男として意識させようとする話。松田


「あっ、気になってた美術展…昨日までだった」

すっかり日付が変わってしまった頃、スマホを手にしながら彼女は残念そうにそう呟く。

「陣平ちゃん交代。名前ちゃんも仮眠しておいで」

「悪いな萩」

「ありがとう萩原くん」

持ち場を離れ、先を歩く彼女の後を松田もゆったりとした歩調で追いかける。向かう先は自分のデスク。仮眠室だと上手く寝れない彼女の仮眠はいつもここだ。

「あれ?松田も今日はこっち?」

「あぁ」

「襲わないでよー?」

「あぁ?誰がなんだって?」

彼女の両頬を片手で挟むと唇がクチバシのように前に出る。おもしれー顔と揶揄うと自分より頭ひとつ分背の低い彼女から下手くそなパンチが飛んでくる。いつものじゃれ合い。こんなことをしてるからいつまで経っても彼女には恋愛対象として見てもらえないのだ。
皆出払っているために、この空間にいるのは自分たち二人だけ。不必要な灯りは消され、薄明かりの中、互いに寝る体勢へと入る。松田は自分の椅子に腰掛けると隣の席のやつの椅子を勝手に拝借し、そこに足を乗せた。彼女は既に自分のデスクの上で腕を枕にして顔を突っ伏している。そのせいで寝顔を見ることは叶わない。規則正しい息遣いから、ものの二、三分で寝たのだと確信する。ちったぁ意識しろよと胸の内で悪態をついてみる。
ポケットの中に手を突っ込み、手に触れた紙屑をデスクの上に放った。
くしゃくしゃになって出てきたのは渡したくても渡せなかった美術展のチケット。絵画に興味はないが彼女が一ヶ月前から行きたがっていたから用意したものだ。だが結局誘うことすら出来なかった。彼女の前だとどうも素直になることが出来ず、尻込みしてしまう。そんな自分に萩原からはヘタレだと聞き捨てならないことを言われる始末。
松田は立ち上がる。上下に動く自分よりだいぶ細い肩。なのに男顔負けの根性を持ち合わせているためかよく無茶をする。この細い体のどこにそんなものが隠されているのか。時々無性に暴いてみたくなる。そんな彼女の肩は今は少し寒そうで、そっと自分のジャケットを掛けてやる。頬に掛かっている髪を払ってやれば、形のいい耳が露わになった。

「なぁ…」

気づけばそこに唇を寄せていた。

「早く俺のこと好きになれよ」

言い逃げするようにその場を離れる。部屋を出る際、彼女を見てフッと笑みが溢れた。なぜなら彼女の耳は先の方まで真っ赤に染まっていたからだ。これで少しは意識するだろ、と松田はご機嫌に廊下を歩いたのだった。

おわり
2021.10.18
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