一線を超えないと出られない部屋で過ごした後の話《松田陣平》


目を覚ますとそこは自室の寝台の上だった。

「ちっ…やっぱ、夢だよな」

夢にしては妙に生々しく、リアルで…でも現実では決してあり得ない出来事にハッ、と自嘲めいた笑いが口から吐き出され、腕で目を覆う。

彼女は所謂幼馴染というやつで。妹のような存在だったあいつがだんだんと女として成長していく様を横で見ながら、気づけば心なんてとっくに奪われていて…。
本当の兄妹のように過ごしてきた為に、今更その態度を変えることは出来ず、ハギに「発展する気はあるのかい?君たちは?」なんて言葉を何度言われてきたことか。仕舞いには片思いを拗らせすぎて可笑しな夢まで見る始末。現在は同僚として一緒に働いてる彼女だが、会った時どんな顔をすればいいのだと文字通り頭を抱える。
短いため息を吐いて、陣平は家を出る準備を始めたーー。


昼時、もう本日何本目かわからない煙草を吸っていると喫煙所から斜め向かいにあるカップ式のコーヒー自動販売機の前で立ち止まる彼女の姿があった。いつもなら即座に声を掛けているところだが、昨夜のことがチラついて躊躇してしまう。
コーヒーが出来るの待っているその背をジッと見つめ、昨夜はあの腰を掴んで…なんて気づけば乱れた彼女の姿を思い出していた。

「…っ…」

夢は大層都合が良く、自分と同じ気持ちだということを肌が触れ合う間中、何度も何度も彼女の口から発せられた。彼女と顔を合わせてはなかなか素直な言葉が出てこないこの口も夢の中では歯の浮くような甘いセリフをたくさん吐いていた。

欲望まみれの夢で彼女を汚してしまったことに罪悪感もあるが少しくらい感傷に浸ってもバチは当たらないだろうとぼんやり彼女を見つめていると突然何かがポトッと手の甲に落ちる。

「あっ、ち!…あっ」

煙草の灰だとわかり、熱さで反射的に出た声は彼女が振り向くほどで。
やべっ…なんて思ったが、サングラスなのをいいことに、動揺しまくりの顔を半分隠した状態で「よぉ」と手を挙げる。普段と同じ反応が返ってくるかと思いきや、彼女は自分を見るなり真っ赤に顔を染め上げてその場から逃げるように走り去ってしまった。…かと思えば途中で止まって、ゆっくりと振り向き「よ、よぉ」と同じように片手を挙げた。そしてコーヒーを忘れたことに気づいたのか早足に戻ってきて自販機からカップを取り出すとこちらを見ずに帰ろうとするので呼び止める。

「あんだよ」

騒ぎ出す心臓を黙らせるように煙草の火を消し、自分よりあまりにも挙動不審な彼女に詰め寄ると、昔は同じぐらいの背だった彼女が上目遣いで見てくる。

「………」

目を潤ませたりするんじゃねぇ。思い出すだろうが。などとしおらしい彼女に調子が狂いながらもいつも通りを心がける。

「あ、あああのさ」

「…なんだよ」

「わ、わたし、たち…昨日、その…」

言い淀んでなかなか言わない彼女に「あん?」と下顎を出して催促する。

「べつべつで…寝た、よね…?」

「はぁ?んなもん当たり…ま…え…」

いや、ちょっと待て。なんだその質問。もしかして…

「なに?なんか変な夢でも見たか?」

赤い顔をさらに赤くさせる彼女。首も、耳先も、爆発してしまうのではと思うほどに彼女の反応はわかりやすくて…

「…別々じゃねぇ…って言ったら?」

「ッ!?!!」

陣平の返答に口を開けたまま固まってしまった。息をしているのか若干心配になる。

「わ…!ゆっ、だっ!」

「………」

なんだって?

「わ、わたし…ゆめだと…だって…!」

「なぁ…」

ポケットに手を突っ込んだまま、追い詰めるように近づくと彼女が一歩、また一歩とコーヒーを両手に後退りした。トンッ…と背中に当たった壁に絶望の表情へと変わる。

「その夢って…俺たち何してた?」

「な、なななななッ…!?」

怖がらせたくないと壁に手はつけなかった。しかし少しだけ腰を折り、顔面スレスレで彼女と同じ目線に合わせたらその配慮も意味がないように思う。彼女の縮こまりように側からみたら恐喝してるようにも見えるだろう。

「おまえが昨日俺に向けて言った気持ちって…」

本当か?

「ッ!!」

耳元にそっと触れるように囁く。どうして今まで気づかなかったのだろう。彼女の表情を見れば、答えなんてすでに出ていたのに。だからハギはW君たちは?Wなんて言ったのだ。その言葉に今気づくほど自分は盲目だったのかもしれない。

それでもどうしてもその口から聞きたかった。

「そ、うだよ。わたし、陣平のことずっと…!」

動き出した唇に陣平は満足気にサングラスを外し、その唇を塞いだのだったーー。


おしまい
2025.4.21.
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