何度捨てても戻ってくる下着。幽霊の類を疑うが…?萩原
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ランジェリーラックを開けるとサテン生地に刺繍レースが施されている下着が目に入り首を傾げる。一ヶ月くらい前、生地が痛んでしまったものやあまり着なくなった下着を処分したのだが、その中にこの下着も入っていたはず…。自分の記憶違いだったのだろうか。まぁここにあるということはそうなのだろうとその日は気に止めず、仕事に出かけた。
数ヶ月後。衣替えするついでに今季着なかった衣類を整理しようと服を広げる。ついでに以前捨てそびれた下着も処分してしまおうと服とは別に紙袋にいれておいた。あとで下着だとわからないようにしなくては。
ガチャッ、と玄関の開く音。一緒に暮らしている彼氏の研二が帰ってきたようだ。慌てて下着が入った袋だけを隅の方へ追いやる。
「あ、ここにいたんだ」
「おかえり研二くん」
「ただいま」
「散らかっててごめんね。すぐ片付けるから」
「急がなくていいよ。服の整理?」
「うん、衣替えついでにね。ご飯も出来てるし、お風呂沸いてるよ。どっちにする?」
「『それともわ・た・し?』はないの?」
「ないです」
「えぇー!」
駄々を捏ねる彼の背中を押して寝室から追い出す。同棲してもうすぐ一年経つというのに彼のこういうセリフには未だ慣れない。赤い顔に気づかれたくなくて俯き加減でドアを閉める。その時彼が奥にある紙袋に一瞥くれているなんて知らずに…
「あれ?…ない」
研二が仕事でいない日に紙袋に入っている下着を処分しようと袋から出すが例の下着だけがないことに気づく。あれ?確かに入れたと思ったんだけどな、とランジェリーラックを開ける。しかしそこにもなかった。もしかして昨日捨てた衣類に混ざって…?だとしたらもう業者はとっくに持っていってしまっている。困ったな…でももしそうなら確認のしようがない…。とりあえず今日は袋に入っている物だけ下着だとわからないよう丁寧に処分することにした。
「えッ⁉︎」
翌日ランジェリーラックを開けて頓狂な声を出す。なくなったと思っていた例の下着があるではないか。他の下着に混ざってちゃっかり並んでいるそれに一瞬背筋が凍る。
「え。こわい」
捨てても戻ってくるという呪いの人形と同じ類いだろうか。下着もその部類に入るの?いやいや!そんなことあるわけないじゃん!と頭を振って己の考えを否定する。確かに昨日はどこを探しても見つからなかったけど、でも勘違いってこともあるし…そ、そうだ!今ここで今度こそ確実に下着を処分すればいいのだ。でも、それでも戻ってきたら?
「………」
そ、そのときはお寺に持っていこう!ちょっと抵抗あるけど…!
よし!とハサミを手に持ち、生地に刃を合わせる。
「き、切るよ!切るからね!」
いったい誰に許可を取っているのだろうか。だが、これがきっかけで呪われたりしたらと思うと手が震える。汗が頬を伝い、刃先に落ちる。覚悟を決め、指に力を入れた瞬間、ガチャッと開いた扉に驚いてハサミを床に落としてしまう。
「え、えぇ?けん…じ…?まだ仕事じゃ…」
「忘れ物して取りに来たんだけど…それよりそんな怖い顔してどうし…」
床に落ちたハサミと手に持っている下着に気づいて、研二の目が徐々に見開かれていく。そして次には「ダメ!」とハサミと下着を取り上げられてしまった。あまりの必死なその姿に疑問を感じる。
「え、えっと…もう古くなったし下着を処分しようと思ったんだけど…ダメ…なの?」
「…っ…」
気まずそうな顔をする研二。不安は膨れ上がっていく。
「とりあえず…さ、その下着…返して?」
手を出しても彼が渡してくれる気配はない。
「けんじ…?」
「わ…渡せない…」
「な、なんで…?」
「…っ…」
理由を言わない研二に痺れを切らして彼が持ってる下着を掴むと「ダメだって!」と引っ張られる。こちらも意地になってさらに引っ張ろうとしたら…
「破れちゃうでしょ!!」
そのあまりの声量に驚いて手を離してしまう。
「ご、ごめんっ!大声を出すつもりは…」
固まっている自分に気づいてすぐ謝ってくれたが、衝撃が大きすぎて反応出来なかった。
お、怒られた…。喧嘩してもこんなふうに声を張り上げたことなんて一度もなかったのに…。こんな…人が変わったように…。
疑念は徐々に確信へと変わっていく。
「これにはわけがあって…!」
「お祓い…」
「…え?」
「お祓い…してもらおう?研二」
自分以上にこの下着に執着しているところを見ると取り憑かれている以外考えられなかった。
「ごめん…もう一度聞くね。え?なに?」
「お焚き上げ…っていうのかな。お坊さんに下着見られるの恥ずかしかったから行くの躊躇してたけど」
研二が取り憑かれてるならそんなこと言っている場合ではない。
「待って!なんの話?」
「だ、だって!!この下着、何度捨てても戻ってくるし、もう呪われているとしか…。だから、だからね!明日一緒にお寺に…!」
「ごめん!!」
「……えっ?」
後頭部をガシガシと掻き、頭を下げる研二。そしてもう一度「ごめん、俺なんだ」と謝った。意味がわからず目を瞬かせる。
「下着入れに戻してたの、俺なの」
「えっ、え?なんで、どうして研二が…」
首の後ろに手を回し、一度深呼吸したあと、真っ赤な顔でこちらを見た。
「初めての夜…覚えてる?」
「はじめての…よる?」
「うん…。ほんとはすげぇカッコ悪いから言いたくなかったんだけど…初めて俺ん家に泊まりに来た日、この下着だったんだよね」
覚えてる。けどそんな二年も前の話を研二が覚えてるなんて…。
「交通部の由美ちゃんがさ、言ってたんだ。俺の為に頑張って選んだ…って。俺、すっごい嬉しくて…」
カァッとそこで顔が熱くなる。付き合った当初、キスはしていたがそれ以上の進展がなかった私たち。魅力がないのだと落ち込んだこともあったが、半年たってようやく研二の家へお泊まりが決まったある日、彼に少しでも魅力ある女性に見られたくて、無理をして買った勝負下着。友達の由美に相談して散々悩んで買ったもの。
「今ももちろん抱く時は毎回どきどきしてるし…可愛いと思ってる」
そ…んなこと正直に言わなくていいよ。触れられる度、大事にされてるって伝わってくるもん。
「でもこの下着だけは特別で、初めて君を抱いた時の思い出があるからすごく愛着があって、当時の想いが蘇っ…」
「もういい!もういい!もういいから!!!」
耐えきれず顔を真っ赤にしながら彼の口を手で押さえる。もうそれ以上喋らないで。顔が熱くて火が出そうだ。
口元にある手を研二が優しく握る。
「怖がらせて…ごめん。まさかそんな勘違いするなんておもってなくて…怒ってる?」
「怒ってないよ。言ってくれればいいのに…とは思ったけどそれはお互い様だし」
研二は困ったように笑った後、私を優しく抱きしめた。
「やっぱりこの下着…捨てちゃうの?」
「ううん。捨てないよ」
あんな熱弁されたら捨てるに捨てられないじゃない。私の返答に彼は嬉しそうに目尻に皺をつくった。次のデートには久々にこの下着をつけていこうと思う。
「でもとりあえずその手に持ってる下着は返して?」
「あ、はい」
おわり
2021.11.13
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