなんです!」
「そういえば最近好調らしいよね。なんだっけ。えっと…便りの大五郎、だっけ?」
「全然ちがいます。眠りの小五郎です。わざとですよね?」
「名前は本気で間違えた。毛利さんに申し訳ない」
「もうかやさんらしい」
「ちなみに今日はそのイケメンさんくるの?」
「15時から来ることになってますよ」
時計を見れば14時半少し過ぎたところだった。腕時計を確認するかやの姿に珍しいと梓は思った。
「かやさんも興味あります?」
「え?」
「あんまりイケメンとかに興味ないんだと思ってました」
「そう?」
コクコクと頷く梓にかやは困ったように笑った。
「テレビで話題になってる俳優やアイドルとかもあんまり話に乗ってこないじゃないですか」
「あー確かに。でもまぁ、所詮私も周りの人と同じミーハーってことですよ」
「ふーん」
どこか腑に落ちない顔をする梓にかやは笑って誤魔化した。
「その彼は今月いつくるの?」
「えっと今月はこの日とこの日…」
卓上のカレンダーを出して彼がくる日を教えると、手帳にメモするかや。ますます梓は不思議な顔をする。
「ごちそうさま。お会計お願い」
「えぇ⁈」
財布を取り出し、帰ろうとしているかやに梓は驚く。
「会っていかないんですか?あんなに聞いていたのに?」
「今日はいいや」
「えぇ⁈」
ただただ困惑している梓をよそにかやはさっさとお会計を済まし店を出ようとしている。
「じゃあまたね、あずちゃん」
カランカランとドアのカウが音を立てる。ポカンとしたまま突っ立っていると後ろから「どうしたんです?梓さん」と噂の彼が声をかけてきた。
□□□
「え?僕の話を?」
イケメンアルバイトこと安室透にさきほどの事を話すと彼は不思議そうに首を傾げた。
「つい、信用できる常連さんだったので安室さんのくる日を教えてしまったんですが、プライベートなことでしたよね、すみません」
基本はスタッフのシフトを客に教えるなんてことはない。トラブルのもとになるし、実際やんわりお断りしていることのほうが多い。安室も普段の梓を知っているからこそ、今回は特別なことだったのだとわかる。
「いえいえ。でも先ほどまでいらしてたんですよね?」
「そうなんです!もう少しすれば会えたのに帰ってしまって」
「急いでいたのかもしれませんね。時間を気にされてたとか?」
「うーん。15時に来ることをお伝えした時には腕時計をちらっとみたんですけど、別段急いでる感じでもなかったような…」
「まぁ、僕のシフトを聞いているならそのうち会えますよ」
「ですね」
彼女の行動に些か引っかかりがあるもののその内会えるだろうと夜の仕込みに取り掛かったーー…
「変です」
難しい顔で顎に手を当て悩んでいる梓に安室は首を傾げる。
「どうしました梓さん」
「安室さん、1人でのシフトの時かやさんに会いました?」
この人です、とスマホの写真を見せてくれた。仕事柄、人の顔を覚えるのが得意な安室だが見覚えがなかった。
「いえ、来てませんね」
うーん、とまた難しい顔をする梓。
「お仕事忙しいんじゃないですか?」
「私とは会ってるんです」
「はい?」
「そしてここしばらく仕事は落ち着いているそうでポアロに来てくださったときにはゆっくり過ごすことが多くて」
「はぁ」
「かやさんに安室さんには会えました?って聞いたらまだって言うんでどうしてかなぁって」
「人見知りする方とか?」
「1人居酒屋で隣の人と話せるようなひとなのでそれはないかと」
「なるほど」
それなら気軽に声をかけてきそうだ。あと考えられるとしたら、一つ。
「単純に僕のことが苦手、とか」
「うーん、話している感じではそんな風には見えなかったんだけどなぁ」
「まぁ、タイミングってありますからね」
「それも、そうですよね」
「ご本人に確認されてみては?」
「今度聞いてみます」
その後店が混んで来たためこの話の続きはされることはなく、安室も深く考えずにいた。
翌日、やはりかやは安室がいない時間に来た。
「いらっしゃいませ、かやさん」
「こんにちはー、カウンターいい?」
どうぞ、どうぞと促し、コートを脱いで座るかやをジッと見つめる。
「いやー、陽は暖かいけどまだまだ寒いねぇ。桜をみれるのはずっと先かな」
「そうですねぇ…」
ジーといまだ見つめてくる梓に、かやは少し苦笑いする。
「…あずちゃん、穴が空きそう」
そんな見つめられると、と少し照れくさそうにいうかやにまたそういう冗談ではぐらかそうとしている、と今度はジト目でかやを見る
「わかって言ってますね?」
「はは!やっぱ気付く?」
「当たり前ですよ!2.3日なら被らない日もあるかな、と思ったんですがさすがにここまでくると…」
「だよねぇ」
「安室さん、苦手ですか?」
会ったことすらない相手をかやが嫌うのも珍しく、あまり想像もつかなかった。ここでは結構色々な客と話してることもあるからだ。イケメンが苦手、というわけでも無さそうなのに。
「いや?そういうことじゃないんだ」
「やっぱり。ではなんで?」
「次の仕事で使えそうかなって」
「安室さんが?」
「そうそう」
「じゃあ尚更会わないのはどうしてです?」
「イメージが崩れちゃうと仕事に支障がでてしまいそうだから、かな?」
「そういえばかやさんのお仕事ってあまり深く聞いたことありませんけど、何されてるんですか?」
彼女はこの手の話をはぐらかす。あまり客にプライベートな話題は避けているが、今回話題に上がったついでに長年気になっていたことを口にする。
「なんだと思う?」
「あー!またそうやってすぐに教えてくれない」
「言ってくれれば答えるよ」
「うーん、Wイメージが崩れるWの言葉で推察すると、スカウト、芸能関係…もしや盗撮が目的?」
「写真撮って裏で捌くの?」
「そうです、そうです」
「上の階に名探偵いるのにリスク高いよ」
「確かにそうですね」
「ていうか、私そんなひとに見られてたと思うとショックだわぁ」
「冗談です。あ、実は小説家さん?」
「違うー、あ、カラスミパスタまだある?」
「ごめんなさい、カラスミ切らしてて、サンドイッチならすぐ出せます」
「じゃあそれで」
うーん、と考え込みながらサンドイッチの準備をする梓に笑みを浮かべながらかやは店内を見渡す。昼の時間をずらして来たせいか客は数人しか居なかった。
本や新聞を読んだりしているもの。
携帯を見ている女性は表情が少し険しい。彼氏からの連絡待ちかもしれない。喧嘩でもしたのかな?
イヤホンをしている男性は音楽を?いやラジオかも…競馬だったら面白いな。
コトっとサンドイッチをかやの前に置く。いまだ真剣に考え事をしている梓の邪魔にならないよう小さくいただきます、と手を合わせる。
「そういえばたまに海外にも行かれてますよね。この間は確か…」
「そうそう。NYに行ってたよ」
英語そんな喋れないけど、と笑いながらサンドイッチを頬張る。
「お仕事で?」
「まぁ、仕事の一環ではあるかな。でも行かなくても出来る仕事だよ。海外に行くのはほんど趣味みたいなものだし」
「ライターさん?」
「ハズレー、物書き系に集中してきたね」
「たまに手帳を出して気になることがあるとメモしてることあるじゃないですか」
「確かに小説家とか、漫画家ってそのイメージ少しあるかも」
「あ、漫画家も違うんですね」
残念、と肩を落とす梓にかやはクスクス笑う。
「このサンドイッチ美味しいね」
「ほんとですか?でも安室さんの作ったハムサンドには負けます」
「へー、美味しいんだ?」
「JKの間ではあむサンドと呼ばれるほどに」
「私はあずサンドで十分だ」
「もうかやさんったら」
□□□
「ってあずサンドに持ってかれて肝心の職業は結局聞けてない…!」
翌日、皿を拭きながら昨日のことを思い出し、肩を落とす。
「例の女性ですか?」
エプロンの紐を後ろで結びながらホールに入ってきた安室に梓は、そうなんですと言葉を続けた。
「安室さんに会わないのは仕事の為らしくて」
「仕事のため、ですか」
布巾を持ってテーブルを拭きながら安室は梓に疑問を投げつける。
「イメージが崩れると仕事に支障が出るからあまり会わないようにしていると」
「物書きか何かですかね」
「小説家、ライター、漫画家は全てちがいました」
「物書きと言っても広いですからね。ブロガーとかもいますしね」
ふむ、と安室はテーブルを拭く手を止めて顎に手を当てる。
「ほかにその女性でわかっていることは?」
「仕事の一環で海外にも行かれてるそうなんですが、ほとんど趣味に近いそうで」
「わざわざ行かなくても仕事には支障がないんですね」
「そうみたいです。あとは時間が不規則な生活を送ってる感じですかね?」
「在宅でのお仕事の可能性も考えられますね」
「あとは、気になることがあるとすぐ手帳にメモしたり、絵を書いたりしています」
「絵を?」
「小さなスケッチブックを持っていて、時々ここで色鉛筆で色を塗ってることもあります」
「絵本作家でしょうか」
「私がここ入ってすぐの頃、そう聞いたんですが、違うとおっしゃってました」
「なんの職業か僕も興味が出てきました」
「私の推理力ではここまでが限界です」
「ちなみに毛利先生とはお知り合いなんですか?」
「はい!時々蘭ちゃんたちとも話してますよ」
「なら今度話を伺ってみましょう」
「情報収集ってやつですか?」
「そこまでされたら当てたいじゃないですか」
「安室さんが味方だと心強いですね」
「あ、そろそろ時間ですね。表の看板変えてきます」
「よろしくお願いします」
毛利小五郎との知り合いなら調べる必要があるな、と口隅を少し上げながら安室は店の扉を開けた。
2
夕方、ポアロの仕事終わりにサンドイッチの差し入れと称して偵察しに毛利探偵事務所へと足を運んだ安室。特に今日は依頼もなかったそうで、目ぼしい情報は手に入らなかったが、話のタネに彼女のことを話題にすることにした。
「毛利先生、少々伺いたいことがあるのですが」
「あ?なんだ急に」
「如月かやさんってご存知です?」
無精髭を生やし事務所デスクで新聞を読んでいた小五郎は安室の口から彼女の名前が出たことが意外だったようで、先程まで出していた面倒臭い雰囲気を一変させた。新聞から顔を上げた表情は笑顔だった。
「おー!かやちゃん帰ってきてたのか。なんだ、あいつに会ったのか?」
「帰ってきてはいるそうですが、会えてはいないんです」
「何何?かやさんの話?」
お茶の準備をしていた蘭が彼女の名前が出た途端こちらに興味を示した。
「実は先日梓さんにかやさんの職業が気になると伺いまして」
「あ?んなもん本人に聞けばいいじゃねーか」
「それがなかなか教えてくださらないようで相談を受けたんですが、僕では力不足でして。毛利先生に助力いただけたらな、と」
「たく、しょうがねーなぁ」
「でもかやお姉さんってそういうところあるよね」
ソファで漫画を読んでいたコナンもいつの間にかこちらを向いていた。
「人の話はすごく聞きたがるのにあんまり自分の話をしたがらないというか」
「皆さん、彼女とは付き合い長いんですか?」
「私が小さい頃、よく遊んでもらってましたよ。ピアノもかやさんに習ったんです」
「ほー、彼女ピアノが弾けるんですか」
「でも、確かに私もあんまりかやさんのこと知らないかも」
「まぁ他人の旅行話を聞いた翌日にはその場所に所構わず行っちまう変わり者だよ。例え海外だろうとな」
「ずいぶんアクティブな方なんですね」
「2.3日急にいなくなるなんてのはザラでよ。今回少し長かったから心配したが…」
「いつもこうふらふらーと、何でもなかったように現れるんです。事務所だったりポアロだったり」
「ここにも来るんですか?」
「旅行から帰った後は必ずお土産持ってきてくれるよ。僕たち全員の分。今回は無かったみたいだけど」
「もしかしたら僕のせいかもしれません」
三人の顔が一斉にこちらを向く。安室はことの経緯を話、避けられていることを伝える。まだポアロの勤務は梓に聞けばわかるが、毛利の事務所は鉢合わせしてしまう可能性がある。はなから訪れないようにしているのかもしれない。
「がーはっはっ!顔が良いってのも考えものだな!」
「ちょっとお父さん!」
豪快に笑う小五郎に対し蘭が失礼だと止めに入るがお構いなしに笑い続ける。
「君は、どう思う?」
「え、僕?」
不意に安室がコナンに声をかければ慌てたように自分を指差した。話を振られるとは思わなかったのだろう。
「参考程度に君の意見も聞きたいな」
「んなガキに聞いたってわかりゃしねーよ」
「そんなことないよ。コナン君いつも細かいことに気付いてくれるし。お父さんの推理の手伝いよくしてくれるじゃない」
「ど、どうかな〜?」
やや苦笑いぎみのコナンに安室は気にせずジッと見つめ彼の意見を待った。視線に気づいた彼は肩をびくつかせながらも口にする。
「そういえばかやお姉さんっていつも気になったこととか、思ったことを必ず紙に残すよね」
「あ、確かにそうかも」
「梓さんも同じこと言ってましたよ」
「もしかして安室さんをモデルにして小説を書いてるとか?」
「それが物書きではないらしいんですよ」
うーん、と安室と蘭は顎に手を当て悩む。既にこの話題に飽きた小五郎がタバコに火をつける。
「きっとおめーの写真を裏で売ってんだよ」
「お父さんひどーい!かやさんをそんな目で見てるなんて!」
「もうこの話は終いだ!腹減ったし、飯だ飯!」
「も〜、お父さんったら」
文句を言いつつも上の階へと移動していく蘭。小五郎は安室に目線を移す。
「で、おめーも飯食ってくか?」
「いえ、お邪魔ですので僕はこれで」
そう言ってまた明日、と小五郎の事務所を出て行ってしまった。
「安室さんも少し謎だよね」
小五郎にそうコナンが言えば彼はハンっと鼻を鳴らした。
「最近の若造は何考えてっかわかりゃしねーよ」
電気消すぞ、と事務所に鍵をかけ上の階へ移動する。コナンはもういない安室が降りていった階段を見つめた。
□□□
夜、ブルーパロットという酒場に部下と飲みに来ているとふと見覚えのある女性がカウンターでお酒を飲んでいた。女性のバーテンダーと何やら話してるようだ。
写真を見せてもらったのは記憶に新しい。ビールジョッキ片手に笑顔の写真だったためお酒が好きな印象だったがどうやらその通りらしい。
確か名前は如月かや。彼女は遂にポアロに現れることはなかった。それも安室透がシフトに入っている時だけ。
「風見、今日はこれでお開きにしよう」
会計は済ましてあるから、と彼に伝えれば申し訳なさそうに頭を下げる。
「降谷さんはまだお帰りにならないので?」
「あぁ、少し探りを入れておこうと思ってな」
「は、はぁ」
訳が分かっていない部下は少し困惑した様子で店を出て行く。降谷は酒が入ったグラスを持って席を移動した。
「こんばんは、隣いいですか?」
その言葉に驚いた顔をした彼女だったが次には笑ってどうぞどうぞと席を勧めてくれた。
「つい会話の内容が気になったもので」
「え?大五郎さんの話?」
「かやさん、小五郎さんですよ」
「また間違えた。今度から毛利さんって呼ばずに小五郎さんって呼ぼうかな。そしたら覚える気がする」
「もしや、毛利小五郎のことで?」
「そうです!ご存知なんですか?」
「実は僕も毛利さんとは面識がありまして、普段から結構お世話になっているんです」
その言葉に彼女は少し目を丸くする。「なるほどそれで」と会話に入ってきたことに納得したようだった。
「それでなんの話をされていたんですか?」
「実は柚嬉ちゃん…えと、ここのバーテンダーさんがね、気になることがあるっていうんで、小五郎さんを紹介していたところなんです」
「気になること?僕も聞いても?」
バーテンは快く頷いてくれた。話は昨日に遡り、ちょうどこの時間にシャンパンを開けたような音とそのあと柚子のような香りがしたのだとか。店では柚子系統のリキュールは使用しておらず、コルク栓も落ちていなかったという。その時間にシャンパンボトルのオーダーも受けていなかったため、少し疑問に思ったのだそうだ。
「お客さんが隠れて持ってきたとか?」
「店を見渡して見たけど、特にはそんな素振りのお客様はいらっしゃらなかったのよね」
「気になるなら相談してみる?柚嬉ちゃん、美人だから小五郎さんすっ飛んでくるよ」
「でも昨日だけの事だし、私の勘違いかもしれないから」
「じゃあ何回か続くようだったら連絡してみると良いよ。これ小五郎さんの連絡先ね」
一枚破いたメモ帳に連絡先を書いて渡すとバーテンは嬉しそうに受け取った。
「ありがとう」
「最近好調らしいし、きっとすぐ解決してくれるよ」
「まるで前はそうではなかった言い方ですね」
今まで聞く側に徹していたが、ここで初めて会話に入っていく。彼女はバーテンからこちらに視線を移し、困ったように笑った。
「探偵なのは知っていたんですけど、しばらく陽気なおじさんくらいにしか思ってなくて」
「それは、どうして?」
「んー、あんまり仕事をしているイメージが無かったというか…」
視線を上にし、当時を思い出しているようだ。持ち前の洞察力で一つ一つ彼女を観察していく。
「しばらく日本にいなかったんですけど、離れるちょっと前ぐらいに小五郎さんがちょいちょい新聞に出るなぁと思ってまして」
最後にふふっと笑って「帰ってきたらすごい名声を手に入れててびっくりしました」とグラスに口をつける。
「毛利さんは普段、能力を隠されているようにも見えますが…」
確かにそうかもしれませんね、と彼女は柔らかく笑った。すると何かを思い出したように、あっ、と声を上げる。
「小五郎さんのお宅にはもう行かれました?」
「事務所でしたら何度か」
「では、あの少年に会いましたか⁉」
少し食い気味に聞いてきた彼女に若干引きながらも普段通りの笑顔で接した。
「コナン君、ですか?」
「そう、コナン君!とても聡い子でして、メガネかけてて可愛いんですよ。私は彼が小五郎さんの名声の元だと思います」
「あはは!かやちゃんそれは言い過ぎだよ」
バーテンはおかしそうに笑った。それにメガネをかけていて可愛いとはなんだろうか。
「小五郎さんには探偵以外にも違う魅力を感じますし」
「気になりますね。ぜひ教えて頂きたい」
お酒が入っていて気分が良いのか、聞いていたよりも自分のことを話してくれている印象だ。
「柔道すごいお強いんですよ。いざという時すごくかっこいいんです。前に助けて頂いて、それからたまーに習いに行くんですけど」
変なことが起こらないよう蘭ちゃんの監視のもと、と笑いながら彼女は言葉を続けた。
「蘭さん。確か毛利先生の娘さんですよね」
「そうそう!学校や部活だってあるのに家事全般は彼女がしているんです。家族の毎日の栄養バランスも考えていて、しっかりした子です」
今の酔った状態であれば、口が滑りやすくなっているかも知れない。もう少し彼女自身の確信にも触れてみよう。
「日本を離れていた、というのはお仕事で?」
「まぁ、そんなところです」
「どんなお仕事を?」
「その時感じたものを仕事にしてます」
まるで有名画家のような言い方だ。それはいったいどのような仕事なのかと、もう少し踏み込んだ質問を試みようとしたが先に口を開いたのは彼女だった。
「お兄さんこそ、どんなお仕事をされているんですか?」
なるほど、確かにはぐらかされる。
名刺を取り出し、彼女に渡す。
「そういえばまだ名乗ってませんでしたね。申し遅れました、私立探偵をしてます安室透といいます」
まず、自らの話をしてもう少し紐解いてみよう。彼女は渡された名刺をジッと見つめ何やら考え込んでいるようだった。しかし次にはなんでもなかったようにこちらに目を向ける。
「ご丁寧にどうも。如月かやといいます。名刺が無いためこのままで失礼致します」
彼女は名前を覚えるのが苦手なようだった。それとも同姓同名だと思ったのか、ポアロで働いている安室透とは思っていないのかもしれない。
「探偵さん、なんですね。それで小五郎さんと親しい間柄というわけですね」
名刺を見ながら話す彼女に安室はそれでも気付かないのか?と疑心の目で見てしまう。するとあっ!と思い出したように彼女は安室を見た。やっと思い出したのかと思いきや彼女は頓珍漢なことを言った。
「浮気調査は自ら体を張られるんですか?」
「なんの話です?」
3
いつもの定位置であるカウンターに座り、欠伸をしているかやの姿に梓は心配そうに覗き込む。
「かやさんもしかしてお疲れですか?」
「うん、実は急な仕事が入ってさ」
「大丈夫なんですか?目にクマが出来てます」
「あともう少しだから大丈夫」
「何か飲みます?」
「じゃあブレンドをお願いします」
カウンター上にはいつもの手帳とスケッチブックが置かれていた。なにやら頬杖をついて難しい表情をしている彼女はペラペラと捲っては短いため息を吐くの繰り返し。今回はかなり煮詰まっているようで邪魔にならないようコーヒーを置いた。流石に今日の雰囲気では色々聞くことは無理そうだ。
お客はかやのみで、空いている今のうちに午後の仕込みをしてしまおうか、グラスを拭きながら迷っていると、ふとかやに伝えていなかったことを思い出す。
「すみません、かやさん実は…」
声をかけたがすぐさま口を閉じた。
頬杖をついた体勢のまま寝てしまっていたからだ。だいぶ寝不足だったようで声をかけても起きる気配はなかった。このままにしておこうと、梓はそのまま仕事に戻る。
日中、天気がいい時は陽の光が入り、店内をさらに心地いい空間に変えていく。
寝不足のせいか、落ちていく瞼に逆えず少しだけ、とかやは目を閉じた。
カクンッと頬杖から顎が滑り落ちる。その感覚に一気に目が覚めた。
「あずちゃん、ごめん。私、寝て…た」
「おはようございます」
顔をあげればそこに梓の姿はなく、かわりに見覚えのある男性がカウンター越しに立っていた。どこかで会っている。未だ寝起きでぼんやりしている頭に過ぎるのは一週間前のバーでの風景。
「あなた、確か前にバーで会った」
「はい、やっと会えましたね」
「安西さん」
「安室です」
妙な沈黙が二人の間に流れる。またやってしまった、とかやは頭を抱えた。
「すいません…名前覚えるの苦手で」
「そのようですね、毛利先生のお名前も何度か間違えてたようですし」
「さすがにもう覚えました。あの、あずちゃ…梓さんは?」
「実は来週僕の都合が悪くなってしまったので、急遽梓さんとシフトを交換してもらったんです」
「なるほど」
夢うつつの時、梓に声をかけられた気がしたが、もしかしたらこのことを伝えようとしていたのかもしれない。
「何か新しいの飲まれます?」
冷めてしまったコーヒーに一度視線を落とす。せっかく梓が入れてくれたのに飲まずに寝てしまうなんて。
「このままで大丈夫です」
「かしこまりました」
店員と客のやりとりを一通り終えた後、安室は業務に戻ってしまった。カウンター越しに見えるのは洗い終わった食器を布巾で拭いている姿。店内を見渡すと来た時と変わらずがらんとしている。寝ている間に他の客は来なかったようである。
「あの、つかぬ事を伺っても?」
「どうぞ」
拭いている食器から目線を変えずに彼は応えた。
「あの時話しかけて来たのは私だって知ってたんですか?」
「梓さんに見せて頂いた写真と似ているな、とは思ってましたが、確信はありませんでしたよ」
「ここで働いていること言ってくれれば良かったのに」
「Wイメージが崩れるWといけませんので」
「…全部筒抜けなんですね」
少しトゲのある様な言い方にも聞こえる安室の返答にかやは気まずそうに頬を掻いた。
「気を悪くしましたよね。すみません」
「お仕事に支障が出てしまうのは仕方ありませんが、多少なりとも何か思うことがあるのは確かです」
「す、すみません」
「相談したら毛利先生にも笑われましたし」
先程から一度もこちらを見ない。バーで会った穏和な彼の印象とは少し異なる態度にもしかしたら彼の忌諱に触れてしまったのかもしれないとかやは焦る。もしかしたら傷つけてしまったのでは、と。
「嫌な気持ちにさせてしまってすみません。仕事も今日で目処が立ちそうなので、来週からは普段通りに来ます」
無言のまま、未だ皿を拭いている安室に、かやは冷や汗をかく。自然と背筋が真っ直ぐ伸びていた。
「何か、他に私に出来る贖罪があれば言ってください」
「でははぐらかさずに教えてください」
待ってましたと言わんばかりの即答ぶり。急の態度の変化にかやは戸惑う。だが、ようやくこちらを向いてくれたことに内心ホッとする。
「な、なんでしょうか」
「テーブルの上に置いてあるのは仕事で使うものですね」
「そうです」
「見たところイメージや言葉を大切にされている印象を受けます。それに加えてその指先のタコ」
そう言われかやの指先はピクッと反応を示す。
「そのタコはギターを弾いている人がよくなるもの。あなたはもしや音楽関係のお仕事をされているのではないですか?さらに言えば作詞作曲をしている、とか」
ぴくりっとかやの下瞼が反応を示した。その表情を見て安室は満足げに微笑んだ。
「当たり、のようですね」
やっと見れた安室の笑顔にかやもつられて笑顔になる。さすが名探偵のお弟子さんですね、と応えた。
「ご名答です。ソングライターをしています」
「ソングライターということはご自身では歌われないんですか?」
その言葉にかやは困ったように笑った。
「可笑しな話、この仕事をしているくせに歌はあまり上手じゃないんです」
やっと話してくれるようになった安室に安堵し、ふー、と溜まった息を吐き出す。一気に緊張が抜けたようで、背筋を少し緩めた。
「皆さんに内緒なのは何故です?」
「私はあくまで影の楽曲提供者なので。すごいのは歌い手さんですし、あまり公にしたくはなかったんですよね。それに…」
「それに?」
「特に自分が手掛けた曲がヒットしているわけではないので皆さんに言うのが恥ずかしかったんです」
「皆さん、気にされないと思いますけど」
「いやー、自業自得なんですけどあずちゃんなんか変に期待が上がっちゃって逆に言いにくいですよ」
「それは一理あるかもしれませんね」
「これで私は許して頂けたんでしょうか」
「最後にもう一つだけ」
「もう、隠してることないですよ?」
「活動されている名前はなんと仰るんですか?」
うぐっ、とコーヒーカップに口をつけようとしていた手を止める。皆に内緒なら本名では活動してないと踏んだのだろう。かやは胸の内で頭を抱えた。
カップを持つ手を下ろし仕舞いには俯いてしまった彼女に安室は少しやりすぎたか?と彼女を覗き見る。すると意を決したように顔を思い切り上げた。近い顔の距離に別段気にする風もなく彼女は応えた。
「ふ、普段は絶対に教えないんですけど…」
まるで苦虫を潰したような顔で話す彼女にそこまで嫌なのかと、笑ってしまいそうになるのを堪える。
「今回、安室さんには迷惑かけて…しまいましたし…特別に…教えます」
はじめに怒った態度を示したのは正解だった、と安室は吐露する彼女を見て満足する。別に本当に怒っていたわけではない。彼女の性格を考えてこの方が情報を得やすいと思ったまで。効果はあったと安室は胸の内で頷く。
かやはおずおずと手帳の端にW英雄Wと書き記す。
「ペンネーム、WひでおWです」
「・・・・」
職業を聞かれたくない理由を散々述べていたが本音はそれを知られたく無かっただけでは…
安室はそっと胸のうちに秘めた。
next
いいね♡