また君と。
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「あ、降谷おめでとう」
は?と書いていた日誌帳から顔を上げ、そんな声を漏らす。携帯の画面を見ながら告げた彼女の顔はまるでいいものでも見つけたかのような顔だった。
「僕の誕生日は全く違う日だが?」
しかも先日君がしつこく訊くから教えたというのに。間違えるか?と降谷の眉は片方上がる。すると名前はズイッと携帯画面を降谷の前に突き出した。示す時刻を指摘して彼女は「ほら」と言った。
「誕生日と同じ時間」
「数字が同じなだけで全然関係ないじゃないか」
それなら毎日がおめでたい日になってしまう。
「でもほら、たまたま見た数字が誕生日と同じだとなんだか嬉しい気持ちにならない?」
ならない。と当時は突っぱねた。あれから十数年。気にしているわけではないけれど、たまたまその時刻が目に入った時、今も尚、彼女はどこかで他人の誕生日を思い浮かべ「おめでとう」などと思っているのだろうか…。などとくだらないことを考える。些細な記憶だ。そこまで思い入れがあるわけではない。けど…この頃ふと君を思い出すんだ。卒業して、彼女とはそれっきりになってしまったけれど元気でやっているだろうかーー…。
そんなことを思っていたせいだろうか。店を訪れた女性客に固まってしまう。友人と訪れたその女性は間違いなく名前だった。
「ここハムサンドが美味しいらしいよ」
「そうなんだ!」
友人にそう勧められながら、目の前のカウンター席に腰掛ける。渡されたメニューを真剣に見ている彼女は自分に気づかない。気づいたとしても人違いだと伝えなければならない。ふとテーブルの上に置いた彼女のスマホが短く震える。友人か、恋人か。はたまた仕事関係の人間か。微かに見えた画面からは電話ではなく誰かからメッセージが来たのだとわかる。彼女もそれに気づきメニューからスマホへと視線を移す。何かに気づいた表情をし、次には頬を緩め、優しく微笑んだ。
"おめでとう"ーー…声には出さず、そう小さく動く口。
「メッセージ返さなくていいの?」
「うん。ただの広告通知だった」
時刻を確認して安室も柔らかく目尻を下げた。間違いなくそれは昔名前に教えた自分の誕生日と同じ数字だったからだ。
「お待たせしました。ハムサンドです」
彼女と目が合う。大きく開いた瞳は嬉しそうに細められ、昔のように名を口にした。安室透であると告げると彼女は悲しそうな顔をする。キッチンに戻りながら安室は必死に考える。今後どう彼女と接点をつくるか、そのことばかりで頭がいっぱいだった。
おわり
2021.9.20
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