小話それは一緒に暮らすようになってまだ間もない頃の話ーー…
かやは昔、飼っていたこともあり犬の扱いには慣れていた。散歩も嬉しそうに行くし、遊ぶ時も全力だ。ハロもそんな彼女に心を許しているかのように時々仰向けになり腹を見せていた。
腹を見せている筈なのに…
ハロの中で彼女の順位は少々低いようだった。犬は狼と同じように群れの中で順位を付け、その人に従うかどうかを決めている。
ハロは時々悪戯はするものの零には従順であった。一度叱ればその悪戯は二度としないし、エサがなくても零の言う事はきちんと聞く。
しかし彼女には同じ悪戯を何度もするし、エサがないと芸をしなかった。
散歩の後は玄関先で待てをさせ、足や体を拭いてから部屋に上げるのだが、かやが先に部屋にいると待てずに泥だらけの足で部屋に上がりかやに飛びかかったり、彼女の靴下を隠しては後からボロボロになった姿で出てくる。おかしな事に決まって片っぽだけ。初めは何故か下着が餌食になっていた。その時は彼女が怒るよりも先に零が怒ったせいかそれ以降は下着が餌食になる事はなかった。
困るのは夜中だ。急に起きては遊んでほしいと彼女だけを起こすのだ。飼い始めの夜鳴きとはまた違っていた。
環境が変わってのストレス…とも考えられた。主人と彼女が一緒にいることでヤキモチを焼いている可能性だ。しかしそれなら自分に構ってほしいと来る筈…。
ハロが最近彼女の前でわがままが過ぎるのだと談笑ついでに風見に話したら、「似てきたのかもしれませんね」と言われた。「誰にだ」と鋭く風見を睨めば彼はそれ以上何も言わなかった。
「・・・・」
しかし風見に言われて、なるほど。と納得したくはなかったが、納得した。もしかしてハロは自分の真似をしているというのか?
自分が彼女にしていることをハロもしていると?
確かに帰ってきたら一目散に彼女の元へ向かうし、彼女が就寝時に帰宅した場合はワザと起こすようにちょっかいを出すこともあった。
浮き彫りになっていく己の行動に内心汗を掻くがいやいやいや、と首を横に振る。
僕は彼女の下着を隠してボロボロにする趣味はな……
「あー…」
いつぞやかの営みを思い出し、思わず頭を垂れる。ボロボロにした覚えはないがハロからしたら真似をしているのだろう。
まぁ…つまりは、彼女に構ってほしい…ということなのだろう。しかし今後自分よりも家にいることが多い彼女の方がハロと過ごす時間は長くなるのだから、わがままのままでは彼女も大変だろう。
今もほら、彼女の手を甘噛みしている。
「こーらハロ、ガジガジしない」
私の手はおもちゃじゃないよ、と彼女が優しく窘める。犬種にもよるのかもしれないが、きっと以前はそれで事足りたのだろう。全く止める気配のないハロに彼女も困惑していた。
「怒る時、もっと声を低くして張ってみたらどうだ?」
犬は声の抑揚で怒られているか判断するという。ハロは音程が分かるようだから尚更音や声に敏感なのだろう。
怒られてると思っていないのかもしれない。
零のアドバイスを聞いたかやは早速ボロボロにされた靴下を見つけてハロの前に仁王立つ。なかなか落ち着きのないハロに彼女は低く声を張った。
「こらレイ!お座り!!あっ…」
「・・・・」
二人と一匹は固まる。顔を見ずとも彼女の背中がしまった。と語っている。
ギギギッと古びたブリキのようにゆっくり振り向く彼女はダラダラと顔に汗を掻いていた。
「・・・・」
「・・・・」
とりあえず黙ってその場で正座してみる。そんな零に彼女とハロは驚いた顔をする。
「ち、ちがうの!零君、今のは零君に言ったんじゃなくて…!」
「なるほど。ハロの前で僕を叱ることで僕より君が上だと言うことを示した訳だな」
「ち、ちがうよ…!」
わかってるよ。昔飼ってたレイの名が咄嗟に出ちゃったんだろう?
「ハロ、この通り僕は彼女に頭が上がらない。わかったな?」
「もう!わかっててワザと言ってるでしょう…!」
ハロが困惑したようにオロオロと二人の間を行ったり来たりしている。慌てている彼女とハロが面白い。
「零…ってもう一度言ってくれないか」
「間違えたんだって!ごめんなさい!」
「っということがあって、ハロの我儘もおさまった」
その時を思い出しているのか楽しそうな顔で話す上司を風見はなんとも言えない表情で見る。
あれ、もしかして今惚気られました?
おわり
2020.10.25
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