プラトニックな僕ら《2》


《注》読まなくても大丈夫ですがプラトニックな僕らの続きです。



春先のこと。行きつけの呑み屋にひとりで赴き、ジョッキに入った生ビールを早々に飲み干して、熱燗を頼んだところで同期が不機嫌な顔で現れた。

「誘えよな」

「ふふっ、ごめん」

突然現れた彼に感情そのままに満面の笑みを向ける。こうして飲むのは二年ぶりだった。

「おかえり」

そう、言葉を送れば照れくさいのか口をへの字に少し曲げながら「ただいま」と応える。彼が近々潜入捜査を終え、上がってくることはそれとなく聞いていた。以前の潜入先に比べたら期間は短く、また危険度もそれなりに低かったそうだが、それでも危険なことに変わりなく、生きて帰ってきてくれたことがなによりも嬉しかった。本庁では時々会ったりもしたが、直属の班ではなかったために彼の現状を知れずにいた。変わらない彼の様子に安堵からか先程から表情筋がいうことを聞かない。

「ずっとニヤニヤして気持ち悪いな」

「あーもう、うるさいな」

だって、本当に嬉しいんだもん。そう心の中でつぶやくが声に出すことはない。この気持ちは一生胸の奥にしまっておくつもりだ。友人を亡くし、もう自分たち二人だけになってしまった。そこで惚れた腫れたフラれたなどと恋愛感情を持ち込んでしまえばこの関係も終わってしまう。降谷の、帰ってくる場所がなくなってしまう。なんて…そう、思うのはおこがましいだろうかーー…。


久方ぶりに夜明け前まで飲んでしまった。この年でもう酔い潰れたりはしないが、明日のことを考えると年甲斐もないことをしてしまったと反省する。

「おい、ちゃんと歩け」

「歩いてるよ」

「まっすぐだ、まっすぐ」

「まっすぐ歩いてるってば」

スーツの上着を右肩に担ぐようにして持ちながら、ネクタイを緩めている彼をぼんやりと見つめる。無防備だな。部下の前ではそんなことないのに名前の前だとこの人はいつも無防備だ。無防備で隙だらけ。

横断歩道で立ち止まり、二人で歩行者用信号機が青になるのを待つ。夜と朝の狭間。まだ寝ている人がほとんどなこの時間帯は誰もおらず、車も通らない。とても静かで、もうこの世界は我々二人だけなのではと錯覚してしまう。
はらり、と目の前に桜の花びらが落ちる。信号機横にある桜の木に目を向ければ満開に咲く花を灯器が染めていた。赤色のランプに照らされた桜を横目に同じように見つめている降谷が目に入る。
前髪を掻き上げる姿に、無闇に掻き上げるな。ドキドキするだろうが。などと本人が知りようもない悪態染みた言い方を胸の内で呟きまくった。

信号の色が変わり、彼が渡ろうとする。風が吹き、儚げに舞う桜はまるで彼をどこかに連れ去ってしまいそうで…

「どうした?」

咄嗟に掴んだ腕の理由を考える。点滅しだした青信号は心を焦らせ、迷わせる。

「な、んでもない」

言葉は見つからず「ごめん」と手を離す。再び赤になったそれを恨めしそうに睨んだ。

沈黙が重い。
息がくるしい。
早く青になってくれ。

待ち侘びた青信号にそそくさと横断歩道を渡るが隣にいたはずの降谷がいない。振り向くと彼は立ち止まったままだった。

「…?…ふる、」

「好きだよ」

ひゅっ、と息を吸い込んだ。
い…ま…なん、て?
ねぇ、ふるや
今、なんていったの?

W好きだよW

「…っ…」

波のように押し寄せてくる感情。追いつけないほどに心臓は脈を打つ。

「酔って、る…?」

「いや…」

そう否定したあと、彼は肯定ともとれる頷きをした。

「いや、少し酔ったかもしれないな」

くしゃり、と前髪を掴んだその腕の隙間から見えた瞳はどこか寂しそうで、悲しそうだった。

名前は立ち止まっていた足を動かす。

大股びらきで桜の花びらを受けるようにして降谷の元へ戻る。空が白み、淡い光に包まれていく。曙色に照らされながら落ちてくる花びらは白い羽のようにも見えた。
目の前で立ち止まり、前髪を掴んでいた手を掴んで顔から引き離すと困惑した表情が露わになる。さらにズイッと踵を上げて顔を近づければ、その瞳はより一層大きく開いた。

柔らかい金色の髪が、名前の鼻先に少し触れる。青空に少し哀しみを混ぜた色の瞳がゆらゆらと揺れ、名前を見ている。

互いに少しずつ…
受け入れるように…
ゆっくりと…
瞳が閉じられていくーー…

ピリリリ!

「「っ!?」」

騒々しくなる機械音に二人とも驚いて、触れそうになっていた唇は遠ざかってしまう。

「…悪い」

降谷はそう言って電話に出た。今の悪いはどちらの意味だろう。電話のこと?未遂に終わったキスのこと?それとも…

好きだと言ったこと…?

首を振り、仕事の邪魔にならないよう…いや、その場から逃げるようにして横断歩道を渡る。次会った時、どんな顔をしたらいいだろう。いっそこのまま曖昧にして、なかったことにしてしまおうか。それなら今まで通り…

ぐんっ、と突然掴まれた腕。驚いて体がよろける。

「ふる…っ!?」

振り向きざまにされた噛み付くようなキス。反射的に腰が逃げてしまう。

「はぁっ…ふる、やっ」

気づいた彼の手がぐいっとそれを引き寄せた。

「…っ…」

驚いて開いた目に映るのは片眉が吊り上がった…少し怒った顔。なんで怒って…ん?

「ん〜っ!?」

だんだんと激しさを増していくそれに、手で彼の胸を押す。ちょっ、ちょ、ちょっと!待って!待って!初手にしては激しすぎやしないかい!?それに今花粉症で鼻詰まってるから息が…!

「ふっ」

「っ!?」

キスしながら笑った男に知った上でわざとやっていることに気づく。

「…ふる、や!」

力一杯押し、体を引き離す。乱れた呼吸のまま睨んでも、相手はただ名前を見下ろしているだけ。彼はぐいっと手の甲で自身の口の端を拭ったあと、持ったままのスマホに再び耳を当てた。

「話の途中で悪かったな風見。大事な忘れ物があって、取りに行ってた」

ちらり、と彼がこちらをみる。音を立てた心臓を本気で殴った。

「ああ、今現場に向かう」

耳と肩でスマホを挟みながら器用にネクタイを締め直し、途中上着を投げ捨てて来たのか道路に落ちているそれを拾って元来た道へと戻っていく。

横顔だけ寄越した彼と目が合う。茫然自失といった感じで立ち尽くしている名前を見て、
笑うその顔は部下に見せるような澄ました笑顔ではなく、安室透のような爽やかなものでもない。警察学校で時折り仲間内に見せていた、少年のようなあどけなさで笑う彼がそこにいた。少し照れ臭そうに…でもちょっぴり嬉しそうなその表情にこちらもつられて口元が綻んでしまう。

舞う桜の花びらにもう恐怖はなく、今は同期だった彼らが祝福してるみたいだと思うのはさすがに都合がいいだろうか。





おわり
2025.3.28.
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