工藤邸に引越して沖矢昴と仲良くなる11
その日は皆とサッカーをしており、暑い季節の終わりを告げるセミの声が聞こえたあたりで解散となった。
帰路についてる途中、たまたま見かけた犯行現場。遠目からだったが女性が殴られ、車に連れ込まれるところを目撃した。一瞬だったが、あれはかやだった。
コナンは急いでスケボーを使って追い掛けた。しかし、途中スケボーの充電が切れてしまい車も見失ってしまった。寸でのところで飛ばした発信器は無事車に着ける事が出来たが、距離が離れると追えなくなる。
露頭に迷っているとたまたま車で通りかかった安室に声をかけられた。迷ったが切迫した事態だった為、事情を説明し車に乗せてもらった。犯人の車は見つかったが乗り捨てられており、どこの倉庫にかやがいるかわかるのに時間がかかってしまった。
犯人は無事捕まり、連行されている際にかやは犯人の男と話がしたいという。嫌な予感はしたが、近くに警察官も待機しているし、大丈夫であろうと高を括っていたが、次の光景に後悔する。かやが男を殴りつけたのだ。殴った右手が血で滲んでいる。ポロポロと涙を流しながら叱咤する彼女にコナンは胸が苦しくなった。
男は車で連行され、高木もかやの体から離れる。泣いている彼女に戸惑っている様子。駆け寄るコナンをスッと安室が横切りかやを後ろから抱きしめた。
驚いた。
彼は組織の一員であり、ここまでする理由が思いつかないからだ。固まっている高木とコナンを置いてかやを横抱きにして抱え、どこかに連れて行ってしまった。
あとから今日のお礼と行先の病院が記されたメールがかやから届き、安室を見失い大騒ぎしている高木に伝えてあげると彼はホッと息をついていた。
自分が10歳かそこらのときにロスでかやと出会った。自分たち家族だけが知るかやの過去。あの男はそれに触れるものだ。
出会った頃のかやはくたびれた格好に、少し疲れた表情、おまけにあまり笑わない。そんな印象だった。それでもギターを背負いストリートで歌う彼女の歌声に魅了された。道行く人も思わず足を止めてしまうほどに。母の有希子はその姿に一目惚れし、彼女の過去を聞いても諦めず、日本に帰国させる手伝いまでするほどだった。
蘭さえも知らないその歌声は日本にきて一度も聞いていない。表舞台には立たないつもりなのだろう。
Wかや!W
Wかやちゃん早く早く!W
幼き自分と蘭でかやの手をとり急かすように引っ張る。時には阿笠も交えて、色んなところに連れて行ってもらってたな、と当時を振り返る。だんだん笑顔になっていく彼女が嬉しかった。
あの時はまだかやのことを呼び捨てにして呼んでいたな、と眉を下げて笑う。中学に上がり、恥ずかしさも相まってWかやさんWに呼び方を変えた。その呼び方にいまだちゃん付けで呼んでいた蘭は不思議そうに尋ねたのを今でも覚えてる。
Wもう俺たち中学生なんだぜ?それにかやさんもその方がいいに決まってるW
これからお前も敬語使えよと蘭に言えばしぶしぶ理解したようで眉を落としつつも、わかったと頷いた。蘭は彼女にピアノも教わっていたから距離が出来るようでより寂しかったのかもしれない。これにはかやも同様に寂しかったようで、彼女の前で実際にそう呼んだら悲しい顔をされたのを覚えてる。その証拠に新一とそっくりなコナンの顔をみて「かやって呼んでもいいんだよ」と言われた時は笑ってしまった。
病院での治療が終わったかやから再度メールが届く。脳も調べてもらったがとくに問題はなかったとのこと。安室とは別れ、代わりに後から合流した高木と事情聴取に警察署へと向かったと記されていた。
数日して、かやは元の生活に戻っていた。何もなかったようにいつもの笑顔で笑っている。今日はこの間のお礼も兼ねてかやの奢りで米花水族館に来ていた。元太たちも誘い大はしゃぎしている子供たちにコナンは苦笑いする。
「かやさん本当に私までいいの?」
後ろから申し訳なさそうに声をかけてくる蘭にかやは嬉しそうに頷く。
「もちろん。遅くなっちゃったけど看病してもらったお礼に何かしたかったしさ」
「気を使わなくてよかったのに」
「みんなで来た方が楽しいしね」
それに、と蘭に耳打ちする。
「新一君とここに来たことあるんでしょ?」
え?っと顔を赤くする蘭にかやは顔をニヤけさせる
「ここでしか売ってないナマコ男ストラップは新一君に買ってもらったのかな?」
その言葉に蘭は照れたようにコクンと頷いた。それを盗み聞きしていたコナンも顔が熱くなる。
蘭たちにはかやの身に起きたことは言っていない。かやに口止めされたのだ。余計な心配はかけたくないとのことだった。
歩みを進め、トンネル状の大きな水槽まで来る。まるで海の底にいるようなその感覚に皆声を上げ目を輝かせていた。皆が目を奪われているその隙にかやの裾をひっぱる。気づいたかやは同じ目線になるようしゃがんでくれた。その仕草は工藤新一が幼少期だった頃と変わらない。
コナンが口を開く前にかやが遮るように言葉を発した。
「ほんの気持ちなんだけど…はい、これ」
「え?」
目の前に差し出されたのは本のギフトチケットだった
「え、でも水族館に誘ってもらったよ?」
「安室さんにもお礼の品を買ったから、コナン君にも、と思って。色々悩んだんだけど、もうすぐ探偵左文字シリーズの新刊が出るって言ってたの思い出して…」
よかったら使って、と手渡される。一瞬でもラッキー!と思ってしまい、顔に出てたのか、したり顔の彼女に無意識に上がっていた頬を慌てて落とす。絶対子供と思われた。子供なのだが…。ありがたくチケットを受け取り、本題に入る。
「かやお姉さん、あのさ…」
それにシー、と人差し指でコナンの口元を軽く押さえた。
「コナン君が謝るのは筋違いだよ」
どうやら彼女は自分が何を言おうとしているのかわかっていたみたいだった。
「守ってくれたこと、すごく感謝してる。本当に、本当にありがとう」
「でも、相談できなかったのは事実でしょ?」
「違うよ。私が犯人を甘く見すぎてたの。だから私に責任があるんだよ」
「でも…」
「だからってわけじゃないんだけどね…」
「うん?」
「そろそろあずちゃんに会いたくてね」
ポアロに行ってもいいかなぁ?という彼女に苦笑いしてしまう。こういうところは本当に変わらない。それに、コクン、と頷くと彼女は嬉しそうに笑った。
ずっとその笑顔で笑っていて欲しいと願う。
後日ポアロの前を通ると梓と楽しそうに話をしているかやを見かけた。その姿にコナンは表情を緩め、目を細めた。
願わくばその笑顔がずっと続きますようにーー。
12
外に出ると肌寒い風が吹き抜ける。上着がないともう外出は厳しいな、とかやは薄手のコートを羽織る。
仕事がひと段落し、今日はどこか気分転換に遠出でもしようか考えていると花束を持って歩いている蘭に会う。
「蘭ちゃん?」
向こうもこちらに気づいて手を振ってくれた。花束を持ってどこに行くのか尋ねれば蘭の母、妃英理が虫垂炎で入院しているらしく、そのお見舞いにいくとの事。それを聞き、かやも途中見舞品を買い、同行することにした。
「英理さん、お久しぶりです」
「わざわざごめんなさいね。見舞品までいただいちゃって」
「これぐらい、いいんです。それより具合いかがです?」
「えぇだいぶ良いわ。ありがとう」
手術も終わっており、明々後日には退院だそうだ。早く退院したがっている英理に仕事に復帰したいのかと思えばそうじゃないらしい。
「昨日ここで毒殺事件があったらしくて。前にもここの病院いろいろあったみたいだし…」
毒殺⁉と驚いていると蘭が安心させるように言った。
「でも、その事件にたまたま居合わせたお父さんと安室さんで解決したんですよ」
「安室さんもここにきたの?」
「なんかお知り合いの方のお見舞いにきたらしいですよ?結局退院していて会えなかったみたいですけど」
「そうなんだ。そういえば今日は小五郎さんとコナン君は来てないの?」
「コナン君は今日ジョディ先生と出かけるって言ってて、お父さんは…」
「どうせパチンコよ!パ・チ・ン・コ!」
何やら少し怒っている様子の英理に、理由を問うように蘭に視線を向ける。
「じ、実はお母さんが仕事先で具合が悪くなって病院に運ばれたとき、お父さんパチンコに行ってたみたいで…」
「えぇ⁉もしかして連絡繋がらなかったの?」
「そうなんです。何度も連絡したんですけど、携帯の電源切ってたみたいで…」
で、でも!と蘭はフォローするように両手を胸の前に拳を作り熱弁する。
「携帯を見たお父さんすっっごく!お母さんが心配だったみたいで、慌てて病室に入って来たんだよね?ね!お母さん!」
「手術終わったあとだったけどね」
あっ…と何とも気まずい空気が流れる。
「お、大当たりだったのかな…?」
「かやさん、そこ話広げなくていいです」
「ろくでなしの男の話より三人でお茶しましょう」
「あ、私ポット借りてきます」
「かやさんありがとうございます。じゃあ私はお茶の準備と、持ってきたお花生けちゃうね」
三人で楽しい会話をしながらお茶会をする。すっかり話し込んでしまい、夕焼け空に気付いて、蘭と二人で病室を後にする。
病院を出て、二人で帰路についていると見知った車が通り過ぎる。今のスポーツカーは安室の車だったような、と車をチラッと目で追う。
「そういえば明日のマカデミー賞に新一のお父さんが最優秀脚本賞にノミネートされてるんですよ?」
「え⁉優作さんが?」
蘭の言葉に意識はそちらに向かう。きっと見間違いだと思いながらかやは蘭と優作について盛り上がった。
□□□
杯戸中央病院で楠田陸道の情報を元に赤井秀一が生存している確証を得るため、小学校教師をしている澁谷夏子に目をつけた。
犯人に突き落とされ頭蓋骨陥没で、未だ昏睡状態の彼女を利用し、ベルモットに協力してもらい澁谷夏子の容体が悪化したと嘘の電話を掛けさせた。彼女の変装の準備が整ったらその電話をここ杯戸小学校に掛けるよう伝えていたため、合図がきたのだと安室は口隅を上げる。
電話の内容にその場に居合わせたコナン、FBIのジョディ、キャメルらは車で急いで杯戸中央病院に向かう。それを安室も車で追いかけパズルが嵌るその瞬間を待ち望んでいた。
走行中、蘭と楽しそうに話をしながら歩いているかやとすれ違う。大方、妃英理の見舞いにでも来たのだろう。一瞬目が合った気がしたがすぐまた蘭との会話に戻っているのをバックミラーで確認し、安室も気にすることなく前を向く。
キャメルをわざと挑発し、ジョディに変装したベルモットがキャメルをうまく誘導する。楠田陸道について問えば彼はいとも簡単に口を開いた。
「あの男に楠田の事喋ってないでしょうね?」
「もちろんですよ…奴が車の中で拳銃自殺したなんて事は…口が裂けても…」
それにベルモットは口隅を上げる。車に戻り安室にそのことを伝えれば安室は頭の中でカチッとピースが嵌る音を聞いた。
翌日、マカダミー賞が始まった頃、安室は工藤邸に赴き、沖矢昴という男に接触する。その男が赤井秀一に扮した姿だと踏んでいたのだが、仲間の電話で風向きは変わる。赤井は仲間に追い詰めさせていたFBIの車に乗っていたのだ。
小さな少年と赤井秀一に一杯食わされ、自分が公安であること、そして本名である降谷零ということまでバレてしまった。
W彼の事は今でも悪かったと思っているW
赤井が電話越しで言ったその言葉にギリッと奥歯を噛み締める。
その後は事後処理に追われ自宅に着いたのは朝方だった。今日はポアロの日だ。早番であることを思い出し、帰宅後すぐにシャワーを浴び、着替えたらまた車に乗り込んだ。
車を走らせ、駅前の信号で止まる。ポタッとフロントガラスに水滴が落ちる。空は晴れているのに小雨が降っていた。街行く人に目を向ける。通勤電車に乗るため沢山の人が駅に向かって歩いており、突然の雨に忙しなく走りはじめた。
その人混みから一人だけ逆方向に歩いてくる人物に目が止まる。
彼女だ
人混みを抜け、手の平で雨を受け止めた。落ちた滴を優しく握り、かやは顔を空に向け歩き出す。焦るわけでもなく、嫌がるわけでもない。口元が上がり、嬉しそうにゆったりとした歩調で歩くその仕草はこの景色を楽しんでいるようだった。
彼女の目にはこの景色がどう映っているのだろう。
後ろの車のクラクションに我に帰る。気付けば信号は青だった。やれやれ、と頭を振りアクセルに足をかける。すぐ止んでしまった天気雨に残念だなと空を見上げたーー…。
カランカランとドアのカウが音を立てる。
「あ、いらっしゃ…」
入ってきた小さな探偵に口を閉じた。
「ウソつき…」
その言葉に安室はフッと笑った。
「君に言われたくはないさ…」
「あれ?コナン君一人?」
安室の後ろからひょこっと顔を出す梓にコナンは先程とは打って変わり子供らしい表情に戻る。
「うん、安室の兄ちゃんに用事があっただけ」
「何か食べてく?」
「大丈夫!あ、安室の兄ちゃん、ちょっと耳貸して!」
いったいこの後に及んで何を言われるんだと身構える安室に袖を掴んで無理やりしゃがませ、小さな声で話した。
「かやお姉さん泣かしたら許さないから」
そう言ってパッと耳から離れ子供らしい笑顔で店を去っていった。
「安室さん、コナン君はなんて?」
コナンとの会話が気になった梓は安室に問うが彼はヒクつく顔を押さえて笑って誤魔化した。
今日はいろいろな人に会う日だと安室は思った。ポアロのシフトも終わり、駐車してある車まで歩いていると、かや本人に出会した。
「あれ、安室さんお仕事終わり?」
コナンとのやり取りの後だったため安室は少し気まずいと思いながらも顔に出さずに会話を続ける。
「えぇ、まぁ…」
「お疲れ様です。あ、実は渡しものがあって…」
鞄から出てきたのはラッピングされた手の平サイズの箱。
「これ、は?」
「前に遠出したときに運転してくれたお礼と、熱出した時に買い出しに言ってくれたお礼、あっこれは蘭ちゃんから聞きました。その節はご面倒をお掛けして…」
指で数えながらかやは今までのことを口にする。そして最後にそれと…と言葉を続けた。
「この間助けていただいたお礼です」
柔らかい笑顔で、出来たら受け取って下さいとかやは安室に箱を差し出す。どうしていつも彼女は、自分が考えていることとは違うことをするのだろう。それが声になって出ていた。
「なぜ…?」
「なぜ、って迷惑かけたし…あ、もしかしてこういうのあんまり貰ったらいけないのかな?」
ポアロでのことを言っているのだろう。仮にも彼女は客だから、その客から物を貰うのはお断りしていると思ったらしい。箱を仕舞おうとするかやに安室は手を差し出す。
「ありがたくもらうよ」
受け取る安室にかやは嬉しそうに表情を緩めた。次いで彼女は口にする。
「あ、そうだ安室さん、暇な日があったらどこか行きません?」
いきなりの誘いに動きが止まってしまう。だがすぐにいつもの安室透に戻り、顎に手を当て考える素振りをする。
「デートの誘い?」
いつものように戯けて、水を差す言い方をする。彼女に見せる安室透を演じた。
「デートでもいいよ。それで安室さんが元気になるのなら」
は?と彼女を見る。思わずかやに向けていた笑顔が消える。
「元気ないよね?今日」
そんなことを言われるとは思っていなかった。元気がないように見えたのだろうか。昨日の赤井の件でイラついていたことは確かだ。だが顔にも態度にも出していない筈。現に先程会った梓にも、コナンにも何も言われなかった。
思わず言葉に詰まる。これでは立場が逆になってしまっている。いつものように交わさなければ。安室透なら何と言う?
「あー…ごめん。またやっちゃった」
黙っている安室に何を察したのか彼女は謝ってきた。
「あまり詮索されるのは嫌って言ってたよね。ごめんなさい。それじゃあ…また空いてる日に飲みにでも付き合って」
では私はこれで、と軽く笑って背を向けて歩き出す彼女。風が吹く。靡く髪。遠ざかっていく背中。
引き止める、つもりなどなかったのに…。
「しようか」
歩みを止め、こちらを振り返った。誘ったのはそっちのくせに初めて飲みに誘った時のようにポカンと口を開けていた。それにクスッと笑ってしまう。
「しようか、デート」
次には満面の笑みで、彼女は頷いた。
□□□
敬語を取り払ったほうが話しやすいならそうした。それで親友のことが話しやすくなるならお安い御用だ。彼女に合わせた安室透になろう。その筈…だったのだが…。いつのまにか彼女に振り回されていることが多い気がする。
家に帰り、包装を剥がし箱を開けるとネクタイピンが入っていた。模様のないシルバー色に、小さくクリスタルカットされたライトターコイズが先端に埋め込まれている。仕事用にしても支障はなさそうだった。
早く報告書を作成しなければならないのにスーツに袖を通して試しにネクタイに合わせてつけてみる。何をやってるんだと頭の傍らで思いながら先端にきらりと光るライトターコイズを指でなぞる。
W店内に差し込む陽の光が髪に反射していてとても綺麗だった"
「…っ」
Wそこから覗き見える瞳の色は優しくて、儚げで、美しいと思ったよW
思わず顔を手で覆う。あの時はなんとも思わなかったのに。この石の色のせいだと降谷はネクタイピンを外した。
少し熱い顔。洗面所の鏡に映る己の顔にハァとため息を付く。こんな顔部下には見せられないな、と顔を洗う。しっかりしろと己に叱咤しそれ以上は何も考えずその日はそのまま眠りについた。
12.5
トントン、とシャープペンの先をノートに軽く叩きつける。くしゃり、と前髪を掴み、うーん、と悩んではまた色々書き出していく。
「かなりお悩みで?」
悩んでいる後頭部に話しかけると彼女は少しクマが出来た顔をこちらに向けた。
「寝てないのか?」
「今日、納期の日なんだけど…」
「仕事が終わらない?」
「いや、あとタイトルだけ」
「そんなに難しいのか?」
「なんかハマると抜けられなくなって…」
カランカランと、店のドアが開く音と共に聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
「こんにちはー」
その声に安室とかやはそちらに視線を向けた。
「おや、蘭さんいらっしゃい」
「あれ?蘭ちゃん一人?」
「お父さんは競馬で、コナン君は阿笠博士のところに行っちゃってて」
「小五郎さん相変わらずだね」
「これからお昼なんですけど、まだだったらかやさんも一緒にどうですか?」
「ぜひぜひ!そっちの広いテーブルで食べよ」
安室に一言言って、アイスコーヒーを片手にテーブル席へと移る。
「今日は新作ケーキもあるので是非食べていってくださいね」
お冷やが蘭の前に置かれそう告げられる。蘭はケーキという単語に嬉しそうに頷き安室を見た。彼はかやの方に体を向けて、少なくなったアイスコーヒーに目を向けていた。
「コーヒーのおかわりはどうする?」
ランチ用のメニューを見ているかやに身を屈ませて、彼はそう尋ねた。
「私はケーキの時にしようかな」
他の客だったら卒倒しそうなその近い距離をあまり気にする風もなくかやはメニューに目を向けたまま淡々と答える。
蘭は、バレないようにメニューを見るフリをして顔を少し隠した。ちらちらと二人の雰囲気を盗み見る。
「あ、そういえばこの写真なんだけど…」
「ん、どれ?」
「これ」
かやが見てるメニューを後ろから覗き見る安室。二人の顔がさらに近い距離にある。
「ね、蘭ちゃんはどう思う?」
「ふぇっ⁉」
いきなり話を振られ、こちらを見た二人に蘭は動揺してメニューを振り上げる。綺麗に宙を舞うそれを三人で見上げる。
「「おっと」」
二人の声が重なる。テーブルに落ちる寸前のところで二人の手がメニューを掴む。ぴったりの息に蘭は感激して口元に手を当てた。
固まっている蘭を不思議に思い、安室もかやも同じ方向に小首を傾げて蘭を見る。傾げるタイミングもバッチリだった。
「わ、わたし!今日は失礼します!!」
「えぇ⁉ちょっ、蘭ちゃん⁉」
今来たばかりなのに、顔を真っ赤にして出て行ってしまった蘭に二人はポカンと口を開けてしまう。カランカランとドアが忙しなく鳴り、走ってここを通り過ぎる様を二人は目で追う。カンカンカンと階段を駆け上り、バンッとドアが閉まる音に肩が反射的に上がる。
「あ、タイトル【ダンディライオン】にしよう」
「・・・・」
呆れ顔の安室がかやをみる。
ハァ、ハァと蘭は顔を赤くしてドアノブを掴んでいる手をゆっくり離す。
あれは、あれは、絶対に、
「付き合ってる!」
聞きたい、でもあそこで聞く勇気もない。どうしよう気になる。園子と世良に今すぐ相談したい。
あ〜でも、と蘭は額に手を置く。
もし違ったら失礼になるかも、それか付き合う前だったら余計なことをしてしまう可能性も…
あー!でも、と蘭はブンブンと顔を左右に振る。背中を押せば付き合えるって状態かもしれないし…
「蘭姉ちゃん?」
「わぁぁぁ!」
ビック!と肩が跳ね、後ろを振り向くとサッカーボールを脇に挟んだコナンの姿が。
「こ、コナン君!?」
「どうしたの?」
「コナン君こそ!博士のところに行ったんじゃないの?」
「忘れ物しちゃって。ポアロにお昼食べに行くって言ってたよね?」
「え、あ、うん。でもお腹空いてなくて」
ぐぅぅとなるお腹にコナンが薄目でこちらを見てくる。
「何かあったの?」
「何かあったわけじゃないんだけど…」
コンコン、とノックされる音に二人はドアを見る。
「蘭ちゃん?大丈夫?」
「え、え?かやさん?」
「様子が変だったから、来ちゃった。大丈夫?」
ガチャっとドアを開けて、かやを招き入れる。彼女はサンドイッチが乗った皿を両手に持っていた。
「お昼もまだって言ってたし安室さんにハムサンド作ってもらって、持ってきたんだ」
一緒に食べよ?というかやに逆に余計なことをした気がすると、蘭は胸の内で泣いた。
「美味しい?」
「美味しいです」
「私が作ったわけじゃないけど、嬉しいよ」
パクパク食べている蘭に、どうしたものか、と困ったように眉を下げる。蘭の態度がおかしい。何かそわそわしている。
「コナン君は博士のところにいかなくていいの?」
「僕もなんか小腹が空いちゃって」
コナンも蘭が気になるのかサンドイッチ片手に蘭をガン見ている。小腹が空いたと言ってるわりに全然食べてない。
「えと、蘭ちゃん」
「は、はははい!」
「いや、面接会場じゃないんだからそんなかしこまらないで」
背筋を伸ばして緊張している蘭に頬を掻く。
「何か聞きたいことがあるのかな?」
ピクッと反応したが、言い淀んでいる。ここでは言いづらいことなのだろうか。だが、コナンのこの様子だと2人きりにはさせてくれないぞ、と胸の内で思う。
「大丈夫だよ、なんでも聞いて」
「あ、あの!」
「うん?」
「安室、さんと」
「安室さん?」
「つ、つ、付き合ってるんですか?」
ゴフッと豪快に咳き込み咽せてしまった。コナンが。
「付き合ってないよ?」
聞かれた当の本人はけろりと答える。動揺の色なしに蘭の肩も下がり、コナンは遠い目をする。
「そうなんですね…」
明らかに落胆している蘭に申し訳ないとすら思ってしまう。
「僕、そろそろ博士の家に行ってくるね」
悩みの種が蘭自身の事ではなく、かやの事だと分かると少年は途端に興味がなくなったのか、颯爽とこの部屋から出て行った。2人きりの空間に微妙な空気が流れる。
「蘭ちゃんは私と安室さんに付き合って欲しいのかな?」
「だ、だって、なんか、安室さんといる時のかやさん楽しそうで」
「みんなといる時も楽しいよ?」
「そ、そうじゃなくて、なんていうか、いい感じっていうか、安心するっていうか」
「安室さんあぁ見えて私には結構厳しいこと言うんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよー!敬語が抜けるぐらいにね」
「ちょっと見てみたいかも」
やっとクスクス笑ってくれるようになった蘭にかやはホッとする。
「サンドイッチ食べたら下でケーキでも食べない?」
それに蘭は嬉しそうに頷いた。
13
「あれ、そういえば博士は?」
今日は博士の家でみんなでケーキを作るということでかやも手伝いで呼ばれたのだが、肝心の阿笠がいなかった。
「今日使うはずの生クリームを勝手に食べた罰として買い出しに行かせてるわ」
ファッション雑誌を見ながら冷たく言い放つ灰原にコナンとかやは顔をヒクつかせる。三人の子供たちは大人しくTVゲームをしていたが、会話が聞こえてきたのか目線はゲームのまま口を開く。
「全く博士も一人で先に食っちまうなんてよー」
「だからあのお腹になってしまったんですね」
「もー、せっかくケーキ作るの楽しみにしてたのに」
「博士…」
散々な言われようにかやは心の中で涙する。
「かやお姉さん、博士に何か用事?」
「うん。実は隣の新一君の家のことでちょっと聞きたかったんだけど」
「新一兄ちゃんの?」
「そうそう。実は今のマンションの更新がそろそろでね。これをきっかけに新しいところに引っ越そうと思ってて」
「うん」
「でもなかなか良いところも見つからないし、あと二週間ちょいで更新がきちゃうから見つかるまで新一君の家に一旦住まわせてもらおうと思って」
「……えっ?」
「で、ここ来る前に工藤邸の玄関のドアを開けたら知らない人が出てきてさ」
「え、ちょ、ちょ、ちょ」
「ちょちょちょ?」
「ちょっと待って!なんで家を開けられるの?」
「鍵を持ってるから」
「なんで鍵持ってるの?」
「合鍵を貰ったから」
「ぼ、僕、新一兄ちゃんのことなら何でも知ってるけどかやお姉さんが合鍵持ってるなんて初耳だよ?」
「あー、でもこの話って随分前だったからなぁ。忘れてるのかも」
「新一兄ちゃんが?」
「ううん、有希子さんが」
メールしたんだけど、返事がなくて…と続けた言葉は耳に入っているのだろうか。怖い顔のまま固まっているコナンにどうしたものかと、覗き込めば、意識が戻ったようで、僕ちょっとトイレ!と急いでトイレに駆け込んでしまった。
「なんか、不味いこと言ったかな?」
「えぇ、だいぶね」
《いっけなーい!すっかり忘れてたー!》
「いったいどういうことだよ!!母さん!」
《彼女が日本に戻る時に女の一人暮らしだし、心配だったから何かあったら大変だと思って家の鍵渡してたのよ〜》
「息子の俺に黙って?」
《だってぇ〜!新ちゃん連絡してもなかなか返してくれないし!》
「悪かったな!で?かやさんからなにか連絡きてたのかよ?」
《実は携帯の調子が悪くて、ここ最近のメールが開けてなくて…》
「どうすんだよ。昴さん住んでるんだぞ」
《ちょっとの間だけだし、だいじょ「ぶなわけねーだろ!」
言葉を遮り、ブツッと電話を切る。相変わらずな有希子に頭を悩ませるが、まずは本人に報告しておかなければと沖矢に電話する。
「あ、昴さん?僕、コナンだけど。実はね…」
彼にコナンはことの事情を説明する。沖矢はなるほど、と一呼吸置いた。
《それで先程知らない人が入ってきたんですね》
「よく、僕に連絡しなかったね」
《鍵をこじ開けた形跡がないなら、合鍵を使ったということ。鍵を盗んだ場合も考えられるが、来た時間が人目につく昼間だったので、物取りは考えづらい》
「そ、そうだけど、」
《それに、ここは工藤新一の幼なじみがよく掃除に来ると言っていたからその知り合いかと》
「さすが昴さん。で、どうする?やっぱり断るよね」
《いや、問題ないよ》
「え、問題ない?」
《あぁ、その女性が気にならなければの話だがね。ルールを決めればお互い気をつけられるし、私もカモフラージュになる》
「確かにそうかもしれないけど…」
あの時は上手く騙せたが沖矢昴が赤井秀一だということを安室透がまだ諦めていないのなら、そんな状態で一般人と住むわけはないとカモフラージュになるかもしれない。だが、リスクが高すぎる。デメリットの方が多い。
《坊や、大丈夫だ。私に預けてくれ》
「本当に大丈夫なの?」
《あぁ、任せてくれ》
「わかった」
ふーーっ、と長い長いため息を吐き、悩みの種がまた一つ増えたことに頭を掻き毟った。
ようやくトイレから出てきたコナンを心配そうに覗き込むかやにコナンは苦笑いした。
「お腹大丈夫?」
「大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて」
「新一君の家はやっぱやめたほうが良さそうかな?」
「その前に一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「引っ越しのきっかけってマンションの更新だけ?」
「実を言うともう少しセキュリティがしっかりした家にしようと思って…」
確かに、とそれにはコナンも同感だった。今のかやが住んでいるマンションはオートロックではないし、何しろピッキングで簡単に開いてしまう。
「安室さんはこのこと知ってるの?」
何故ここで安室が出てくるのだろうとかやは疑問に思っているのだろう。しかし首を傾げつつもコナンの問いにきちんと応えてくれた。
「近々引っ越すことは伝えてあるよ。そもそも引っ越しを勧めたのは安室さんだしね」
まさかそれが工藤邸に住むことに繋がるとは露ほども思ってないはず。あのポーカーフェイスが崩れる顔が見れるかもしれないとウズウズしてしまう好奇心と理性が揺れ動く。
「今沖矢昴さんっていう男の人が住んでるんだけど、本人には了承済みで、かやお姉さんが良ければ今日からでもいいって」
「本当⁉助かる!」
「気にならないの?見ず知らずの男性と一つ屋根の下なんて」
「シェアハウスだと思えばね。それに、有希子さんや、新一くんが信頼して家を貸してる人でしょ?」
「そうだけど…」
「私は沖矢さんという人より、二人を信じてるから安心して住めるよ」
「何かあったらすぐ僕に相談してね」
「ありがとう。沖矢さんに挨拶するときは一緒に居てくれる?」
「もちろんだよ」
博士がようやく帰ってきて、ケーキ作りを開始した。かやは元太がひっくり返した小麦粉を頭から被り、それをまた灰原に撮られるのはまた別の話。
□□□
「えと、今日からお世話になります如月かやといいます」
「沖矢昴です」
「さっそく家を案内するね!」
「ありがとうコナン君」
広い工藤邸はいくつも部屋があり、すでに片付けてある二階の奥の部屋を借りることになった。窓を開ければ阿笠博士の家がよく見える。
「この間は勝手に、失礼致しました」
「いえ、入る前にインターホンを押して下さいましたし、窓から覗く僕を見て不審者と思われたんですよね?」
「え?そうだったの?」
「これを言うとコナン君に心配かけると思って…。新一君は事件を追ってしばらく家を空けてるって聞いてたけど、彼が戻ってきたのかもしれないし、確認の為家に入ったんだよ」
それでコナンは納得する。おかしいと思ったんだ。いくら合鍵を持っているとはいえ有希子から返信がないまま勝手に家に入るなんてかやの性格からしてらしくなかった。
「で、本当に知らない人が家にいたから阿笠博士に確認してから警察には通報しようと思って」
「本当に不審者だったらどうするつもりだったの?」
怒った顔のコナンに眉を下げて謝るかや。どちらが大人か分からないその光景に少し笑いそうになる。コホンッと誤魔化すように沖矢は咳払いをし、空気を変える。
「僕なりにいくつかルールを決めたのですが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「まず、門限ですが、」
も、門限?とかやは久方ぶりに聞いたワードに驚いて沖矢を見る。
「はい、一応女性をお預かりしますからね、何かあっては困ります」
それに彼女は困ったように笑い、わかりましたと頷いた。
「19時はどうです?」
「ごめんなさい。言える立場ではないのはわかってますが19時はごめんなさい無理です」
「では譲歩して21時」
「23時」
「間を取って22時にしたら?」
「22時なら、ぎりぎり…」
「なら22時にしましょう。泊まりの際は必ず僕に連絡してください。これが連絡先です」
まるで寮母のようだとかやは心の中で笑ってしまう。お礼を言って連絡先を受け取った。
「続いて風呂の時間ですが、それは自由にしましょう。ただ、洗面所の扉に札をかけておきますのでそれが裏になっている時は入らないで下さい」
「わかりました。あの私からもいいですか?」
「どうぞ」
「えと、仕事関係で少し煩くしてしまうかもしれないんですが…」
「深夜でなければどんな騒音でも大丈夫ですよ」
騒音…と少し遠い目をしているかやにコナンはクスリと笑う。
「僕の家ではないですが台所も自由に使ってください。食事、洗濯は各自自由にやるということで」
「わかりました。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
握手を交わす二人にコナンはこれから大丈夫であろうか些か不安だった。
13.5
ポアロで女子高生3人と小学生1人交えて談笑している時に、その話は始まった。
「園子君、最近その曲良く聴いてるよな」
「うん!なんか歌詞が頭から離れなくてさー!」
「その曲って確か、来年の春にリリースする予定だったのを沖野ヨーコが気に入ったから発売を大分早めたってやつか?」
「そうそう!本当は別で売り出す予定をダンディライオンのカップリング曲として出したんだよね。世良ちゃんよく知ってるね」
「この季節に桜の曲なんて変だなーって思ってさ」
「蘭姉ちゃんも良く聞いてるよね」
「すごい素敵な歌詞なんだよー」
「コナン君も聴いてるのか?」
「僕はあんまり…」
苦笑いするコナンに世良は残念、と眉を落とす。
「で、どんな曲なんだ?」
「片思いの歌なんだよね」
「そうそう!夜にね、好きな人と桜並木を歩くところがあってさ」
「W月明かりに照らされる君の髪がとても綺麗で、舞い散る桜を見るふりをして貴方を見てるWってところがまた良くて」
カウンターで洗った皿を拭いている安室はどこかで覚えのあるシチュエーションだな、と聞き耳を立てていた。
「W恥ずかしくて繋ぐことが出来なかった君の手を、今度は私から繋ぎにいくよWっていうところも、なんかきゅんきゅんするよねー」
「日本の曲は甘い歌詞が多いよなー」
「帰国子女ならではの意見ね」
「でも作詞作曲はこのW英雄Wって人なんだろ。名前からして男の人だよな?やけに甘い歌詞だな」
ガタンッと皿を落としそうになる。梓が心配そうに声をかけた。珍しいですね、なんて言われる始末である。苦笑いして、手が滑ってしまいましたと誤魔化した。
「私、結構この曲いいなぁって思ったのこの人が書いてること多いかもー」
「私も私も!」
「へー、蘭君も園子君も聴いてるなら僕も聴いてみようかな」
「あ、そうだ!バンドだよ!バンド」
うちら三人で女子高生バンドやろ!と話が変わる。園子が昨日見た映画の話になり別の事件に巻き込まれていくのはまた別の話…。
□□□
夜、風見を乗せて目的地まで車で向かっていると、ラジオから聴き覚えのある曲が流れてきた。少し音量を上げると風見が不思議そうに首を傾げた。
「珍しいですね、降谷さんが流行りの曲に興味を持つなんて」
「潜入先に馴染むためにな」
スマホに録音した彼女が歌った曲より大分ポップな仕上がりになっており、若いアイドルグループの子たちがリズミカルに歌っている。こんなにもいろいろなものが混ざるだけで、音楽は変わるものなんだな、と彼は思う。
「このグループの子たち、この曲で今大ブレーク中なんですよ」
「詳しいな」
「自分もあまり聴く方ではありませんが、後輩がこのグループを推していて今日たまたま知ったんです」
「ほー…」
「ってあまり興味なさそうですね」
「そうでもないさ、ただ…」
「ただ?」
「オリジナルの方が大分良いと思っただけさ」
首を傾げる風見に気付かないフリをして車を走らせたのだったーー…。
□□□
英雄こと噂の彼女はいつものようにポアロにて、遅めの昼食を取っていた。若い男性の二人組が来店する。テーブルに座り、何やら話したあと店員を呼んで梓が注文をとりに行く。
かやの前には洗い物をする安室の姿。どこかで見覚えのあるシチュエーションにハッとする。少しのズレはあるが、安室が前に若い客二人の注文内容を当てたのだ。今回もその状況と少し似ている。ジッと安室を観察する。わざと話しかけ、注文内容が聞こえないようにした。「アフリカのサバンナにはライオンや象がいるんですよ」なんて中身のないスカスカな会話をしながら、安室の動向を観察する。すると洗い物に視線を落としていた安室はチラッと梓を見た。かやもその視線を追う。
「あっ」
安室に向き直り、薄目で彼を見る。
「ようやく分かったようだな」
彼はしたり顔でかやを見た。梓が注文を取りながら紙に書き込んでいるのがよく見える。
「注文表を盗み見てたってこと?」
「まぁ、そういうことになるな」
だらっと机に雪崩れ込む。長い間悩んだわりに呆気ない答えだった。
「手品のタネを明かされた気分」
「まぁ、見た目は派手に見せていても手の内を曝せば大したことないなんて沢山あるさ」
そういうものなのだろうか。だが納得している自分もいるのは確かだ。
「君こそ話に集中させたいならうまくやれ。アフリカのサバンナにライオンや象がいるのは当たり前だ」
「あれ?どうしたんですかやさん、ダリの時計みたいな顔して」
戻ってきた梓は首を傾げてかやを見た。
「いや、安室さんの謎解きを今解き明かしたんだよ」
「へー!すごい!私なんてわかったことないですよ」
「ま、まぁね」
しどろもどろに言うかやに安室は見えないようにため息を吐いた。そしてまるでスイッチが切り替わったかのように笑顔で梓に声をかける。
「梓さんオーダーはハムサンドですか?」
「正解です!また当てられてしまいましたね」
注文を取っている梓には絶対わからないことだろうとかやは顔をヒクつかせる。
「…っと、そろそろ行かなきゃ」
腕時計を確認しご馳走様、と帰り支度をする。サンドイッチを作ってる安室の代わりに梓がレジに回る。
「このあとはどこか行かれるんです?」
「じつは引っ越し業者が来る予定になってて…」
するとかやのスマホが震えた。頼んでいた業者かららしい。電話に出て、梓に手を振りながら店を出て行った。
引っ越し?と安室はハムサンドを作りながら聞き耳を立てていた。
もう少しセキュリティがしっかりした家を勧めはしたが、もう決まったのだろうかとその時はぼんやりそんなことを思っていた。まさか家が見つからず更新料が勿体ないという理由であの工藤邸、沖矢昴が住んでいる家に居候するなど思ってもいなかった。
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