久しぶりに会った景光くんがグイグイくる話。


あれはまだ中学生だったころの話。同じクラスだった諸伏景光くんのことがすごく大好きで、毎日目で追っていたのを今でも鮮明に覚えている。

「そういえば、昨日のテレビ見た?」

部活帰り、友人たちと昨夜放送していた手相占いの話で盛り上がる。

「みたみた!セクシー線でしょ?」

「セクシーだっけ?」

「エロ線…だったような…」

きゃーと盛り上がる友人達。自分も同じような表情を作っているが内心はどこか居心地の悪さを感じていたり…。
やっと初恋がきた自分とは違い、周りの友人たちは徐々に彼氏というものが出来始め、会話の内容も少しずつ変わっていく。まだまだ未経験な分野が多い自分にはその手の話題が少しだけ苦手だった。

「あの二人ってどうなのかな」

「あの二人って?」

「そりゃあもちろん、降谷くんと諸伏くんでしょ!」

彼の名前が出た途端、無理やり上げていた口の端が少しだけヒクついた。

「線見たいね!」

「あるかな?ないかな?」

「な、ないよ!!」

思わず大声を出してしまう。なんとなくこの頃はまだ頭が少女漫画から出てきていないというか…。好きな男の子にはかなり理想を押し付けていた時期でもあった。

「絶対、ないもん…」

たかが手相。当たるも八卦当たらぬも八卦と今なら思うことが出来るが、まぁ…お年頃だったよね。なんて思ってみたり。

そのまま初恋は実ることなく終わり、人並みに経験を経た今、当時のことを思い出すとちょっぴり頭を抱えたくなるような…そんな記憶がある諸伏景光くん。

彼とは特になにもなかったが当時を振り返ると初心だった頃の自分も掘り返されてしまうので極力彼のことは思い出さないようにしていた。

だから今びっくりしている。

喫茶店でお茶をしていたら突然男の人に声をかけられ二度見。名前を呼ばれたので知り合いだろうとは思っていたが彼だとわかるのに少し時間がかかってしまった。まさかあの可愛かった諸伏くんに髭が生えていようなど誰が予想していたであろうか。ワイルドさに加えて色気がプラスされた彼に思わず眩暈がした。
そんな自分を他所にちゃっかり隣に座って定員に注文している彼をさらに二度見。え?座るの?食べるの?これは一体どういう展開なの?

そう訴える勇気もないまま流されてしまっている自分を情けないと思いつつ、頼んだコーヒーを飲んでいるだけで様になる彼にドギマギしながら会話を続けた。正直何を話したか全く覚えていないが彼が色々気を使って話題を振ってくれていた気がする。

大して面白い話が出来たわけでも、盛り上がったわけでもないのに彼は連絡先の交換を求めた。なんでもいいから一刻も早くここから離れて一度深呼吸をしたいと思っていた自分は歓喜する余裕もないまますぐさまスマホを取り出しメッセージアプリを開く。

ふとスマホ画面をイジる彼の手が目に留まる。

Wあの二人ってどうなのかなW

瞬間的に思い出された記憶。

「ん?…手がどうかした?」

彼にそう言われてガン見していることに気づく。慌てて視線を逸らしても遅く、しばし目を泳がせたあと空になった自分のアイスティーのグラスに視線を定めた。

「あっ、いや、その…学生の頃に友達と話した手相の話を思い出しちゃって…」

要らぬことを口走っているこの口を今すぐ縫いたい。

「あぁ、おぼえてるよ」

……え?と数秒の間を置いて彼を見る。

「オレの名前がちらっと聞こえたから、気になってあとで調べたんだ」

ごくり、と変に唾を飲み込んでしまう。すると彼が突然「はい」と手のひらを差し出した。いきなりで目が点になっていると「気になってたんでしょ?」と小首を傾げながら言う彼。

「あ、ありがとう…?」

感謝の言葉もおかしいなと思いつつ折角の彼の厚意に遠慮なく手のひらを見させてもらう。まぁ、今さら線があろうがなかろうが狼狽える自分では…

「………」

人差し指と中指の間からカーブを描いて薬指と小指の間まで深く刻まれた長い線。しかも二重、三重とあるそれに思わず口元を手で覆う。確か複数この線がある人は想像を絶するようなエロさを持って…

「線、あってごめんな」

その言動に固まる。錆びついたブリキのようにゆっくりと顔を上げれば彼は眉を落とし、困ったように笑っていた。どこまで聞いていたんだろうとは思っていたが、自分の発言までしっかり彼の耳に入っていたことが今明らかになった。悪口を言っていた訳ではないがネタにされていたとなればあまりいい気はしないだろう。

「ごめん…なさい」

あの時も、そして今も。彼には失礼な態度ばかりとっている。何がたかが手相だ。狼狽えまくりの動揺しまくりではないか。しかし彼は怒るどころか名前の謝罪に優しく目を細めた。

「聞いた後、実は苗字には絶対手相が見られないよう気を付けてた」

卒業まで。と続いた言葉に嘘でしょ!?と目をまんまるにして彼を見ると心を読まれたのか「嘘じゃないよ」と返事が返ってきた。

「見られたら君に嫌われると思って」

「え?」

それは一体どういう意味か。わからない歳でもないが素直に捉えられるほど純粋でもなかった。リアクションに困っていると突然彼がフッと笑う。あっ、その笑顔好きだったなぁ…なんて物思いに耽っていると彼からとんでもない爆弾発言が投下された。

「試してみる?」

「え?な、なにが?」

「この線が本当かどうか」

「なに、言って…」

それってつまりはそういうことをしようということ…?

明らかに女性慣れしている発言。経験豊富なのがよくわかる。もう自分が知っているあの頃の彼ではないのだと少しだけ寂しくなった。

「いいよ」

しかし学生の頃と違うのは自分も同じ。もう何も知らない女の子ではない。

「なんて言うと思う?」

そう挑発的に睨むと意外だったのか彼は目を瞬かせた。

「あのね?諸伏くん。君が今までどういう女性とお付き合いをしてきたかわからないけど、イケメンだからって懐柔されたりなんかしないんだから」

「……え?」

「生憎私は貯金もそこそこだし、ケチだし、お堅いの」

「ちょっと待って。何の話?」

「もっと自分の体を大事にして欲しい」

ブッ!とちょうど料理を運んできてくれた店員が吹き出す。反射的に顔を上げれば「うえぇ?」なんて辺な声が出た。今までなんで気づかなかったのだろう。金髪で色黒の見覚えある男にあんぐりと口を開けた。

「ふ、降谷くん!?」

「人違いです」

スッと顔を元に戻して颯爽と店の奥に消えた店員に「えぇ!?」と驚きの声を上げる。

「ね、ねぇ!今の人、すごい降谷くんに似て…」

「ゼロのことはすぐわかったのに…」

ぼそっと言った彼の言葉が聞き取れず、「え?」と聞き返すと彼は少しむすっとした顔をしていた。えっ…かわいい…なんて場違いな感想が頭に浮かぶ。

「オレのことは会ってもすぐわからなかったくせに…」

「………」

いや、どちらかというと降谷くんに似たあの店員に気づかず何度もこの店に通っていたわけだから気づく早さとしては諸伏くんのほうが割と早かったんじゃ…

「…っ…」

少し悲しそうな、でもちょっぴりむくれている顔。それは学生の頃にも時折り垣間見えた表情だった。それに少しホッとし、緊張が解れたのかやっと楽に呼吸が出来た。

「ごめん…ね…?」

だって久々に会った相手で、しかもなんかグイグイくるんだもん!色々疑いたくもなるよ!と胸の内で言い訳しまくる。

「ま、まずは…お友達からでどうでしょうか」

映画でも行こうと誘えば彼は困ったように笑いながら了承してくれたのだった。







数年後ーー。


ピリリ、と鳴るスマホのアラームで目が覚める。気怠そうに瞼を上げ、昨夜した行為の余韻がまだ残っていることに恋人を恨む。手繰り寄せたシーツで体を隠しながら脱ぎ散らかしたままだったはずの服がベッド脇に行儀良く畳まれているのを見つけ、のそのそと手を伸ばした。

「おはよ。起きた?」

エプロンを着けた景光が香ばしい匂いを引き連れて寝室に入ってくる。「朝ごはん、出来てるよ」と頬にキスを落としたあと、彼の手が自分の頭をやさしく撫でた。

「なんかいつもよりぼーっとしてる?」

「うん…昔の夢見た」

「へぇ?どんな?」

まだ眠気のある目を擦りながら話すと軋むスプリング音と微かな揺れで彼がベッド脇に腰掛けたのがわかった。

「景光が喫茶店でナンパしてきたときの…」

あー…と彼は苦々しく笑った。

「がっつきすぎてチャラいと思われた挙句詐欺か何かだと疑われたやつね」

少し嫌味も含まれた言い方にくすくすと笑ってしまう。実はあの時誘われてほんの一瞬だけ揺れ動たことは内緒だ。

「しかも友達ですらなかったっていう…」

オレは結構仲良くしてたつもりだったのに。と付け加えられた言葉にバツが悪そうに肩をすくめる。

「それに関しては本当にごめん」

でもまさか学生のころから想ってくれていたなんて。あれから何回目かのデートを重ねて判明したことだがいまだに信じられない。あの日もあの喫茶店に名前が通っていると人伝に聞き、会いにきてくれたのだそう。

「で?」

「え?」

「手相は当たってた?」

イジワルな質問に昨夜のことが脳裏に過り咄嗟にシーツで顔を隠す。

「ナイショ」

赤い顔を隠すように更に頭から被れば彼がその上から優しく抱きしめてくれた。あの時はまさかこんな甘い朝が待っていようなど微塵にも思っていなかったな。


おわり
2024.08.10.
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