今夜、めちゃくちゃ仲良くしませんか?


仕事が忙しい彼となかなか生活時間が合わず、一ヶ月に一度会えるかどうかなんてざらで、長い時なんかは季節を一つ跨いでしまった時もあったり…。

会うたびに真新しい傷が増えていき、理由を訊ねてもはぐらかされるばかり。いつも治りかけのところを見ると怪我をしたこと自体、知られたくないようだった。

連絡が途絶えるたびに、何かあったのではと心配するようになる。
膨れ上がっていく不安や疑心。
精神的に削られていく日々が続き、心はだんだんと疲弊していく。

お付き合いするようになって一年。出会った年数を入れると五年以上にもなるのに、未だに謎な部分が多く、彼について何も知らないことに気づいて「一緒に暮らさない?」と提案した。

初めて見る彼のキョトン顔。動かなくなってしまった彼に引かれたのだと焦る。一緒にいる時間が増えれば、見えてくるものもあるだろうと思って提案したのだが、一年そこらでの同棲は早かっただろうか。だが、一度口から出てしまった言葉はどうすることも出来ない。ぐるぐると後悔という単語だけが頭の中を駆け巡る。
いっそのこと冗談の一言で終わらせてみようか。

「零くん、その…ってどうしたの⁉︎」

途端、彼がヘナヘナと力尽きたように座り込んでしまった。慌てて駆け寄ると「フラれるのかとおもった」と頬を染め、照れ臭そうに…だけどほんの少し嬉しそうな顔の彼がそこにいたーー。


それがちょうど三ヶ月前の出来事。
会えない時に抱いていた不安は一緒に暮らすことで少し解消されたが、引っ越してきた翌日から今日までここまでかという程のすれ違い生活を送っている。彼が帰ってくる頃には大抵こちらは寝ていて、起床する頃にはもう出勤している状態。仕事から帰ってきた彼をお出迎えするなんて数えるくらいしか出来ていない。
思い描いていた甘い暮らしとは無縁の三ヶ月。
それでもはじめは新しく買った夫婦箸や茶碗、洗濯物に混じる彼の服。二人分の歯ブラシに髭剃りが置かれるようになった洗面所など、一人暮らしのときにはなかった感覚が寂しさを少しだけ散らしてくれた。
しかし今は彼の気配がする部屋の中で、彼の帰りを待つ、という新たな物寂しさを感じている。そばにいてくれるハロの存在がだいぶ救いの存在になっていた。

「でさー、結局互いの生活リズム合わなくて別れたー」

「同棲して一年だっけ?」

「うん」

買い物の帰りに休憩がてら立ち寄った喫茶店。たまたま隣の席の人たちの会話がふと耳に入ってくる。

「もともと休みの日が合わないから少しでも互いの顔が見えるように。ってことで始めたんだけどさ」

悪いと思いつつ似たような状況に思わず聞き耳を立ててしまう。

「洗濯物のたたみ方や食器の洗い方で喧嘩になるわ、料理や掃除はどっちがやるかで毎回揉めるわでもうさんざんでさー」

揉める以前に顔をあまり合わせていないからまだそこまで到達していないが、育ってきた環境が違う者同士が一緒に暮らすというのはやはり多少なりとも衝突してしまうものなのだろうか。

「でも一番ショックだったのは、あっちのほうでさ」

「あっち?」

友人が抱いた疑問と同じように自分も首を傾げる。

「だんだん回数も減ってきて、別れる一ヶ月前とかもう全くなかったよね」

回数?減る?
はて…と考える自分に対し、向こうの友人は気づいたようだった。

「あぁ…そっちね」

そっち…

「別れる時にさ、そのことも言われて」

「なんて?」

「いつも向こうがその気になったら誘ってくる感じだったんだけど、向こうからしたら自分だけが求めてるみたいでもう疲れた…って」

誘う…
求める…

え、もしかして…

ブッ、と飲んでるコーヒーを吹き出しそうになる。そういう会話を公共の場でするとは思っておらず、夜の営みの話だとすぐにわからなかった。

「たまには私の方からも誘って欲しかったみたいなんだけど、もともとそこまでしたいわけじゃないし…」

「わかる。次の日が仕事とかだと、早く寝たいよねー」

あまり…考えたことなかった。思い返せばいつもそういう流れにしてくれるのは彼のほうで…。こちらが何も言わなくても察してくれることが多かったからあまり気にしたことがなかったというか…。

そっ…か…
そういうことでフラれることもあるのか。

ピコン、とタイミングを見計らったかのように短く鳴ったスマホに肩が跳ね上がる。良くも悪くも恋人からで、今日は久々に早く帰れそうだという連絡だった。明日は休みだという内容に一気に花が咲いたように舞い上がる。一緒に暮らしてからはじめての休み。何をしようか、夕飯は少し豪勢にしようかなど、ニヤニヤと隠し切れていない笑顔は周りから見たらきっと気持ち悪いだろう。

「だいたいさぁ、露骨に誘うのもちょっと恥ずかしいっていうか。まぁ、それは向こうも同じかもしれないけど…」

隣席の会話にふわふわと飛んでいた気持ちは再び現実へと帰ってくる。胸元に引き寄せていたスマホは気づいたら膝元へと下ろされていた。

「相手が誘ってきた時と同じようにしてみれば?」

「真似するってこと?」

真似…。目を閉じ、思い起こしてみる。
彼が口に出して直接的に誘ってくることは少なく、だいたいいつもキスから始まっていることに気づいた。
瞬間的に思い出される感覚。
自分より少しだけ大きくて厚い唇が優しく触れる。だんだんと甘くとろけるような、柔らかいものに変わっていき、指先が肌に触れた時にはすでに服が…

「……ッ…」

色々思い出して、両手のひらで顔を覆う。
無理無理!自分からキスして彼の服を脱がすなんてハードルが高すぎるし、いきなりスマートに出来る気もしない!

「今調べてみたら結構同じことで悩んでる人が多いみたい。色々工夫して言い方変えてるみたいだよ?」

どんな!?と食い気味に聞いてしまいそうになる口を固く閉じる。危うく知り合いですらない他人の会話に友達感覚で入り込んでしまうところだった。

「えーっとね…」

聞いたその言葉に、膝を打つ。その言い回しなら、察しのいい彼だ。気づいてくれるかもしれない。
隣席と目が合う。感謝の意と彼女らの会話を盗み聞きしてしまった申し訳なさから軽く頭を下げる。変な奴だと思われたのか、訝しげな表情をする彼女たちに気付かぬふりをして、そそくさと店を出たーー…。







彼女に片想いをして五年、意識させるのに一年、両思いだと気づいてから付き合うまでにさらにもう一年。

やっとの思いで今の現状を手に入れたというのに、昼夜問わない仕事をしている自分とホワイトな職場で働いている彼女との生活時間は全く噛み合わなかった。懸念していたことの一つではあったが、ここまで会えないものかと頭を悩ませる。
できる限りメールや電話をしているがそれで満たされるわけはなく、逆に会いたい気持ちが募っていく。
自分のせいで何回デートがダメになったか。会うのに毎回数ヶ月ぶりになってしまうのも申し訳なかった。
だがそのことで彼女から不平不満を言われたことは一度もなく、それが逆に不安になる。

会いたいと思っているのは自分だけなのか。

情けないことに、彼女のことになると持ち前の洞察力はどこかへ行ってしまい、自信も喪失。己の気持ちですら鈍感になっていく。

今まで興味のなかった恋人関連のイベントは彼女と付き合うようになってからは全て重要事項に思え、記念日はもちろん、花火大会やクリスマス、初詣にバレンタインデーなど、年甲斐にもなく一ヶ月も前から楽しみにしているほどの溺れぶり。
だが悲しいことにそういった、人が多く集まるイベントというのは犯罪やテロが起きやすく、未然に防がなければならない身としては当然休みどころではなくなる。

せめて彼女の誕生日だけは…と思っていた矢先に事件に巻き込まれ、あろうことか電波の届かないところに数日足止めを食うことになってしまう。

事件を解決したころには彼女の誕生日は二日も過ぎており、恐る恐る開いたスマホには、誕生日だった翌日に「会って話がしたい」というメールが届いていた。
嫌な予感しかせず、別れ話が頭にチラつく。
詳しい事情を説明出来ない以上何を言っても言い訳にしかならないだろう。いくら菩薩のような優しさを持つ彼女でも恋人より仕事を優先する男など愛想を尽くして当然だと思った。

「一緒に暮らさない?」

意表をついた言葉。上手く気持ちのコントロールが出来ずに感情が表に出てしまう。こちらは別れ話をするであろう彼女にどう言い包めば手放さないで済むか、そればかり考えていたというのに…。

力尽きたように座り込めば彼女が心配そうに駆け寄ってくる。

「どうしたの⁉︎」

「…フラれるのかと思った」

「え?なんで?」

「君の誕生日をすっぽかしたから」

誕生日…?と首を傾げている彼女に目を瞬かせる。少しして「え、あっ!本当だ!」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。どうやら本気で忘れていたらしい。

「誕生日だったんだ…」

しみじみ言うものだから、ぷっと吹き出してしまう。そういうちょっと抜けたところ、可愛くて好きだよ。

「だ、だって!ここ数日連絡つかなかったし、何かあったんだと思ったら落ち着かなくて…」

その言葉にたまらなく、座ったまま彼女をかき抱く。

「好きだ」

彼女の頭を抱え、頬を擦り寄せる。上への報告やもろもろの処理など、先に踏まなければならない手順などお構いなしに「一緒に暮らそう」、そう気付けば口にしていたーー…。




それがちょうど三ヶ月と五日前。
少しでも顔が見たいがために、どんなに忙しくても必ず家には帰るようにした。お互い今までの生活時間が変わったわけではないので、噛み合うことはなかったが、それでも彼女の寝顔を見れるだけで十分幸せだった。
唯一気になることといえば、自分よりも家の滞在時間がどうしても長くなってしまう彼女にハロの世話や家事の負担が多くなってしまうこと…。
今夜はたくさん甘やかしてやりたい。夕飯は間に合わなかったが、明日は彼女の好きなものでとびきり美味しい朝食を作ろう。

「ただいま」

玄関の鍵を閉め、出迎えてくれたハロの頭を撫でる。起きている時間帯であればいつもパタパタと走って嬉しそうに出迎えてくれる彼女の姿がない。
風呂か?それとも寝てる?
出迎えがなかったとしても、一分一秒でも早く会いたいというだけで、咎める感情など微塵もないのだが、こんな些細な変化でさえ不安に思ってしまうのは今がとても幸せだから。

取り敢えず足音を立てずにリビングへと向かう。近づくにつれ聴こえてくるのはテレビの音。

「起きてるのか?」

扉を開けた途端、背を向けてソファーに座っていた彼女が慌てて立ち上がる。

「お、おかえり!ごめんなさい、お出迎えせずに…」

「そんなことは気にしなくていい」

それよりも…だ。彼女の顔が少し赤い。いつもと少し違和感のある彼女にモヤモヤとした感情が渦巻く。

「顔が赤い」

そう指摘すると彼女はさらに顔を赤くした。指の背で彼女の頬に触れるフリをして首筋に触れる。熱はなさそうだ。

「僕になにか隠し事?」

不安から詰め寄った言い方になってしまわぬよう極力柔らかい口調を心掛ける。

「えっと、その…あ、のね」

「うん」

いつもより少し速く、乱れている脈。

「こ、今夜…その…」

何やらモジモジしている彼女に降谷の瞳孔は少し開き気味になる。一体何を隠して…

「めちゃくちゃ…な、なかよく…!」

ピリリリ!と鳴るのは降谷のスマホ。驚いた彼女は一歩後ろに下がってしまった。

「で、電話!仕事の!だよね!」

「あ、あぁ…でも…」

「いいから!いいから!」

ホッとした顔。逃げるようにキッチンへと向かう彼女の耳は先まで真っ赤だった。

Wこ、今夜…W

Wめちゃくちゃ…な、なかよく…!W

もしかして…と頭に過ったことを取り払う。期待しすぎるな。第一今まで彼女からそういう類の誘いなど一度もなかったではないか。急かす着信音。一度冷静になるために、降谷は風見からの電話にやっと出たーー。




夕飯を食べ終え、テレビでも観てゆっくりしようかと二人でソファに腰掛ける。未だ彼女の動きはぎこちない。

「さっき…何か言いかけた?」

「うぁ…えっと…その…」

忙しなく動く瞳。
先程はまさかと思って自身の耳を疑ったがそのまさかなのか…?

「もしかして…誘おうとして、くれてる?」

「〜〜〜ッ!」

途端に目を見開き、涙目になっていく彼女。恥ずかしいのか、両手のひらで真っ赤に染まった顔を隠してしまう。

「そこは察してくれるもんなんじゃないの!」

「悪い…まさか本当にそうだとは思わなくて」

そういうの苦手だろう?と言えば彼女はポツリ、ポツリと昼間の出来事を話してくれた。
彼女なりの降谷を想っての行動に上がってしまいそうになる口端を指で抑える。

一緒に暮らそうと告げられたときもそうだ。
彼女は不安や不満を口にする前にまず状況を打開しようと行動する。魅力的な一面でもあるけれど、今度からは一人で悩まず相談してほしい。二人の問題なら尚更…。そう告げれば、顔を覆ったままコクコクと小刻みに首肯いた。

まるで置物のように動かなくなってしまった彼女。人差し指でツンツンと肩らへんを軽く突く。すると今はそっとしてほしいのか、そのままゴロン、とソファに倒れてしまった。どうやら本当に置物になってしまったようだ。

「怒ったのか?」

「怒ってない」

素気なく応える彼女が可笑しくて小さく笑う。

「なら…」

ギシッと鳴るスプリング音。覆い被さったのがわかったのか手の平の隙間からちらりと瞳が姿を見せる。

「今夜は僕とめちゃくちゃ仲良くしませんか?」

恐らく彼女が言おうとしていたセリフ。
居た堪れなく感じたのか開いていた指の隙間は貝のように閉じられ、顔は座面に埋もれてしまう。
その一挙一動のすべてが愛おしく思えて仕方がない。

「このまま連れていっていい?」

「…………」

返事のない彼女に、うなじに掛かる髪をはらいながら、そこに唇の先を落とす。ピクッと小さく跳ねたあと、観念したのか、こくり…とゆっくり頭が動く。
満悦に下がった目尻に皺を作りながら彼女を抱き上げ、寝室へと向かう。お姫様抱っこなど普段の彼女なら大騒ぎするのに今はその余裕がないのかされるがままだった。

ゆっくりとベッドに降ろせば、変えたばかりのシーツから柔軟剤の匂いが程よく香る。

未だ顔を覆っている彼女の手をやんわりと剥がす。
薄暗の中、潤っている瞳と目が合い、ふっと笑った吐息が彼女のまつ毛を揺らす。

「君から誘ってきたんだ。今日は思う存分…ってことでいいんだよな?」

「え?」と疑問を口にしようとしていたその口は降谷によって塞がれてしまう。いつもの啄むようなキスではなく、呼吸を乱すほどの荒々しい口づけに彼女の瞳はとろんと溶け、チカチカと星が飛んでいた。

自分から誘うということがどういうことなのか。今まで手加減されていたことに気づいてもなかった彼女はこの後身をもって知ることになる。

翌日、昼過ぎに起きた彼女は、ベッドから起き上がれない体に悲鳴をあげながら「二度と自分から誘わない」と初めて不満を言ったのだったーー…。




おわり
2022.08.21
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