記憶の中の君@
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父親の仕事の関係で昔から引っ越しが多く、その中でも一際記憶に残ってるそれは今でも自分の宝物。
もう顔も朧げだけど、あの男の子は元気かな。
そういえば初めてもらったプレゼントは確かバケツいっぱいの…
「ザリガニ、だったなぁ…」
ピークも過ぎ、最後の客の会計をし終えたところでふと昔の記憶が蘇る。
どうして、不意にそんなことを思い出したのか。それは最近アルバイトで入ってきた男性に大切にしているしおりを拾ってもらったからかもしれない。
え?と洗った皿を拭いている新しくアルバイトで入った男性こと、安室透が作業の手を止めこちらを見る。
心の声が漏れていたことに気づき、慌てて名前は振り向き、手を振る。
「あっ、すみません。つい昔のことを思い出して」
ぽつりと言った言葉がWザリガニWなんて恥ずかしすぎる。
「ザリガニ、もしかしてお好きなんですか?」
大変だ。思いの外、彼が興味を示してしまった上に変な誤解をされている。
「好き、というほどでもないんですが、昔好きだった男の子に貰った誕生日プレゼントがそれだったなぁって…」
「………へぇ、変わった子ですね」
「ふふっ、でもすごい優しい子だったんですよ?」
皿を拭くのを手伝いながら話は初恋はいつだったかという内容に変わっていく。
「へぇ、安室さんの初恋は年上の女性ですか」
「えぇ、ませた子供でした」
「でもいますよね。保育園の先生が初恋という人もいますし」
「名前さんの初恋はいつだったんですか?」
「私はうんと小さい時ですね。近所に住む男の子でした」
「もしかしてその子がザリガニをくれた子?」
「そうです、そうです」
「…へぇ、どんな子か訊いても?」
「親の仕事の都合で3年くらいしかいなかったんですけど…」
視線を上にし、当時を思い返してもやっぱり顔は出てこなかった。その子との写真が残っていないというのもあるかもしれない。
でも唯一覚えているとしたら…
「すごく可愛いかったんです。だからはじめ女の子だと思って遊んでて…」
「………え?」
皿を拭く手を止め、少し驚いた顔でこちらを見る安室に、名前は首を傾げる。そんな驚くようなことを言っただろうか。
「な、なんですか?」
「い、いえ、続けてください」
なんでもありません、と言われてしまえばこちらも深く追求出来ず気にしないフリをしてそのまま話を続ける。
「それで…一緒にお風呂入ったときに男の子だって気付いたんですけど」
「・・・」
「だからあんなにお風呂入るの嫌がってたんだ、って思って…なんだか悪いことしちゃったなぁ、なんて…」
あれ、安室さん固まってる。
「あっ、あの引きました?」
「い、いえ…それで?」
「あっ、はい。それでその子から誕生日にもらった最初のプレゼントがザリガニだったなぁって」
しかもバケツいっぱいの。と付け加えれば彼は苦笑いした。想像するとあまりいいものではなかったかもしれない。
「ふふっ、私もなんでザリガニ?なんてその時は思ったんですけど彼の嬉しそうな顔を見たら何も言えなくて…それで来年は少量を希望したんです」
「・・・・」
「そしたら翌年は一匹のカブトムシを貰いました」
「………カブトムシ?」
「えぇ、カブトムシ。大きな体に立派な二本のツノがついてて。なんでカブトムシ?ってその時も思ったんですけど嬉しいだろ?みたいな顔で渡すもんだから…」
「あんまり、嬉しくなかった?」
「え?」
「その子からのプレゼント」
その言葉に名前は慌てて首を横に振る。
「ち、違います!語弊があった言い方をしてしまってすみません。すごく、嬉しかったですよ?」
笑って彼に告げれば彼はとうとう拭いていた皿を置いてしまった。ジッと見つめるその瞳に耐えられなくて、名前は視線を少し下にする。誤魔化すように口を開いた。
「すごく、大切に育ててたんですけど、頑張っても一年経たずに死んでしまって…」
当時の家の庭には、泣きながら作ったお墓が沢山ある。
「それがとても悲しくて、来年はお花にしてって言ったんです」
「お花も枯れちゃうじゃないですか」
W花も枯れるじゃないかW
当時の男の子と重なる言葉に思わず笑ってしまう。眉を下げて小さく笑う名前に安室は首を傾げていた。
「でも、押し花にしてとっておけます」
昔と同じようにそう返す。彼の目が少しだけ開かれた。
「…あの、」
「はい?」
「もしかして…この間、落としたしおりって…」
「さすが探偵さん!そうなんです。引越しの日、ちょうど誕生日だったんですけど、その子が自分で育てた朝顔を持ってきてくれて…母に頼んでしおりにしてもらったんです」
「ずっと…そんな、古いものを今でも?」
「古いなんて…私の大切な宝物です」
「すみません。失礼なことを…」
「いえ!私も変にムキに…」
「どうして、そんな今でも大切になさってるんですか?」
言葉を被せて食い気味に尋ねる彼。一歩、近づいたその距離に名前は顔を上げる。
優しい、けどほんの少し寂しい色が混じった瞳が名前を見ている。
あぁ、あの男の子も確か、こんな瞳の色をしていた。
懐かしい、と当時の記憶が鮮明に蘇る。その男の子を想うと今でも頬が上がる。綺麗に咲いている朝顔を受け取り、泣きながら車に乗り込んだのを今でも覚えている。
「花を持ってきてくれたあの日、気づいたんです」
ザリガニもカブトムシもその子が当時一番好きで、一番大切にしていたものだった。
「自分の大切に育てたものを…一番の宝物を私にくれてたんです。そんなことされたら惚れる以外ないじゃないですか」
「…っ…」
「だからこれから先もずっと大切に持ってるつもりです」
「今は?」
「え?」
「今も、その子のことは好き?」
「あはは、どうでしょう。でももう一度会ってその子と恋してみたいですね」
「…っ…」
「あっ、でもすごく可愛い子でしたから今はものすごくカッコよくなっているかもしれませんね。そしたら私なんて全然相手にしてくれないかも」
言ってて悲しくなるが、なるべく明るい雰囲気にしてこの話を終わらせたかった。
「もしかしたらモデルかホストになってたりして…。それか若いパパさんかも」
「なってない」
え?と安室の言葉に名前は笑っていた頬を徐々に下げる。
「なってないよ」
もう一度、言った彼に名前の瞳は左右に揺れる。
「な、んで安室さんが…」
「君の背中…ちょうどここらへん…」
スッと彼の手が背中に回り、つぅと指先がそこを撫でる。反射的に名前の背中が伸びる。
「ハートのような変わった形のホクロ、ないか?」
「えっ…な、なんで」
「朝顔、その男の子は鉢ごと持ってきただろう?」
「え、ど、どうして…そのこ、と」
「ちなみにカブトムシではなく、クワガタだ」
「…え?あれカブトムシじゃないの?」
「君が、クワガタのほうがカッコいいって言ったんだろ」
「そんなこと言ったっけ?っていうか、え?あれ?」
普通に会話してしまったが、まさか…
「れーちゃん、なの?」
「もうそんな呼び方やめてくれ。男だって…わかってるだろ?」
その言葉に名前の顔はカァッと熱くなる。
「一緒の布団で何度も寝たし、お風呂だって何度も入らされた」
「わーーーー!」
思わず顔を皿で隠す。
穴があったら…穴があったら入りたい!と心の中で何度も叫ぶ。本人目の前にして何という暴露をしているんだ。
あれ、本人?
ふと思った疑問に皿から少し顔を出す。
「で、でも名前が…」
「ゆっくり、話して行こう」
君と、今後のことを。
耳元でそう囁かれ、名前はまた皿で顔を隠すことになる。隠しているのに彼の体が近くにあることがわかる。
抱きしめられるまで、あと数秒
キスをされるまで、あと数分
逃がさないと握られた手に名前はまたも心の中で絶叫するのだった。
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2020.7.1
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